表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
348/399

四十九章 陛下も参加の休憩(5)

 マリアは、小走りで公共区の広場入り口を目指した。


 レイモンドの言っていた『焼きチーズ』売りは、すぐ目に留まった。

 まだ仕事も始まって少し、貴族達が集まっている姿があった。これからサロンへ行く者達だろう。


 皆、マリアより背が高くて前が見えない。


 売りきれてしまわないだろうか。そわそわしつつ列で待っていると、ほどなくして順番が回ってきた。


「すみません、カットされているものを一ホール分ください」

「ふふっ、お買い上げありがとうございます。皆様がすぐ頂けるよう、お店の方で切ってきてありますので、ご安心ください」


 はいどうぞ、とひと箱を手渡してきた娘は、職人の手をした可愛らしい女性だった。


 残っていてよかった。ホッとしつつ、礼を告げてそれを受け取ったマリアは、続いてコーヒーセットを求めて再び移動した。


 まずは、いつものところでコーヒー豆を調達した。


 そして王族の休憩室に一番近いメイドの仕事部屋へと向かい、開いた入り口からひょいと中を覗き込んだ。


「すみません、コーヒー用品をお借りしてもよろしいでしょうか?」


 忙しいところ申し訳ないと思い、遠慮がちに尋ねた。


 仕事をしているメイド達が、手を止めてマリアを見た。頭の大きなリボンを見るなり「あら」と目を丸くした。


「殿下のご婚約者様の、リボンのメイドさんじゃないの!」

「読んだわっ、最新作も!」


 以前からよく知っているような口ぶりだが、第四王子クリストファーの部屋でも見なかった顔ぶれだ。


 マリアは、心当たりがなくて首を捻る。


「最新作……?」


 すると、一人が「ちょっと」と言って、同僚の脇をつついた。


「秘密だって言っていたじゃない。彼らは、ひっそりと見守っているのよっ」

「尊い見守り愛なのですわっ」

「そ、そうでしたわね。ごめんなさい」


 謝るメイドのそばから、一番年長のメイドが腰を屈めてマリアを見下ろした。


「コーヒー用品? いいけれど、もしかして陛下の休憩の?」

「え? ああ、そうです」

「わたくし達が淹れましょうか?」


 もう一人、横から覗き込んできてマリアに提案してくる。


 さすがに部屋の近くとあって、事情を知っていたらしい。だが、こちらもメイドなのに、どうしてそう提案されているのか……?


「いえ、大丈夫です。私もメイドですから」


 マリアは、とりあえず「ははは……」と苦笑いでそう答えた。


 紅茶も出ているのに、コーヒーが飲みたいとは。


 本当に自由で、いつもながら急なやつらだ。そう友人達を思っていると、メイド達が荷物を抱えているのを改めて見つめてきた。


「ケーキの箱もあるし、誰か呼びましょうか?」

「そうですわね。こんな小さい子に荷物を持たせるのも、かわいそうですわ」

「え!? いえ、大丈夫ですよっ」


 マリアは、慌てて拒否を示した。しかし、大人のメイド達は聞く様子がない。


「自由な方々ですけれど、さすがにねぇ」

「陛下も、一言申してくださればよかったのに」

「宰相様もいらっしゃるというのに、一体何をしているのかしら?」


 陛下をよく知る年上のメイドも、揃って「全くもう」と目を吊り上げた時だった。


「あら。話している矢先、とはこのことですわね」

「へ?」


 気付いたメイドの一声で、彼女達が一カ所に注目した。マリアもつられて振り返ると、扉から一人の近衛騎士が顔を覗かせていた。


「ああ、そのリボンは『マリアさん』ですね?」

「えっ、あ、はい。そうですが」


 目が合った途端、確認されて慌てて答える。


「あの、私に何か ご用でしょうか……?」

「お迎えに上がりました」


 胸に片手をあててそう騎士の姿勢で言われ、マリアはびっくりした。


「私、一人で戻れますよ」

「陛下の御命令です。一人で荷物を持つのは大変だろうから、と。お言葉をそのまま伝えると『暇をしているのなら仕事をしろ』だそうで」


 あー……なんとなく、分かった。


 今、部屋にはジーン達がいる。彼らが最強の護衛みたいなものなので、昔から、集まっている時は警備を一任している形だった。


 つまりは仕事を与えた、みたいなものなのだろう。


 なのでマリアは、渋々親切に甘えることにした。


「じゃあ、これをお願いします」


 手を差し出してきた騎士に、重い方のコーヒー一式の荷物を預ける。


 すると、受け取った彼が、余っていたもう一方の手をまた差し出してきた。


「全てお任せください」

「えぇぇ。……あの、一つくらい持ちますよ」


 そんなのは悪いとマリアは首を横に振ったのだが、笑顔の彼も、譲らない姿勢で申し訳なさそうに首を左右に振る。


「全て持って差し上げるように、何も持たせるな、というのがご命令です」


 荷物を全部持たせるなんて、普通させない気がする。


 そう思いつつも、一般の娘だったのならそうなのだろうか?と考え、仕事であるし、マリアは彼に荷物を手渡すことにした。


「はぁ、そうなのですか……それなら、お願いします」

「はい。ありがとうございます」


 任務遂行できなかったとなると、叱られるのは騎士の方だ。柔らかな苦笑のその返答は、それを見越してくれた礼だとマリアも分かっていた。


 安心したメイド達に見送られて、その部屋をあとにした。


 マリアは、不思議に思って歩く騎士の方をちらりと窺った。


「こけたりしないんですけどねぇ……」


 そんなに信用がないのかな?

 そこを考えての荷物持ちなのかな、とようやく推測に至った。思わずぽつりと呟いたマリアに、騎士がにこっと笑いかけてきた。


「陛下はお優しいので、きっと、小さな女の子のことを考えてのことでしょう」

「……『小さい』、ですか……」


 こいつら、私のことを十二歳とか、そこいらだと勘違いしてないか?


 なんだそんなことかと思って、ついむすっとする。マリアは十六歳だ。この体格と、そして……まさかコレのせいなのか?


 ふと思い至り、マリアは胸元につい目を落としてしまう。


「成長期が来るのが待ち遠しい……いつ来てくれるんだろうか……」

「え? 何かおっしゃいましたか?」


 問われて、マリアはパッと顔を上げた。


「なんでもないです!」

「そうですか。他に入り用がありましたら、なんなりとお申し付けください。ルクシア殿下のことでもご貢献されていると、密かに隊長達にも聞いているのです」


 普段、国王陛下の護衛に付いているその隊の近衛騎士は、にこにこしていた。それもあって好感があるようだ。


 しかし、外部のメイドなのに陛下の騎士にお願いなんてできない……。


 マリアは困ってしまって、返答できなかった。


 そうしている間にも、先程の休憩室が見えてきた。なんだか賑やかな気がする。いや、華やか?というか――。

 そう考えた時だった。


 ちょうど足を踏み入れたタイミングで、非常に愛らしい声が中で上がった。


「あっ、マリアだわ!」


 リリーナだ。

 そう分かって、ぴたりと足が止まる。ハッと目を向けた次の瞬間に、マリアは空色の目を見開いた。


 そこには、お勉強中であるはずのリリーナの姿があった。そして、同じく十歳で、一緒に授業をしている婚約者、第四王子クリストファーもいる。


「ほんとだ! マリアさん、こんにちは!」


 目が合った途端、クリストファーもぶんぶん手を振ってくる。


 なぜ、二人がここに?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >この体格と、そして……まさかコレのせいなのか? なんでもできる二つの胸のふくらみではなく頭のデカリボンでしょ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