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【コミックス7巻、発売日の記念SS】~グイードと、過去とオブライトとロイドの赤面~(下)

 二人でサロンを出た。廊下を歩いていたメイド達が、はじによって頭を下げる。


「そう考えると、土産は必要か」

「そうそう、必要――」

「ならオブライト、来ないか?」


 顔を向けたら、オブライトがとんでもないものを見るような目をした。


「なぜそこで俺になるんだ。おかしいだろ」

「いや。フォロー枠で」

「阿呆、自分でどうにかしろ。そうやって押し付けるから後輩に怯えられるんだぞ」


 良い言葉ではないのに、投げられた『阿呆』に口元が緩んでしまう。


(口癖だと、なんでまだ分からないかね)


 そうやって話しながら、二人で歩く。

 互いの背中で騎馬隊将軍と、黒騎士部隊長のマントが揺れる。廊下やフロアですれ違うたび、人々の中で必ず一部は目で追い駆けてきた。


 その感情は、十人十色だ、としか。


「ところで、その名誉教授様達は何人?」

「あの助手を含めて、七人かな」

「へぇ、トップが勢揃いか。そりゃ護衛を付けて送り届けるわな」


 王宮の公共区にて、菓子販売所の窓口を訪ねつつ話す。


「じゃ、今はジーンがついているわけだ」

「貴族だからな。話し合う相手も、ジーンなら安心するさ」


 身分を重視する派閥はいる。


 バカバカしい、なんて言わなくてよかったとグイードは思った。ハッと顔を上げたら、窓口から女の子が菓子袋を差し出してきていたから。


「ありがとう」


 オブライトが言って、そばから手を伸ばして一方を受け取る。


 相手の女の子は頬を染めていた。


「ところで、賞味期限はやはり当日内だろうか」

「あっ、はい。夜までは美味しくいただけるかと」


 オブライトが大きい菓子袋一つ抱えて、うーんと考える。


「三日後に、だったらかえって怒られるということか」

「はい……? え、三日後?」


 思ったことを口に出していることを見て取り、グイードは慌ててレイモンドへの菓子袋を受け取りながら、オブライトと彼女の間に割って入る。

「あー、ごめんごめん。独り言だから気にしないで」

「は、はい、そうでしたか」


 するとオブライトが、決めたように並べられている菓子の小袋達へ目を向けた。


「じゃあ、今日会えそうにないようだったら、俺が自分で食べるかな。このリボンがされている小さいものをくれるか?」

「プレゼントですか? 相手の女の子が羨まし――いえっ、なんでもありません!」


 かぁっと赤くなった彼女が、わたわたと準備する。


 可愛いなぁとグイードは思った。


(それに比べて……無自覚に指で持ち上げて、顔を覗き込んだお前は、ほんと罪作りな男だよオブライト)


 距離感が時々ちょっとおかしいんだよな、などとグイードは考えたりする。


 その女性が十代後半で、華奢で、子供枠な外見であると彼は気付けないでいた。


「ありがとう。さて、グイード行くか」


 代金を払った彼に呼ばれて、グイードは「おぅ」と答えてマントを翻す。


「なんだよ、マジでロイドを探すのか?」

「まぁ、会ったら抜刀されないことを祈りつつ……人に聞いてみようかと」

「お前も勇者だよなぁ」


 律儀というか、とグイードは首をひねる。


 というか、と思って彼はオブライトの手にちょこんっと収まっている小さな菓子袋を見る。


 それは二重の花色のリボンでしばられていて、愛らしいクッキーが各種一枚ずつ、合計八枚入っているものだ。王宮内の令嬢達にも人気があった。


(それ、明らかに女の子向けだと思うんだが――これ、余計怒らせないか?)


