表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
375/399

五十三章 マリアと彼と彼らと(3)

 落ち着いたとはいえ、会うことを想像するとそわそわしてしまう。


(いや、別に二人きりでというわけでもないのに……)


 とにかくロイドのことは放っておいて、今は目の前に集中だ。


 マリアのルクシアの研究私室の手伝いも、問題なく定時を迎える。気になるライラック博士についても、今のところ異変はなさそうだ。


(――彼の場合、何かあれば顔に出る、か)


 ルクシアからの相談もないことから、今のところイレギュラーは発生していなさそうだと判断する。


「これ、仕事が終わったらみんなで食べて帰ってね」

「わざわざすみません、気付いたら時間が……」

「いいんですよ。本当にお疲れ様です」


 いったんルクシアとライラック博士も、続き部屋から出てきた。アーシュも含めて「お疲れ様」「また明日」と言って、マリアはいつも通り薬学研究棟をあとにした。


 ニールとは会ったが、今日もロイドには会うことがなさそうでほっとする。


 あと一日は時間を置いた方がいいのかな、とも思えていた。


 ヴァンレットの迎えはなかった。仕事が重なっていたのだろう。リリーナと同じ時間に、婚約者である第四王子クリストファーの授業も終わる。


「まぁ、普通、迎えはいらないんだけど」


 メイド服も、袖が長袖へと変わったくらいには、ここに通っている。


 ヴァンレットの個人的な行動だろうとも推測がついていた。

 暇が空いたらスケジュールの確認や書類仕事――は、彼の隊の者達がやっているイメージが強い。


 公務の日程に関しては、マリアのような者に知らされるものではなかった。


 その答えを、帰るリリーナの身支度を待ちながら、使用人仲間のサリーから答えを聞くことになった。


「公務が入っているみたい。ヴァンレットさんが、護衛の第一責任者として付いていたよ」


 相変わらずの美少女顔に、耳元で喋られてそわそわする。


「リリーナ様は大丈夫だった?」


 待つ間の時間を使って、気を紛らわせて情報共有する。


「うん、講師の先生とも楽しそうだったよ」

「ああ、今一番憧れている女性講師、だっけ……?」


 実に羨ましい。


 先にクリストファーが教室を出たのち、少しリリーナはお喋りを楽しんだようだ。


「今日は殿下と別の授業は一つだけで、二人揃って手を繋いで歩いてたりしてた」

「何それ、めちゃくちゃ見たかったやつ」

「ふふ、マリアならそう言うと思った」


 サリーが持たれていた壁から背を起こし、にこっとマリアの顔を覗き込む。


「リリーナ様も楽しみにしていたよ。帰る時に、三人で手を繋ごう」

「ありがとうサリー!」


 マリアは、思わずサリーの手を両手で握った。


「元気、出た?」

「あ……あー、ご迷惑をおかけしました……」

「ううん、別に? 『悩むのはいいこと』だってみんな言ってたよ」


 ロイドとあった見合いを、どうするかといった件だ。


 結婚を決めて婚約をするのか、きちんとお断りするのか。


 とはいえ彼は〝答え〟をもらえるまで諦めない姿勢だ。結婚しないという意見だったとしたら〝頷くまで諦めない〟といった方向で、だ。


(まさかの、誰も反対意見を言ってこないという……)


 アーバンド侯爵も、あとは任せるといった様子だった。


(デートする時も、いちおうまずは許可を取ってはいる、んだよなぁ)


 娘の父親にするみたいに。


 そう考えて、頬が熱くなった。家族、という言葉が実感させられたせいなのか、ロイドの意外にも律儀な部分のせいなのか……。


「それから、アルバート様が帰る前に声をかけにきていたよ」


 うーんと彼なりにそわそわして数秒、サリーが笑って話を変えた。


 屋敷の中で、最年少組の使用人コンビだった。新しい話題を有り難いと思いながら、マリアも自分の中を落ち着ける。


「ああ、そういえば最近早いわよね。スケジュールの調整中、だっけ……?」

「今日か明日あたりには、確定しそうだって言ってたね」


 今回は、マシューだけ城に残るとは聞いていた。


 王宮側の助っ人にもなっているので、それも理由に含まれてはいるのだろう。


(帰りは早いけど、忙しさは増してる)


