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【コミックス6巻、本日発売】発売記念SSです!①

 正午を少し過ぎた王宮。

 いったん来訪者も絶える時間だというのに、そのメイドはふと窓口に立った長身の男に気付いた。


「あら、ポルペオ様」

「う、む……その、クッキーの小袋を二つ、みつくろってもらえまいか」


 後ろで別所のティーセットを支度している若いメイド達が、不思議そうに彼を見る。


「ふふ、承知いたしました」


 ここは一部の限定された者だけが利用できる場所だ。そこにある菓子は基本的には王宮内で出されるのだが、希望があれば購入することもできた。


「先日は喜ばれました?」

「いや、どうだろうな。なんでもうまいと食べるので、好みがあるかどうかは……」

「ご結婚された奥様のお好みのものにしてみましょうか。物珍しいですし、見た目も上品ですわ」


 クツキーを詰めながら話を振られたポルペオは、しかしまたしても考え込む顔で顎に手をあてる。


「うむ……しかし、それでいいのだろうか」

「硬く考えすぎですわ。美味しくいただくお方であると、わたくしは思っておりますが」

「うむ。それはもちろんだ」


 初めてポルペオが、前向きな顔で賛同する。


「アレは好き嫌いで物事は考えない。美味しいから食べるし、美味しければ人にすすめる」

「ふふふ、そうでしょうとも」


 どうぞ、とそのメイドが二袋を差し出す。


 ポルペオが菓子を受け取る。彼の大きな手には小さくも見えて、若い彼女らはますま不思議そうに目で追った。


「世話になった。それでは、失礼する」


 ポルペオが師団長のマントをひるがえし、颯爽と廊下を進んで離れていく。


 その後ろ姿が遠くなっていくのを見ていた若いメイド達が、一斉に教育係のメイドへと向いた。


「今のお方はポルー様ですわよね? 通われているのですか?」

「最近から」


 くすりとそのメイドは微笑む。


「ですが、詮索はいただけませんわ。邪魔になっては申し訳ないですから」


 彼女は十代のメイド達に優しく言い聞かせた。

 これは、今のところ彼女だけが知る小さな〝秘密〟だ。


『クッキーを持ち帰れるかな?』

『はい、確かにそうですけれど、お急ぎみたいですわね。誰のご紹介でしょうか――あら、陛下からっ』

『ああ、どうか騒がないでくれ。余っていたらでいいんだ、小袋で一つ分くれないか?』

『まだたくさんありますわよ。どなた様かへの贈り物ですか?』

『眉間に皺が寄っている奴に、皺を外してやろうかと思って』

『まぁ、考えていたかと思ったら、ふふ、なんですのソレ』

『まぁ臨時任務で、色々とあって助けられもして――甘いやつがいいかな。この前も仏頂面で食べていたし』

『差し入れですか?』

『ヅラ――ああ、ポルペオ・ポルーに。お疲れ様と言ってやろうかと』

 濁った赤い目と軍服を見て、彼女は黒騎士舞台の隊長オブライトだとは分かっていた。

 名前を出された時、とくに反応を示さなかった相手のポルペオ・ポルー師団長も有名なので、もちろん知ってはいる。


 犬猿、だとは聞いていた。

 けれどそうではないだろうと、彼女は噂を耳にするたび思ったのだ。


『友人に、喜ばれるといいですわね』


 そう言って、彼女はクッキーを渡した。


 他の購買先が閉まっていたせいだろう。上流貴族向けのこの窓口にオブライトが来ることは滅多なことではなかったが、ポルペオが結婚した妻への手土産だけでなく、個人的に勤務中にたびたび買っていくようになった。


 いつも仏頂面で、うーんと悩んでは、結局は『みつくろってくれないか』と彼女に頼む。


 ――そんな日々は、数年後にぱたりとなくなってしまうのだ。


            ※※※


 そんなことを思い出したのは、王室付きの使用人達の休憩室から出た時だった。


 通りすがり、その窓口の前に立つポルペオの姿を見付けたのだ。


 相変わらず美しい男だと彼女は思う。

 同年代だが〝個性的なヅラ〟をかぶっても、分厚い眼鏡をけていても、横顔から精悍さが滲み出ている。


(何をしていらっしゃるのかしら?)