 買う前に指摘してやればよかったのだが、何しろオブライトは女性向けの土産物を選ぶ姿が大変似合う男なので、つい、相手がロイドだということが頭から飛んでいたのだ。


「なぁ、後輩よ。菓子はそれでいいか?」

「教会の子供も、こういう袋をよく喜ぶよ」

「……あ、そういうことね」


 女性へのプレゼントに慣れているのではなく、孤児だったこともあって、子供の扱いにも慣れているところからきていたのだった。


(こいつの外見と仕草見ていると、それを忘れるんだよなぁ……)


 ちょっとズレている、と言えばそうなのかもしれない。


 その、のほほんとしたとプライベートの空気が好き、という声も聞くけれど。


「でもなぁ、ロイドの行動を把握している人間というのも少ないと思うぜ」


 グイードは、隣を歩きながら考える。


「呼んだら、もれなく変態がついてくると思うけど」

「まぁ……お礼はしたいからな。それは目をつぶるよ」

「へぇ。そのおつかいで、何か助けてくれたりしたのか?」


 意外に思って尋ねてみた。


「訪問先で、見事な社交力を出された」


 短い息と共に、オブライトが上を見る。


 ロイドは生粋の大貴族だ。その一方で、オブライトは社交界の経験は少ない。


「ぶふっ――なるほどな」


 うまくロイドが喋って、訪問先の相手もいい気分で上手く『おつかいの品』を渡せたのだろう。そんな想像がグイードの脳裏を過ぎった。


 オブライトの方の時間は少ない。


 軍区の方を通って、そのままハーグナー達との待ち合わせに向かうことになった。


 もちろん、グイードは軍区を出る前に別れるつもりだ。

 今思い出したのだが、今日提出の書類があるのを忘れていた。


(ミゲルあたりが出てくる前に、どうにかしよう)


 そんな算段を立てていると、オブライトがふと足を止めた。


「どうした?」


 彼の視線の先を追ってみると、真っ黒い軍服の後ろ姿が見えた。


 王宮で、ただ一人だけ黒い軍服。


「見事、ロイドだな。あんな小さな後ろ姿は他に知らない」


 グイードは、オブライトのそばから手をかざして覗きつつ言った。普段、あの破壊神をおちょくって逃げることが多いだけに、足が進まない。


 すると、オブライトが考えもなく足をそちらへと向けた。


「お、おいオブライトっ」

「大丈夫だ。さっと渡して戻るから」


 そう彼が言ってしまったので、グイードは待つことにした。


 見守っていると、オブライトが駆け寄っていった。


「ここにいて良かった」


 そう声を聞いた瞬間、ロイドがものすごい速さで振り返った。すぐそこまで迫っているオブライトを見て、ぎょっとする。


「な、なんだよっ」

「捜そうと思っていたから、ちょうど良かったな、て」


 オブライトが、きょとんとして首を傾げる。


「そんなことを聞いているんじゃないっ。お、お前がなんで俺を探して――っ」

「ああ。はい、これ、お礼」

「は……?」


 目の前で腰を屈め、オブライトが菓子袋をつまんで見せた。呆気に取られた声を出したロイドが、困惑した顔で両手を差し出すと、彼はその掌の上にそっと置く。


「この前はありがとう、助かった」


 ロイドが、そう言ったオブライトと、手の上に置かれた小さな菓子袋を何度も見比べた。


(うわー、戸惑っていらっしゃる)


 グイードは、それを離れた場所から半笑いで眺めていた。


 付き合ったからお礼の品、なんて子供への対応だ。

 さっき、菓子を買いながらグイードは気付いた。


「こ、この前って……」

「行くかと誘ったら、付き合ってくれたじゃないか」


 はじめから、ロイドはなんの話題だったか分かっていたようだ。


 そう聞いても反応は変わらず、顔を覗き込んできたオブライトの視線から逃げるみたいに、赤くなった目元を忙しなくそらしている。


 すると、オプライトが不意に目を見開き、それから小さく笑った。


「そんな風にきょろきょろしていたら、髪型が崩れるぞ」


 そう言いながら、彼の手がロイドへ伸びる。


 あ、と言ったのがグイードが先だったのか、ロイドだったのかは分からない。


 オブライトの長い指が、ロイドの前髪の一部をそっと横に流した。


 ロイドは目をまん丸くして、呼吸でも忘れたみたいな顔だ。


(オブラアアアアアアイトッ)


 グイードは、思わず心の中で叫びを上げた。


(おまっ、このバカッ、あの子は立派な騎士団長で軍人なんですけど――!?)


