【コミックス7巻、発売日の記念SS】~グイードと、過去とオブライトとロイドの赤面~(上)
皆様のおかげで、本日5/24、コミックス7巻の発売日を迎えることができました!本当にありがとうございます!!
記念SSは、コミックス6巻に収録された書き下ろしSSも一部関連があるお話となっております。単独でも楽しめますし、収録版短編を読んでいる人にはプラスで楽しめる内容になっています。お楽しみいただけましたら幸いです!
それは、ある日の王宮にある騎士団サロンでのことだ。
そこには銀色騎士団第一師団長のグイードを含め、当時を知る男達が数人、そして勤務歴十三年前後の者達が休憩していた。
「黄金世代って、すごいですよね。昨日、ポルペオ騎士団長と合同演習で会った際に教えをもらったのですが、貴重な体験だったなぁ」
「そうか? 説教がすごいイメージなんだが……」
めんどくさいそう、とグイードの表情が語っている。
それを見て、別部隊の男達は笑った。
「グイードさんはそう言いますけど、あなたの友人達偉大すぎるでしょ」
「え、待って。俺は?」
とっつきやすくて、話しやすくて友好関係が広い。
誰にでも好かれるタイプのグイードのさらっとした言葉に、場にまた笑いが起こった。
こうして集まっているのは、グイードが〝昔のことを〟大切にしているからだ。
ここにいるうちの三割は、共に働いたことはない。しかし少年だった頃の訓練生時代に見ていて、グイードの友人だった【黒騎士】に憧れを抱いていた。
「こう見えてさ、俺の方が結構後輩達を見てきたぜ」
「私は、グイード殿が後輩教育に長けているとは聞いたことがないのだが……」
「まぁ、信頼されているのは確かですよね。去って行った方々も、最後はグイードさんに頼んで託していったわけでしょ」
「寂しかったなぁ。あの日から、城が――」
十六年前、騎士団員だった男はふと口を閉じた。
寂しい、と彼が言った言葉の意味。
彼が言わんとすることを当時を知る男達は分かっていて、口を閉じたままでいた。
もっとも傷付くとしたら、思い出すとしたら――それは、グイードだと分かっているから。
「ははっ、まぁな。みんな好きなところに行って、今も元気にやってるだろ」
グイードが笑って、男達は密かにほっとする。だが、同時に不思議に思った目を向けた。
「グイード殿」
「ん? なんだ?」
「最近、城が賑やかというか。あなたも楽しそうですな」
言われたグイードは、首を捻る。
「そうか? あ、ロイドが派手に暴れてたもんな」
それを聞いた一番の若手、レイモンドの部下が「え」と見る。
「暴れていたのはあなたもでは――」
「やめておけ。どうせ都合の悪いことはスッパリ頭にないよ」
「なんて無責任」
「おい、誰が無責任だと?」
グイードは、そこだけは聞き捨てならんなと言わんばかりに目を向けた。
「昨日だってアリーシアちゃんに花束を買っていったぞ! そして玄関前で、堂々と『愛している!』と雄叫びを上げた!」
「それを迷惑行為というのを、ご存じですか」
彼と四歳違いの兵長が、グラスを口に寄せつつぼそっと言った。
「レイモンドよりマシだろ。あいつ、毎日がプロポーズみたいなものだぞ。この前、観劇を出たところの広間のド真ん中で、『君と一緒だから楽しかったんだ』とか色々と言って、めちゃくちゃ目立ってたとか」
「愛妻家なんですよ」
「ある意味強く、よい男です」
そう話されるのを聞いて、グイードは「なんだかなぁ」とぼやく。
「レイモンドの方が評価が高いんだよなぁ」
「自分を棚に上げて、とは言いませんが、グイード殿や我々の世代は問題児も多めですからな」
「その中でいうと、まぁグイードさんも筆頭に出ますよね。それから総隊長と――まともなのは【黒騎士】では?」
二番手に若い三十代に入った男の言葉に、知る男達は腕を組み、ティーカップに口を付け、顎を撫で、と各々で考え込む。
「なんです、皆さん揃って?」
「うーむ。そう言われると、順位付けがしがたいのだよなぁ」
「どうなのだろうな。私は剣の指導もしてもらったが、まぁ、教え方は独特だったが良き先輩ではあった。この中だと、グイードさんが一番正確ではないか?」
そういえば、真っ先に話しそうなのに珍しく何も言っていない。
一同の目が向く。
すると、そこにいたグイードは、明後日の方向を見ていた。全身の視線を感じたのか、ぎこちなく頬をかいた。
「えーと。俺から言わせると、後輩の中じゃオブライトの方も結構な問題児だったんだよなぁ」
そう口にした彼は、とある一つの風景を思い返しながら当時を彼らに話す。
けれど『鬼畜だなあ』と思った当時の感想を、振り返って短く話し終わったら、男達が仕事へと先に戻っていくのを見届けたのち、一人、とんとんと当時へと心は飛んでいたのだった。
◇◇◇
あの時も、この騎士団サロンだった。
人が少なくなる時間帯というのは存在していて、そんな時に座っていることが多かった。
自分から立ち寄った、というよりは『待っていろ』と言われて、も多かったかもしれない。アヴェインだったり、城の誰かだったり――。
グイードが知る限り、オブライトはそうだった。
きっと、あの時だってそうだったのだろう。
書類仕事から抜け出して散歩していたら、その姿がグイードの目に入った。騎士団サロンのすぐそこで、一人、組んだ手に口元を当ててじっとしているオブライトがいた。