 彼女は足を進めながら、つい見つめてしまう。


(子は親離れをしたとは聞いたので、恐らくは一人待ち奥様への手土産かしら。でも、まだ帰るには早い時間だわ……)


 まだ正午を過ぎて、少し経ったくらいだ。


 すると、うーんと考えた彼が「うむ」とやめ、顔を上げて窓口で待つメイドに言った。


「クッキーの小袋を二つ、みつくろってくれ」


 そんな彼の台詞を聞いて、彼女は「えっ」と声を上げてしまった。


 ポルペオが振り返る。彼女は慌てて頭を下げた。


「なんでもございませんわ」

「うむ。そうか……?」


 すぐに頭を下げたので、ポルペオは誰か分からなかった様子だ。


 相手のメイド達は、愛妻家としても知られているポルペオを考えたのか、色取り取りのクッキーを小袋に詰めた。


「はいっ、どうぞ!」

「――う、む。礼を言う」


 一瞬、ポルペオが迷った気がした。


(さすがはお優しいポルペオ様だわ)


 とすると、ますます彼女は〝当時のこと〟を思い出してしまうのだ。

 あの様子だと、女性への手土産ではない。

 しかし、いったい誰に?


(でも……)


 そんな疑問の答えよりも、今、こうしているポルペオに『良かった』という気持ちが込み上げた。


 心なしか、踵を返した彼の横顔は楽しみそうだった。


 時々思い詰めた顔をしていた頃のようなモノは、感じられなかったから。


(ふふっ。でも、いったいどんなお方に『お疲れ様』をするつもりなのかしら)


 ちょっとだけ楽しくなってそう思った。


            ◆◆◆


 ――彼女がそう思いを馳せる相手は、今、弟分のごとく赤髪の超童顔男とバカデカい騎士を連れ、片隅の廊下の階段に座って臨時会議を開いていた。


「『時間が取れたから遊ぼう』というのは分かりました。ならば有効活用して、ルクシア様に元気をあげる何かをしたいと思います」


 大きなリボンを風に揺らし、マリアは凛々しい表情で告げた。


「ひゅー! いいねお嬢ちゃん! なんか現地で殲滅作戦を行っているみたいな顔になってるけど、俺は気にしないよっ」

「そこは大問題ですわ。か弱い少女に不似合いの言葉じゃないですか」

「それで、何か案があるの?」

「うーん。周りに迷惑を掛けない方向で」

「それだと難しいなー」


 あっさりニールが「困った」と腕を組み、首を傾げる。


(だろうと思ったよ)

 はは……とマリアは口元がひくついた。


「ヴァンレットは、何か案はある?」


 気を取り直してもう一人の元部下に尋ねた。元々、最近は忙しかった彼らが『一緒に遊びたいっ』というので、ストレス発散に付き合うべくマリアもちょっとした休憩で付き合っていたのだ。


「マリアと一緒なら、どこでもいい」

「そうかぁ。うーん案はなし、か……」

「ロマンチックに取らないお嬢ちゃんって、逆に清々しくていいよね!」


 ――ロマンチックだのなんだのどうでもいいが、お前らが何をしたいのか案を考えてくれよ。


 そんな本心を思い、マリアは悩み込んで眉間に皺を作る。


「あー……じゃあ休憩で何かする、とか?」

「いいんじゃない? ルクシア様もアーシュ君も、ちょー真面目だし」


 あれが普通なんだよな、残念ながら。


「ヴァンレットもいることだし、どっか外でティータイムにしましょうか。食べるものを集めるんだったら、少しは面白そうだし」

「ピクニックみたいなものか?」


 ヴァンレットが、高い位置にある頭を屈め、無垢な目でマリアを覗き込む。

本日(12/24)黒騎士コミカライズ最新刊、コミックス6巻が発売いたしました!

感謝を込めて、発売の記念にSS、というより短編を執筆しました。1話分に収まらなかったため、分けて投稿していきます。

お楽しみいただけましたら幸いです!

(コミックス6巻には、書き下ろし短編小説【二十五歳の黒騎士と、十六歳の少年師団長】も収録されております。そちらも併せてお楽しみいただけましたら嬉しいです)

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