四十九章 陛下も参加の休憩(8)
「お前ならできるさ!」
マークが、サリーにバッチリ言い聞かせた。
「そんな、いい笑顔で言われても……」
「俺もっ、めっちゃ応援してるっ」
「殺すよギース」
「ひっでぇ!」
すっとサリーの愛らしい目が据わり、一気に冷気を帯びた。同じ十代組なのに……とギースはほろりとしていた。
たぶん、昨夜のおふざけを怒っているんだろうなぁ、とマリア達は思ったりした。
「まぁ、向こうのご家族としては、ジョセフィーヌ嬢の怪力のことを気にされていたようですが」
執事長フォレスが、馬車に乗り込む主人達を手伝いながら述べた。
と、アーハンド侯爵が、ぷぷっと子供みたいな笑い声をもらす。
「あれくらいの怪力じゃあね」
「旦那様、子供みたいなことをおっしゃらないでくださいませ。一般的に考えれば、相当なものです」
「そうかなぁ、気にすることないのにねぇ。きっと優しい人達なんだね」
アーバンド侯爵は、一族についてそう感想した。
優しい。そういう風に考えられることを、マリアは密かに感心してしまった。やっぱり素敵な人だと思う。
「何かあれば僕が止めるので、大丈夫ですよ」
リリーナの乗車を手伝った父へ、アルバートが簡単にそう言ってのけた。
彼の方が、彼女よりも力は上回っている。この前も暴走しそうになった時、あっさり止めてしまったらしいとはマリア達も話を聞いていた。
それから、サリーとマシューを従者として連れ、アーバンド侯爵達が出掛けて行った。
残っている仕事を済ませたら、休日シフトだ。
屋敷には穏やかな空気が漂った。主人達が帰ってくるまでに町へ買い物に行こうかと、メイド達ものんびり仕事を進めながら話す。
「庭でごろごろするのもいいかもね」
「マリアは、またそれか?」
早朝に〝処理〟も終えていたマークが、午前中の最後の庭仕事にとりかかりながら、年頃の娘を心配した目を向けていた。
今週は、アヴェインまで休憩に加わることもあったが、問題もなく済んで無事解決だ。
だからマリアは、るんるん気分でこの祝日を迎えていた。
外出するつもりはないので、青空を眺めてゆつくりする時間もいい。そんなことを想像しながら、まずは入荷した食材の仕分けを手伝い、それからシーツ干しを手伝い――。
「さて、次は」
そう考えながら、再び玄関広間を通り過ぎようとした時だった。
なぜか、そこにフォレスや一部の使用人達が集まっていた。主人達を見送って、屋敷仕事が始まって数十分しか経っていないのに不思議に思う。
しかも、どうしてか全員がマリアを注目している。
「なんですか?」
無言のまま凝視されて、たじろいでしまう。
すると、また屋敷内に入ってきていたマークに手招きされた。全員の目が『こっちへおいで』と言っている。
ほんと、一体なんなんだ?