 これ、絶対子供扱いだ。


 あいつの子供扱いって空気読まなすぎじゃない? おかしくない? 相手は恐怖の魔王の息子みたいなやつなんだけど、とグイードは思う。


(ハッ――あいつ、それだから一番ロイド怒らせるんじゃないか?)


 ジーンは面白がっていたが、理由をグイードは知らない。

 たぶん、親友のズレ具合を楽しんでもいるのでは。


 そんなことをグイードが思って、はらはらした時だった。


「か、菓子、をありがと、う」


 ――ん?


 グイードは、幻聴かなと思いそうになった。ついでに言うと、目も変になったのかなと疑った。


 なぜかロイドが、かなり難しそうだったのに素直に礼を言った。そして下を向く顔は、熱があるみたいに真っ赤だった。


 表情を見るに、怒ってはいないが困惑一色だ。


(オブライトといるロイドは、ほんと反応の予測がつかん)


 だがオブライトは、それを別の何かだと受け取ったようだ。


「やはり菓子だけじゃ足りなかったか。手を触ったら嫌がるかなと思って。渡し方が失礼だったかな、すまなかった」

「えっ、いや、そ、そんな、ことはなく」


 言い方が変だな、とオブライトが首を傾げている。


 それを見ているグイードは、大変はらはらしていた。とにかく、ロイドが混乱と動揺にあるのは分かるけれど。


「仕切り直すのも失礼だよな、うーん」


 いや、なんでお前気付かないの?


 たぶん、菓子は喜んでいる、と言う気がグイードはするのだ。


「あ、じゃあ」


 そうだ、という感じでオブライトが顔を上げる。こういう時、考えと決断が早いのはグイードも褒めていた。


 だけれど、時には、それはとんてもなく斜め方向のことだったりする。


 視線を戻されたロイドが、たじろぐ。


「な、なんだよ」

「礼の握手はできなかったから、抱擁にしよう」

「……は?」


 それを見守っていたグイードも、ロイドと同じく「は」と口にしていた。


(いや、たしかに友人同士のハグは教えたけども……今は絶対にそのタイミングじゃねぇぇえええええ!)


 グイードは、ロイドがブチ切れることを考えて逃げる準備をした。


 だが、次の瞬間、彼はとんでもない光景を見ることになる。


 ロイドが不意に素早く後退し、菓子袋を持っている手で真っ赤になった顔をこすった。


「して欲しい、っとか一瞬でも想像してねぇからな覚えてろよバカ!」


 そう叫ぶや否や、ロイド少年がものすごいスピードで走って行った。


 あのロイドが、知的な言葉一つもなく、ただただ「バカ」と単純な文句を口にした。


「……腹の調子でも、悪かったんかな?」


 無事にお礼を渡せたオブライトの後ろで、逃げることがあっさりなくなってしまったグイードもまた、首を捻ったのだった。




                ~コミックス7巻発売記念SS 了~

【コミックス7巻の発売記念】短編をお読み頂きまして誠にありがとうございました!(お楽しみいただけていましたらとても嬉しく思います…!)


風華チルヲ先生作画のコミックス7巻が、本日発売となりました! 書籍版の書き下ろし部分も有り! そしてルーカス!!


とても面白い仕上がりです! 私の書き下ろし短編【リリーナ様とフロレンシア様】も巻末に収録されております、風華先生のコミカライズ単行本7巻と共にお楽しみいただけましたら幸いです!

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― 新着の感想 ―
[一言] ロイドの行動が可愛いですね。本編での続きを早く読みたいとの思いと、マリアとロイドのこれからの関係が進むのを期待しています。
[良い点] 久しぶりの更新嬉しいです。 お身体には気をつけて!
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