【コミックス6巻、本日発売】発売記念SSです!②(最後)
「そう。さすがにヴァンレットを薬学研究棟に近付けるのはだめだろうし」
「うむ。ジーンさんにも指示されてる」
本来、彼の指揮権は別の者にあるはずなのだが、ヴァンレットはいまだ『副隊長』の命令の方が忠実なようだ。
(……単に、理解が速いからジーンがロイドにそう説明しておけ、と放り投げられただけの気もするけど)
「ま、今色々と立て込んでるみたいだからねー」
「今のところ、本来はニールさんだけがオーケーですものね」
グイードとレイモンドは、今のところ『グイード情報でOK』とのことだ。
マリアは「よし」と決める。
「なら、どんな食べ物を出すか捜そう」
「はいはいっ! 俺、王宮のことなら詳しいよ!」
「無断拝借と、忍び込むのはなしですからね」
マリアが目を坐らせると、ニールは笑った。
「んもー、俺ちゃんと案内できるんだってば。ヴァンレットの好物も出そうぜ」
「サンドイッチ」
「うん、ガッツリ食べたいのね。いいと思う」
正直、マリアも通常の定食では足りないと思っていたところだった。
「それなら早速――」
そう言って立ち上がった時だった。
「馬鹿者め、また何か騒ぎを起こす気か?」
低い美声がして振り返ると、そこにはポルペオがいた。
「――あ。ヅラ」
「ヅラ師団長だ。やっほー」
「うむ」
来たポルペオが、ヅラの下の、色が全然違う黄金の眉をピキリと反応させる。
「三番目のやつはまだ良しとしよう。だが二番目、敬いを忘れるな。そして一番目、とくにアウトだ」
え、ひどい。
つい口から出てしまった呟きなのに、とマリアは後付けのように思う。
ヘルメットかと思うほどの、ツルッとした目立つヅラをかぶった彼は、オブライトの自称ライバルで銀色騎士団の第六師団長だ。
彼は、マリアの〝正体〟を知っている相手だ。
最近、策士なやり方によって正体がバレてしまったのだ。
ジーンやモルツいわく、それはただマリアが阿呆なのでポルペオに勘付かれてうえ、確認させる隙を与えてしまっただけ、というが。
ポルペオはそんなマリアから、ニールとヴァンレットまで見渡した。
「それにしても、またこの面々で集まっているのか。とくにそこの二人、お前らは暇なのか?」
「俺は休憩っスよ。ジーンさんのおつかいの帰り!」
「俺も休憩です」
ふうむ、とポルペオが眉間の皺を深める。
「だから、なぜ、そこのメイドに会おうという気になるんだ」
ポルペオが、荷物を持っていない手でマリアを示す。
マリアは彼が、探るように二人を見ていることに気付いた。
(何を考えているんだろう……?)
そういえばオブライトだった頃も、時々そういう顔で、彼が隣から発言していたのを思い出す。
そういう時は大抵、オブライトのことを考えてのことで――。
「だって、お嬢ちゃんと遊びたいんだもん」
「俺、全然マリアと遊べてない」
次の瞬間、二人から返ってきた即答に、ポルペオが肩から力を抜かした。
「……お前らと喋っていると、気が全部散る気がする」
ポルペオの口元は、疲労感交じりでひくついている。よく分からないが『なんたかごめん』とマリアは思った。
「ところで、ポルペオ様は何をしにこちらへ――」
「手を出せ」
「ん?」
掌に乗せられたのは、クッキーが入った小袋だった。
(あ、なるほど。休憩に付き合おうとしたわけか)
「先日はご苦労だったな」
「いや、ポルペオこそ――んんっ。ポルペオ様こそお疲れ様でした」
マリアは、困ったように笑い返した。臨時班の任務を振り返って、彼もまた珍しくちらりと苦笑を滲ませた。
その時、二人は、ハッと遅れてもう二人の存在を思い出した。
そこには、じーっとクッキーを見ている大きな犬とわんこ――ではなく、ニールとヴァンレットがいた。
と、ニールがマリアに気付いて「いやいいよっ」と慌てて手を振った。
「クッキー美味しそうだけど、くぅっ……お嬢ちゃんがもらったものなら、とらないよ……っ」
かなり無理をしている。
こんな時に滅多に見せない我慢を発揮されても……とマリアは思った。
ヴァンレットに関しては、王宮一のがたいを小さくして指先をつんつんしている。
「俺もマリアからはとらない」
(……頼む二人共、そうするくらいならいつも通りねだってくれ)
マリアは口元が引き攣った。オブライトだった時からそうなのだが、彼らは自分が食べているものを同じように食べたがった。
ポルペオが細く息を吐き、顔に手をあてる。
「すまない、渡すタイミングを間違えた。……お前はなかなか捕まらないから、今しかないと……」
「ん? 何か今」
「なんでもないっ」
突然大きな声を出されて、マリアは咄嗟に耳を塞いだ。
相変わらず声が大きい。