「どうした? そんなに真面目に考え込んでいるのも珍しいな?」
後輩を気にかけて、急ブレーキをかけてサロンに入った。
オブライトは絵になる男だった。一見すると、いいところの育ちのようにさらりとした色素の薄い栗色の髪。端整な顔立ちは、こうして考え込み黙っていると、憂いを漂わせて女性達を一層きゃーきゃー言わせる。
(これ、ただ全然関係ないことを考えている顔だよ、と教えたら女の子達の夢を壊すんだろうなぁ)
女性に優しいグイードとしては、そんなことはしない。
グイードは、今や慣れたものだ。深刻な悩みなどではないと推測して、そばに立って後輩の横顔を見下ろす。
「で? どうしたんだよ?」
「その……ポルペオの新しいヅラ、なんだが」
オブライトが視線をやや斜め向こうにそらして、言葉を切る。
グイードは、あ〜……と察した。
「また、あれか。えーと相当変、だったんだな」
でもそれ、お前らのせいでは、と喉元まで上がってきた。
ポルペオの臨時のヅラは、大抵急ぎ用意されたものだ。
一時だけ使われるもので『通常用』ではない。その分だけ、クオリティがガツンと下がるのも仕方がない。
それは予期せぬ形で、たびたび完全に葬られるせいだ。
「あー、まぁ、精神的にくるのは分かるよ。俺もさ、どういう反応していいか分からない時もあるし」
ひとまず共感を口にする。
だが、悩んでいる感情部分とは違っていたらしい。オブライトからこれといって反応が返ってこなくて、グイードは「おや?」と思う。
「なんだよ、そういう悩みじゃないのか?」
「いや。――吹き飛ばしたいな、と思って」
「え。どんな鬼畜?」
ポルペオかわいそう。グイードは、正直そう思った。見た一番にその感想抱くとか、普通する?
(――とにかく話、そらすか)
オブライトが動くと、厄介な彼の部下達も動くことになる。
今、一緒に城に来ているのかはまだ確かめていないが、とりあえず安全策をとることをグイードは決めた。
「とりあえずさ、俺と何かつまみに行かね? 待機中なんだろ?」
公共食堂なら今のも時間も空いている。
食べるのもよし、デザートもよし。ついでにコーヒーか紅茶をのむのもよし。そう思ってグイードが手の仕草も交えて誘うと、オブライトがようやく顔を上げてくれる。
「時間はもうそんなにないんだ。バーグナー名誉教授達と待ち合わせていて」
「ああ、話し合いあとの護衛か? その前に休憩入るだろ、それなら菓子でも買って時間潰してさ、そのまま持っていくのはどうだ?」
うーん、とオブライトが考える。
「そう、だな。ついでにロイドの分も買っておこうかな」
信じられない言葉が聞こえてきて、グイードは目を見開く。
(いかん。俺としたことが思考停止しちまったぜ)
覚えに間違いがなければ、先日も『殺し合い』とやらで騒いでいた。
「どういう風の吹き回しだよ?」
「この前、町でのおつかいで偶然遭遇してな。それで付き合ってもらったんだ。城に戻るなり、お礼も何もできないまま去ってしまった」
「へぇ……」
どんな用事だったのかは詳細を尋ねなかった。グーイドとしては、その状況の方が興味を引いた。
あのロイドが、ねぇ、と彼は呟く。
オブライトの前だと、とくに大人しくしていない小さな破壊神だった。
(やたら過剰反応というか。まるで意識している、感じなんだよなぁ)
まさかそんなはずはないので、違うだろう。
ロイドもまた、密かに【黒騎士】に憧れる一人なのだろう。それだけ、オブライトは有名な男だった。
「うん。お前ってさ、結構罪作りな男だよな。これで少しでも偉そうにしていてくれると、俺もそうだと忘れずに済むんだけどなぁ」
「何が?」
「いんや、分からないんならいいだ。お前はそういうやつだし」
気掛かりがあるとすれば、他者は評価するのに、オブライトは自己評価が低いこと。
(お前の命や人生だって、同じくらい重いんだぞ)
守っている者達と、同じくらいに。
グイードはそう思うものの、今のオブライトに言っても理解してもらえないとは分かって、黙る。
何度か説明はして経験済みだった。
オブライトは、地位も、名誉も。まるでいつでもいなくなってもいいように屋敷さえ構えず、私物も少なく――それが少し心配だった。
(たぶん、この前、モルツも気付いた感じだったんだよな)
グイードは、菓子を買うべく立ち上がるオブライトを見て思い返す。
『グイード騎馬将軍、彼は――あまりにも無頓着ではないでしょうか』
一瞬、飲み込まれた言葉。モルツは、別のことをそう口にしてきた。
悪いところは何もない。
けれど隊長という身分とは思えない、質素で、いなくなってしまったらすぐにでも痕跡が残らなくなってしまうような暮らし――。
「グイード? 行かないのか?」
「え? ああ、行くよ。俺もアリーシアちゃんに何か買ってこうかな」
共に歩き出しながら答えた。
オブライトが、小さく溜息をこぼした。
「その前に、仕事を押し付けてきたレイモンドのものを考えてあげた方がいいんじゃないかな」
「別に、押し付けてはないぜ? 『ちょっと行ってくる』て言って、窓からそのまま抜け出しただけ」
「はぁ。レイモンドのことだから、間に合わせようとして必死にやっていると思うけどなぁ」
「うん、俺もそう思う」
たぶん、戻ったらめちゃくちゃ怒られるだろう。