四十九章 陛下も参加の休憩(7)
思い出したマリアは、退出していく彼女達に手を振り返しながら納得した。ヴィクトリアは、まさに貴族の女性の鑑といってもいいのかもしれない。
とても美しく、落ち着きがあり、そして指先の動き一つまで綺麗だと思えた。
アローの妻というのが、意外なくらい。
「マリアさん、お会いできて嬉しかったですわ。それでは、また」
最後に、にこっとヴィクトリアに微笑みかけられ、マリアもつられてにこっと爽やかな笑みを返した。
美人で品があって雰囲気が柔らか――レイモンドの妻に似ているな~と思った。
「お、おい、マリア」
マリアは席に向かいながら、こそっとジーンに声をかけられて「ん?」と目を向けた。
「おま、そう、ぽやぽやしているどころじゃない……」
なんだか、ジーンはこの世の終わりを見たような顔をしている。
マリアは、きょとんとして小首を傾げた。
「何が?」
「その、もしかしたら――うっ、いや、なんでもないっ」
唐突にジーンが言葉を詰まらせた。なんだろうと思ったマリアは、ふとアヴェインの視線に気付いた。
「息子達の顔も見られた。休憩を続けてくれ」
目を向けた途端、じーっと見つめたままそんなことを言われる。
マリアは不思議に思ったものの、内心幸せでふわふわしていたので、早速レイモンド達とケーキを広げてコーヒーの準備ら取りかかった。
焼きチーズケーキは、綺麗に切り分けられていた。焼き色もとても美味しそうで、箱を開けるとブランデーのいい香りも漂ってきた。
「へぇ、この小ぶりのケーキが、今大人気のやつなのか」
グイードが、マリアのコーヒーのサポートで立ちつつ、人気なのも頷けると期待たっぷりにテーブルを覗き込む。
座ったレイモンドが「だろー」と嬉しそうに言った。
「遠目で、食べているのを見てさ。これは、ぜひ一度食ってみなきゃなと思っていたんだ」
「確か、爺さんが一人で焼いているんだったか」
「店を残そうってことになって、息子夫婦が教わっているところらしい」
「そっか。続くといいな」
グイードとレイモンドが、呑気に言葉を交わして笑いあった。
だが、ジーンが珍しいくらいに大人しい。
「どうしたの?」
「うーん……いや……うん、ケーキもコーヒーも、美味しそうだなと思って。うん」
「ふうん」
そうしている間にも、一人分ずつコーヒーが出来上がっていった。
ふたカップ仕上がったところで、運んだグイードが、アヴェインの前で「あ」と声を上げた。
「確認取るの忘れたけど、アヴェインもコーヒーで良かったか?」
「お前が気に入ってるコーヒーだろ。いただこう」
なんでもないようにアヴェインが答えた。
「はい、こっちはベルアーノな」
「……前ら、ほんと自由だよなぁ」
陛下なのにと小言を交えたベルアーノが、呆れつつもコーヒーカップを受け取った。だがそれを口にした途端、その顰め面が和らぐ。
「大変美味しいな。もしかしたら王宮で一番だ」
「いいコーヒー豆を使っているからですよ」
真ん丸の目で言われたマリアは、大袈裟だなぁと苦笑を返した。
すると、そっと一口飲んだアヴェインが、落ち着いた声色で遮った。
「いや――本当に、美味しい」
静かに、たった、一言。
彼がそういう風に、心を込めて褒めるのも珍しい。目を閉じている様子は、香りの余韻まで味わっているかのようだった。
「気に入ってもらえて、よかったよ」
レイモンドが、自分も飲みつつ笑いながらそう言った。それは、マリアが思っていたことでもあった。
焼きチーズケーキも、大変美味しかった。
みんなで席につき、それぞれコーヒーと一緒に味わってみた。濃厚で、酸味もあって、紅茶にもよく合う味だった。
そうやって休憩が再開したものの、アヴェインは珍しく大人しかった。いつもだったら賑わいに混じってくるのに、ずっと真剣な顔で何やら考えている様子だった。
「仕事、かな?」
こそっとレイモンドがマリア達に意見を窺った。
「もしかしたら、お仕事が結構詰まっているんですかね? 息子の、殿下のお顔を見に来させたくらいですし」
「確かになぁ。仕事と休憩は分けるやつだけど、それくらい忙しいのかもな」
うーんと考えたグイードが、そこでジーンを見た。
「どう思う?」
問われたジーンは、引き続きコーヒーカップをちびりちびりやっていた。
「うん、そうかもね……」
こちらもこちらで、滅多にないくらいに大人しい。マリア達は、揃って疑問符を頭の上に浮かべた。
休憩はつつがなく続き――しかし唐突に二人抜けることになった。
始まって間もなく、ケーキを一カット分だけあっという間に食べてしまったアヴェインが、いきなり立ち上がった。
「仕事を片付けてくる。ベルアーノ、行くぞ」
今後のことで頭を悩ませていたのか、腹を抱えていたベルアーノがバッと顔を上げた。嬉しく思ったようで目が潤う。
「陛下が、すぐ仕事に戻ってくださるとは……!」
「溜まっている案件は、今週中に片付けよう」
「なんと! 陛下っ、私もせいいっぱいご協力致します!」
ベルアーノが感極まった声を上げ、颯爽とアヴェインに続いた。宰相の頭を悩ませているものがどれだけあるのか、マリア達は気になった。
入り口に近衛騎士が現われ、アヴェインに同行し途中退席していった。
見送ったところで、レイモンドが口を開く。
「休む時は休む人なのに、珍しいなぁ」
「まっ、ベルアーノも、ケーキ三口で胃を押さえていたからな。気を利かせたんじゃないか?」
はははとグイードが笑って、もう一個のケーキの最後のひとかけらを口に放り込んだ。
「そうじゃないですかね。たぶん」
マリアも、もぐもぐしながら笑顔で相槌を打った。ベルアーノからもらった分まで美味しく頂けて大満足だった。
――そんな中、ベルアーノと同じく、ケーキが進んでいない男が、一人。
「……これ、来週の日程を開けようとしている予感が」
まずくね?とジーンが一人呟いた。
※※※
国王陛下アヴェインも加わった休憩も、何事もなく無事に済んだ。
あのあと、リリーナに確認してみたら、やはりヴィクトリアが憧れの女性であったと教えられた。顔を見れたし、ケーキも美味しかったので満足だ。
それから二日が経ち、国の祝日を迎えた。
つまり今日は、休みだ。
「ジョセフィーヌ様のお父様達も、王都にいらっしゃっているみたいなの。今日、一緒に回るのよ!」
「それは楽しみですね。ご帰宅されたら、ぜひお話しをお聞かせください」
リリーナは、久し振りにアルバートも加わって家族で外出する予定だ。
アーバンド侯爵も、あちらの男爵に会えるのが楽しみなようだった。
「芸術面でも、話が合いそうだからね」
「僕は、その間はリリーナについていますよ」
にっこりと微笑んだアルバートに、アーバンド侯爵は笑顔をピシッと固くして、コンマ二秒の間を置いてから頷き――すかさずサリーを呼んだ。
「サリー、アルバートのことは頼んだよ」
「はい……その、でも、代わりに僕が『可愛い可愛い』される未来しか浮かばないのですが……」
その時、見送り待ちだった庭師のマークが、ポンッと彼の肩に手を置いて親指を立てた。