「分かった。行くよ」
居心地が悪い注目の中、マリアは素の口調で答えてそちらへと向かった。
フォレスが、中途半端に締めていた状態だった玄関を開く。どうやら客人が来たらしい、予定になかったけどな――。
と思った直後、外の光景にマリアは硬直した。
玄関前には、真っ赤な薔薇の花束を持ったロイドが立っていた。
彼は軍服ではなく、貴族らしい上等な外出衣装だった。その後ろには、公爵家の紋が入った黒塗り馬車が停まっている。
使用人一同、視線を戻して改めて沈黙した。
目の前にしたマリアも、しばし言葉がなかった。ロイドの真剣な紺色の目が、ひたすら彼女をじーっと見てくる。
「……マリア。マリアや、少女あるまじき顔になってるから」
マークが、そばから引き攣り顔でこそっと言ってきた。
お前またサボッてたのかとか、その頭のタンコブは執事長の拳骨だろう、だとかそういう質問も出てこなかった。
マリアは、おそるおそるマークの方を振り返った。
「…………マーク、こいつ、どうしたんだと思う?」
ロイドの方を指差して、思わず事実確認をした。
メイド達の視線を受け止めたマークが、溜息をもらして、代表するように切り出す。
「見事なプロポーズ、いや、騎士様の鏡みたいな立派なデートの誘いだろ」
急に来られて、衛兵組から任されたのだとか。
すると、フォレスが説明した。
「マリアさん。ファウスト公爵様は、ご覧の通り、あなたをデートに誘っておいでです」
「マジか」
うっかり素の口調が出た。
でも、ロイド引き続き真剣な目のままだった。マリアの失礼な発言も注意せず、目を戻すと同時に言ってくる。
「今日の休みの、お前の時間が欲しい」
この前、お見合いをしたばかりだった。
マリアは思い出して、たじたじになった。忙しくて、途中、完全に頭から抜けていた。
「でも、あの、私、見合いでは返事をしていないですし」
一時のものであるのなら、冷めるのではないかと思っていたのだが、ロイドはいまだ本気であるらしい。
「見合いでは合格をもらった。婚約することについて断られてはいないし、嫁入り先の候補として引き続き検討してくれるってことだろ」
「た、確かにそうですけど」
思い返せば、諦めないとかなんとか彼は言っていた。
そして婚約については、マリアに気に入られないと話を進める気はない、とアーバンド侯爵は答えて――。
『せいぜい頑張ることだね』
あの時、アーバンド侯爵はそう言った。
つまりアピールしていくってこと? そう考えた時、マリアはロイドに手を握られて飛び上がった。
「マリア、俺は本気だ」
薔薇の花束越しに、ずいっと覗き込まれて心臓がはねる。
間違ったら、鼻先が触れそうだと勘違いしてしまう距離感だ。濃厚な薔薇の匂いで、美しい彼の顔を前に、目がちかちかする。
「歳の差だろうが身分差だろうが、俺は、お前以外を妻に迎える気はない」
「つ、妻って」
「アーバンド侯爵家のメイドだとか関係なく、俺はマリアと結婚したいんだ」
握った手を、優しく取り直される。とても気遣う仕草で、薔薇の花束をそっと渡されると受け取るしかない。
マリアは、小さな自分には大きすぎる花束を受け取った。
とても豪華で、オブライトだった時にも買ったことがない、立派なブーケだった。赤やピンクが散りばめられていて、色合いが濃すぎないのもマリアの性に合った。
もしかして、考えて選んでくれたのだろうか?
「あの、花……ありがとうございます」
マリアは、薔薇越しに、ちらりと上目を向けて礼を告げた。
ぱちりと視線が再び交わった時、ロイドが美しい強気の笑みを浮かべた。その彼らしい表情に、再びドキリとしてしまう。
「マリア、俺は夫候補として、お前に必ず気に入られてみせる」
「きっ、気に入られるとか、正直に言うだなんて」
「俺は正直でいることにしたんだ。まずは、第一回目のデートを決行したい」
え、まさか、本当にデートのお誘いですか?
マリアは、頭の中がいっぱいになってしまって「ぅええぇ」と意味のない声をもらしてしまった。
と、後ろでメイド達が盛り上がった。
「早速準備させなくちゃね!」
「え」
「ようやくあの新作の可愛い服を着せるチャンスよ!」
「姉さんたち、でかしたわ! あのスカート、マリアにぴったりだと思ったのよねぇ。さっ、マリア行くわよ!」
不意に、ガシリとカレンに掴まれた。次から次へと他のメイド達にも取っ捕まってしまって、マリアは二階へ向けて引きずられてしまう。
「えっ、ちょ、まっ……」
「それでは、お待ち頂ている間こちらへどうぞ。馬車の御者様にも、何かお出ししておきましょう」
フォレスがロイドを案内する。薔薇の花束と、マリアをメイド達が盛り上がって運ぶのを、マークが半笑いで見送った。