 アルバートは、どうも〝裏〟の仕事で動いているようだ。


 いったい何をしているのか、マリア達は使用人なので分からない。


 そんなことを思っている間に、リリーナが出てきた。


「今日もねっ、アルバートお兄様が先に家にいると思うと嬉しいの!」


 馬車乗り場までの道のり、マリアとサリーは、彼女の左右一つずつの手を握っていた。話すたびに振られて、一緒に手が動く。


「そうなんですねぇ。可愛いですねぇ」

「マリア、口から出ちゃってるよ」


 サリーが言うものの、話すのに夢中なリリーナも、彼女をずっと注目しているマリアも気付かない。


 今日一日の、悩んでいたアレやソレやもいったん飛んだ。


 馬車が止められている場所まで、あっという間だった。


 しかし屋根の下から出ようとした時、リリーナの話しがはじめて止まった。びっくりして目が丸くなる。


「きゃっ――あれ、何かしら」


 リリーナが目で追う。

 幸せな気分を中断されたマリアは、何が、と思ってそちらを見た。


 なぜか、獣の着ぐるみを着たルーカスの必死の逃走が見えた。筋肉むきむきのバレッド将軍達の集団に追われている。


「将軍から聞きました! ぜひ特訓をおぉぉぉぉぉぉ!」

「だーかーらっ、俺ムキムキになる方法は知らないって! メイドちゃんの誤解! 俺は巻き来れただけ!」

「ルクシア様がご休憩されている今がチャンスなのです! ぜひ特訓を!」

「なんだ俺が脱がないと納得しないってか!? いいぜ見せてや――」


 脱ぐんじゃねぇよ。


 マリアは、パニックになって半泣きのルーカスに一直線へと向かった。サリーが「あら」と目で追う。


「ウチのリリーナ様に、あつっくるしいもん見せてんじゃねぇよ!」


 次の瞬間、マリアの足が、首元に手を引っかけていたルーカスの脇腹を直撃した。


 続いて、彼女は暴走気味のバレッド将軍達に挑んでいった。


「……あの、お送りご予定が」


 馬車の前で待つ兵が、困ったように言う。


 サリーがリリーナをエスコートして、「大丈夫ですから支度を」と告げた。


             ◆


 その騒ぎに気付いて、上の階から眺めている者達がいた。


「うわ、あれってマリアじゃないか?」


 書類を両手で抱えたレイモンドの横から、グイードも「なんだ?」と首を伸ばす。だが、直後に見なければよかったという顔になった。


「おぅ、なかなか荒れてんな……」

「久しぶりに見たと思ったら、また暴れてるな」


 そこでレイモンドが、ふと思い立ったように後ろを見る。


「お前的にどうなんだよ」


 そこにいたのは、同じく次の話し合いにも出るロイドだった。まさかの人員配置になりそうで、その件について彼が直々に説明予定だった。


 珍しく動じていないので、グイードも思い出したように視線を戻した。


「そういやそうだな。舌打ちの一つもない」

「ああいうの、風紀が乱れるとかで嫌なんだろ?」

「『どう?』と言われてもな」


 レイモンドの問いを受けて、ロイドは下で暴れているマリアを見た。


「…………」


 ただひたすら、じっと見ている視線が嫌だな……とレイモンドとグイードは思った。


 沈黙が、ちょっと気まずい。


 すると、ようやくロイドが口を開いた。


「どうだと言われても、ひたすら可愛いだけだ」

「マリアちゃんのあの狂暴具合を見ても!?」

「どんだけ好きなんだお前!」


 マジかよ、とレイモンドの声が響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