四十九章 陛下も参加の休憩(4)
「マリアもやる気になったか」
鈍い友人レイモンドが、肩に手を添えて腕を回したマリアを見て、優しい顔で笑う。
やる気になったんじゃないんだけどな。
なんでそう見えるのかなと、マリアは相変わらずな彼を思って小首を傾げる。大きな空色の目に、ダークブラウンの髪がさらりとかかった。
「んじゃ、いくぞ!」
ジーンが、早速やろうぜとそう言った。
「負けた方がおごりだな」
グイードも、意気揚々と腕を振って用意する。
「いや、マリアちゃんになったら全員で割り勘な。女の子におごらせるなんて、ありえねぇ」
「グイードなら、そう言うと思った。もちろんそのつもりだ」
「あたり前だろ、しん――いてっ。うん、女の子におごらせない」
マリアに下で足を蹴られたジーンが、カタコトでそう言った。
アヴェインが、誰がパシリになるのかとニヤニヤ眺めている。全員が貴族で、それなりの立場の者達だ。それなのに割り勘って……と、ベルアーノは理解できない表情で呟く。
「それじゃあ、やりますわよ」
最後にマリアが口にしたところで、ジャンケンが始まった。
提案者のレイモンドがジャンケンの言葉を告げ、全員で唱え――一斉に、それぞれの手を出し合った。
「よっしゃあぁ!」
まず、そう雄たけびを上げて立ち上がったのは、グイードだった。
「勝った!」
「俺も勝ち!」
レイモンドが、わははと笑いながらマリアを見た。
「悪いな、マリア」
「つか、『一人負け』とかウケる!」
ジーンが、腹を抱えてゲラゲラ笑った。
勝負はすぐについてしまった。チョキを出した男達三人に対して、マリアだけがパーを出してしまったのだ。
マリアは、苦々しく己の出した手を見た。
「適当に出したらいけると思ったのにな……くそぉ……」
やっぱり、勝負は負けると面白くない。
するとグイードが、爆笑しているジーンのフォローをするように、正面に回ってマリアの肩をポンポンとする。
「まぁまぁ、女の子が『クソ』なんて言わない」
「グイードさん、その笑顔がむかつきます」
「あっははは、さすがマリア。まぁねそうグイードに怒ってやるなって。俺のおごりでいいからさ」
レイモンドが、ごそごそと騎馬総帥の凝った軍服の上着のポケットから、お金を取り出す。
「もともと、俺がアヴェインに頼まれていたやつだから」
「――そして、この余分なお金はなんですかね? これ、あきらかに町のケーキ代一つと、コーヒー豆一回分の金額じゃないですよね」
お金を受け取ったマリアは、訝った。推測があってジロリと見つめ返すと、レイモンドの笑顔が苦しくなる。
「その……一番いいコーヒー豆、買ってきて」
お願い、とレイモンドが両手を合わせる。
そうだろうと思ったよ。昨日入荷していた上等物のコーヒー豆を、マリアはルクシア達用を買いながら見ていた金額だった。
「せっかくマリアがいるんだからさ」
「淹れる側、ですけどね」
マリアは、むぅと思いながら立ち上がった。オブライトだった時もそうだったが、ほんと、どうしてなのか?
その時、グイードがマリアの手を取った。
「よければ案内しようか?」
これだと、ただのエスコートだ。
女性に優しいグイードらしい提案だったが、マリアは溜息が込み上げるのを感じながら、首を小さく左右に振ってみせた。
「一人で行けますわ」
「『エドワー爺さんの焼きチーズケーキ』って書かれた小さな看板を持ってきているから、すぐわかると思う。孫娘さんが売りに来ているらしいんだ」
「へぇ。そうすると、本当に個人の小さなお店のものなんですね」
売りに来たのも、最近からなのかもしれない。
マリアはそう推測しつつも、教えてくれたレイモンドに礼を告げる。
「ありがとうございます、レイモンドさん」
「コーヒー、期待してるわ」
肩を笑いで揺らしながら、ジーンが追って言ってきた。座り直したグイードも、「よろしく」と言ったレイモンドも笑っている。
こいつらは、相変わらずだなぁ。
マリアは、ベルアーノの同情の眼差しを感じてそう思った。年下の女の子なのに大人げない……という言葉を、彼の方から覚えた。
レイモンドもグイードも、こちらのことを〝マリア〟だと思っている。年齢も身分もまるで違うメイドの女の子を、引っ張り込んでの勝負事というのも、オブライトとして知る限り不思議なところではあった。
基本的に、心許した友人以外にはしなかったような?
マリアはお金をポケットにしまい、首を捻る。もしこれが普通の女の子だとしたら、困らせて泣くからグイードだって許可しないだろう。
パシリというのは面白くない。
けれど考えてみれば、メイドという立場からすると負けて正解だった気もしてくる。
「つまりは適任、か」
思わず呟いた彼女は、大きく溜息をもらして踵を返した。
「はぁ、分かりました。それじゃあ、行ってきます」
後ろ手に、弱々しくひらひらと手を振る。その後ろ姿を見て、初めてアヴェインの顔色が変わったのも気付かなかった。
ジーンが、カラカラ笑いながら言ってくる。
「おー、頼んだぜ」
「いってらっしゃい」
「マリアちゃん、道中気をつけてな」
マリアは振り返らないまま、また溜息を吐いた。
「皆さん、声が笑っていますよ」
全く、と思いながら目を向けず答えた。
その仕草を、アヴェインが少し目を見開いたまま追う。気付いたベルアーノが、ふとそちらを見た。
※※※
マリアの姿が、部屋の外へと出て見えなくなる。
「陛下……?」
ジーン達が再び会話を始めたところで、ベルアーノがこそっと尋ねた。アヴェインは、珍しく視線を出入口に固定して動かないでいる。
何か、考えているのか。
しかし、それを普段から表情に出さないので、ベルアーノには計り知れない。
「騎士を呼べ。護衛役をこいつらに委ねて、暇をしているだろう」
「はぁ、近衛騎士を、ですか?」
ベルアーノは不思議に思いつつ、唐突な指示ながら両手を叩いた。
待機していた近衛騎士の一人が、速やかに入ってくる。気付いたジーン達が「なんだ?」と目で追った。
「お呼びでしょうか、陛下」
「おい。俺はな、無駄と時間のロスが嫌いだ」
「はい……?」
突然なんだろう、と近衛騎士は困惑顔をする。
「それは存じ上げておりますが……いかがされましたか?」
「急だが、今すぐ、クリスとリリーナ嬢をめいいっぱいめかし込んで、ここに連れてこい」
「は……?」
今すぐ、と強調された近衛騎士は、ますます分からないような顔をした。
見守っているジーン達も、ポカンとしている。
「へ、陛下? 一体何を」
ベルアーノが、戸惑い気味に口を開いた。
「連れてくる理由は――そうだな」
アヴェインが、ベルアーノを無視して顎を触って思案する。
「庭園への散策を提案して、あのダンスの講師に、息抜きがてらのマナー教育を指示しろ。その前に、こっちに立ち寄らせるんだ」
「はぁ……承知いたしました」
陛下の命令だ。ひとまず、息子と未来の娘の顔を見たいということなのかなと感じたこの絵騎士は、急な変更を教育係に伝えるべく向かった。