しかしマリアは、ニール達に目を戻すと、その空色の瞳をふっと優しく細めた。
「クッキーなら一緒に食べよう。これ、美味しいやつだから」
素の口調で言ったと、しばらくは気付かなかった。
ポルペオが小さく目を見開いて、何か言おうとした。だが、ニール達が声を上げて、彼がハッと我に返ったように口を閉じた。
「いいのっ? ぺろりとなくなっちゃうよ?」
「みんなで食べた方が美味しいですわ」
「一緒に食べるのは、俺も好きだ」
「ああ、そういえばよくルーカス様と――うん、数は大丈夫。ポルペオ様も一緒に食べてくださいますからね」
「は――はぁ!?」
ポルペオがギョッとする。
「な、なぜそんなことになるんだ馬鹿者!」
「二袋をみんなで仲良く食べれば、枚数問題は解決でしょ?」
「そのぽやっとした感じで首を傾げるのはやめろ、イラッとするわ」
よく言われる台詞を前に、マリアは「なんで?」と思った。
「だって、一緒に食べる方が好きだろ?」
こそっと彼に内緒話のように寄って、思わずあの頃の笑顔でニッと笑い掛ける。
「それは――」
ポルペオが言葉を詰まらせた。太い黒縁眼鏡の奥に見る黄金色の瞳を、ぐっと細める。
「――お前が、いたから。……そう私に〝教えた〟のも、お前だ」
よくは聞こえなかった。マリアが「ん?」とにこやかに小首を傾げたら、ポルペオが先に言葉を続けてきて質問のタイミングはなくなる。
「『いいだろう、付き合ってやる』と私は言ったんだ」
ポルペオが「ふんっ」と鼻を鳴らし、偉そうな態度で顔を横にそむける。
こう見えて一緒に食べるのも好きな奴だ。きっと照れ臭いんだろうと思って、マリアは小さく笑った。
「うん、良かった。なら歩きながら話そう」
「……ん? 何をだ?」
「ルクシア様達を誘って、王宮のどこかでピクニックみたくティータイムをする予定について」
「嫌な予感がすると思ったら、なんだそれはっ」
言いながら、彼は歩き出したマリアに続きながら小袋の口を開ける。先に付いていったニールとヴァンレットが、早速隣同士クッキーをもらって喜んでいた。
「食べ物捕獲大作戦を実行する予定なんですよ。ポルペオ様も案を出してください」
「そんなふざけたことに付き合えるかっ」
「ヅラ師団長が食べてるの、何味?」
「いちごだ。ほれ」
「やったね!」
ひゃっほーとニールが無駄にはしゃぐ。
「お前は子供かっ」
「お菓子は大好きっス! 大人でも!」
「ヴァンレット、はい、この味も美味しかったわよ――うん、ヴァンレットの大きさ的に二枚ずつじゃないとだめだなぁ」
「お前のはやるな、私の方から二枚出すから。じゃないとすぐ空になるぞ、この大食らい共め」
ポルペオは続いてヴァンレットにも寄越した。配りつつ、マリアも彼もクッキーを口に放り込みもぐもぐとする。
その歩き食いの光景はかなり目立って、人が増えた通路で周りの者達が遠巻きに注目していた。
「そうだな。菓子なら私の部屋にもそろそろ注文していたものが届くと思う。ルクシア様もお好きなものがあるだろう、見繕うといい」
「また殿下のやつっスか? つか来るたび大量のお菓子発注してんの? ウケるー」
「まぁ、それなら少しいただいても平気なのか……」
そばでニールが耳を塞ぎ、ポルペオが説教する中でマリアは顎に手を当てる。
「マリア。入口のところの販売店を見てみよう。肉もあった気がする」
「ほんと? でもルクシア様とアーシュは食べなさそう――だから、私達の分で買うか」
「ティータイムにガッツリそばで食う人間なぞ、私はお前ら以外に知らんぞ……」
「ヅラ師団長、それってお嬢ちゃんも入ってるの?」
「う、む。そんなメイドは初めてだ、とも言おうとした」
ポルペオが珍しく言葉を濁す。ニールはとくに気にならなかったようで、次のクツキーをもらって即忘れていた。
そんな四人の様子を、目の前を通過された若い警備兵達がまじまじと見送る。
「……あの人達の関係、よく分かんねぇよな」
「最近は、たびたびポルー様も一緒にいるんだよなー」
「ほんと、どんな関係なのかね」
過去には、姿が違って同じ面々の光景だってよく見られたのだ――それを知る一部の世代の者達は、いつだったか思い出させないが懐かしいような、とマリア達の姿をつられて見たのだった。
コミックス6巻発売記念の短編 了
【コミックス6巻の発売記念の短編】、後半までお読みいただきまして誠にありがとうございました!
最新刊のコミックス6巻、皆様の応援のおかげで、本日の12月24日に発売日を迎えることができました。本当にありがとうございました!
風華先生のコミック本編と併せて、巻末の書き下ろし短編小説【二十五歳の黒騎士と、十六歳の少年師団長】もお楽しみいただけましたら幸いです。