五十章 公爵様とのデート(2)
「マリアったら、そうしょんぼりしないの! 帰ってきたら、またリリーナ様と同じリボンをしてあげるから」
カレンが、あはははと笑って豪快に肩を叩いてきた。バンッと結構な衝撃がして、マリアは「いてっ」と呻いた。
マーガレットが、少し心配そうに頬に手をあてた。大きな胸が、柔らかに揺れて盛り上がる。
「マリア『いて』なんて、だめよ。殿方に嫌がられるわよ」
「別に、いいわよ」
マリアは、むすぅっとした顔で答えた。
「いきなりのデートだし、私は望んでなかったというか唐突なもので……無理して好感を上げたいとか思ってないもの」
するとメイド仲間達が、鏡の中で笑うのが見えた。
「可愛いわよ、マリア。だから安心して」
「衣装を気にしているわけではないんだけど……」
「少しだけ、気を付けるだけでいいの。ほら、いい家のお嬢さんよ」
年上のメイド仲間が、後ろからマリアの手を取って、肩を抱き鏡を見るよう促した。みんなが年上の姉のように微笑んでいる。
「もし公爵様がだめでも、いつかお見合いをしていい人と結婚するんでしょう?」
「その練習だと思えばいいのよ。他にも、いい男はたくさんいるわ」
「旦那様が、よきようにはからってくれるから」
そんな前向きな彼女達の声を聞きながら、鏡の中の自分を見ていた。そこに映ったマリアは、メイドになんて全く見えない普通の女の子だった。
確かに、いつかは誰かと結婚をと考えていた。
二人で笑って支え合えて、家庭を築けていけるような男性。そして、自分の可愛い子供に会いたい。
黙っていれば、口調を良くすれば……。
婚活についてよく言われる言葉だった。けれど、それをしなかったら失望されるのだろうかと想像したら、なんだか気分は沈んだ。
「私は……これが、私なのにな」
部屋から連れ出されながら、ぽつりともらした。
全部を我慢しなくちゃいけないのだろうかと思うと、希望していた一般男性の中で、そんな人がいるのかわからなくなってきた。
『まだまだ若いですから、ゆっくり考えていけばいいんです。そして結婚をしたくなったら、その時に動けばいいのです。私達は協力しますから』
マリアは、ロイドと待っていた執事長フォレスを目にし、彼に幼い頃言われた言葉を思い返した。
結婚したいと思えた時が、結婚時。
まだその感覚が分からないマリアには、難しいことだった。
テレーサと家族になりたい、彼女を妻に……と思っていたオブライトだった頃とは、状況が違うせいだろう。
ロイドが、ソファ席から立ち上がった。マリアのもとへ歩み寄り、慣れた仕草で距離を縮める。
「その服、似合ってる。すごく可愛いな」
それは開口一番にしては、想定外の言葉だった。
マリアは、つい口をぱくぱくしてしまった。するとロイドが、エスコートするように手を取って歩みを促してくる。
「あ、あの、ロイド様」
「馬車を持って来てある。近くまでそれで移動しよう。ついたら徒歩に切り替えて――今日のデートが、すごく楽しみだ」
楽しみ、だなんて言われて、マリアはますます困惑する。
ロイドの口から、そんな台詞が出るのが信じられなかった。素直じゃない男のイメージが強かったから……。
「今日を、楽しみにしていたんですか?」
馬車に乗り込んだところで、マリアは向かいに座った彼にそう聞いてしまった。
ロイドが、優雅に足を組みつつ、にっこりと笑ってきた。
「もちろん。昨日の多忙も、それで乗り越えられた」
ストレートに答えられて、ドキッとする。
この計画を立てたのが、一昨日だという。勝手に立てたものでしょうと言い返そうとしたマリアは、馬車が動き出して口をつぐんだ。
※※※
馬車で向かった先にあったのは、領地からも近いアルトハレンだった。
アーバンド侯爵領と同じく、王都に接している。こちらは王都から続く大都会で活気があって、たくさんの定期便の馬車も出ていた。
その中で、多くの施設や店が集まるグリーンラインと言われる場所で、マリア達は下車した。
「ここからの一帯は、遊歩道だ。緊急を除いて、馬車の出入りは禁止されている」
歩きなから、ロイドが指差して教えてくる。
そんなことは知っている。オブライトだった頃も、王都に滞在していた際にジーン達ともよく来た。
そしてマリアは、リリーナ達とも歩いたことがある。
――きっと、王都には行くことなんてないんだろうな、と、ここから見える大きな城と街並みの影を眺めながら。
「デートで歩くにも、もってこいだろう」
マリアは、続いて聞こえた単語に咽そうになった。
普通、ストレートに『デート』なんて言うか?
おそるおそるロイドの方を見上げた。いや、確かに口にするくらい普通だけれど、あのロイドがそれを述べるのが違和感なのだ。
「えっと、たぶん良くて、兄と妹みたいに思われているところもあると思いますが……ロイド様は、平気なんですか?」
ひとまず、大人と子供とは述べずそう言った。
すれ違う誰もが、美貌に目を引かれてロイドを見ていくのには気付いていた。同時に、共に歩くマリアに嫉妬したり、羨ましがったりしていないことも。
マリアは、十六歳にしても小さすぎる。並ぶと身長差もかなりあるので、幼い感じがより目立つ気がした。
見ていく者達の目からすると、デートとは思われていないだろう。
改めて客観的に考えた彼女は、つい気にしてロイドとの間を空けようとした。だが直後、ロイドに肩を抱かれて引き留められてしまった。
「相手がどう見ようと勝手だろう。だから、隣から離れなくていい」
察知されていたことに、マリアは頬を少し染めた。大きな手の温もりが、じわじわしみ込んでくるみたいに、熱い。
「あ、あんまり引っ付くのも、どうかと思うんですよ」
落ち着かなくて離れようとするものの、ロイドは手をどけてくれない。
「なぜ? 求婚している相手なのに」
「きゅっ……!」
今度こそ、マリアは言葉が詰まった。
こんなロイドなんて知らない。どうしてドキドキするのか?
屋敷に訪問してきてからずっと、ロイドはバカみたいに全部申告してきている気がした。オブライトとして知る限りのロイドは、そんなことをしないと思う。
いやお前、私が前世でオブライトだと知ったら、あとコレ、めちゃくちゃ後悔するぞ!?
もう色々と考えが、ぐるぐる回ってしまった。マリアが言葉に窮していると、ロイドが覗き込んでくる。
「俺が、他人からどう見られるのか、気にするとでも?」
「え? いや、なんというか、その、そういうのを案外気にするタイプかなぁ、て……?」
ただのイメージなのだけれど、とマリアは心の中で言葉を付け足した。
実のところ、この恋とやらも友人らにバレないよう、かなり頭を抱えていたんじゃないか、という勝手なイメージが脳裏を過ぎっていった。
ロイドに限って、それそこあり得ないことだろうけれど。
「べ――別に気にしない」
なんだか一瞬、ロイドが言葉を詰まらせた気がしたが、マリアは急に落ち着かなくなってきた。
彼が、ずっとマリアのことを見つめ続けているせいだ。
「あんまり、見てこないでください」
マリアは、露骨にじっと見てくる視線にとうとう集中できなくなった。考え事をいったん脇におくと、顔の横を手で隠した。
すると、ロイドがもっと見てくる。
「その仕草も可愛いな」
「かわっ……え、嘘でしょ?」
思わず見つめ返したら、生真面目なロイドの目と合った。
「嘘じゃない、可愛いから見ている」
「え」