四十九章 陛下も参加の休憩(3)
当時と違って、城の事情を分からないのでマリアは想像する。
するとアヴェインが、カップを置いてベルアーノを見た。
「ベルアーノも、いつまで突っ立っているつもりだ? 休憩なんだ、楽にしろ」
そう言われたものの、ベルアーノは腹あたりの服を皺にしていた。
「……このあとの時間を短縮したスジュールを考えると、胃が……」
「移動時間をどうにかすればいい」
「走るのは無しですからね!? ほいほい抜け道を行くのも、できればお控えくださいませっ」
王宮の隠し通路の中でも、厳重に秘密にされているところもある。
昔も、魔法のように彼が登場して会議室が騒然となったことがあったのだが――そのへんも、今も相変わらずのようだ。
けれど完璧なまでに計算して考えているのが、アヴェインだ。気は抜けない。
マリアは、横目に密かに眺めつつクッキーをごっくんと飲み込んだ。
ベルアーノが、近くにある椅子に重々しく腰を落ち着けた。そして溜息交じりに、詰めたスケジュールをアヴェインに説明して言い聞かせ出す。
しかし、間もなくアヴェインが「はぁ」と肘当てで頬杖をついた。
「お前の説明は、かたすぎていけないな。クソ面白くない」
「陛下、どうかくれぐれも、ここを出たら『クソ』などと使わないようにッ」
「あ~、分かってるって」
手を振るアヴェインの顔には、適当に聞き流そう、という感情が見て取れた。それくらいに面倒になったらしい。
その時、レイモンドが顔を上げた。
「よしっ、焼きチーズのケーキ、買いに行く!」
ようやく結論が出たらしい。
一体この時間まで何をしていたのか?
マリアが呆れた目を向けると、菓子をポリポリポリ咀嚼し続けていたジーンとグイードも声を揃える。
「ようやく?」
「相棒、お前なんに悩んでいたんだ?」
慣れたものではあるが、グイードも心底不思議そうだった。
「ここで出るのも、ちょっとなぁと思って」
「で? 『約束を果たそう!』てなったわけか?」
「いや、あわよくば、マリアにコーヒーを淹れてもらおうと考えた」
レイモンドが、引き続き考えつつグイードの問いに答えた。
この阿呆は、今、なんと言った?
マリアは、は、と固まった。約束よりも、自分がコーヒーを飲みたいからそう考えたのか。
「いやいやいや、私、無理やり招待された側ですよね? それなのに、なんでコーヒー淹れることになるんですかっ」
思わず指摘したら、グイードが「確かに名案だな」と顎に手をやる。
「ケーキついでにコーヒー一式、一緒に取りに行けるもんな」
「グイードさんまで……!」
そこでジーンが、紅茶で口の中の甘さを押し流し、ニヤリとして口を開いた。
「分かったぜ。つまりは『誰がパシりに行くのか決めよう』ってことだな?」
面白いことは基本的に歓迎の姿勢だ。
そのジーンと同じことを察したのか、グイードが掌に拳の横を落とす。
「なるほどな! それはそれで面白そうだ。それで? ここはやっぱり、ジャンケン勝負か?」
「一回勝負だ。負けた方が、お使いに行く」
うんと頷いて、レイモンドが答えた。
「ははは、俺も乗った! 派手に動くと、護衛している騎士共が飛び出してくるからなー」
ジーンがカラカラ笑いながら、レイモンドの案に賛成した。
昔からそうだった。国王陛下の友人だからと言って、王のための使用人を個人的に使う、ということをしない。
今、ここは完全にプライベート空間だ。肩書きも関係ない。
ティーカップを両手で持った宰相ベルアーノが、見慣れた光景に「はぁ」と溜息を一つ。
「お前らがやることは、いつもよく分からん。それくらい誰かを呼んでさせればいいのに……言っておくが、私は傍観者だからなっ」
「分かってるって。ベルアーノは座ってていいぜ」
「お前……発案者はレイモンドなのに」
ベルアーノが、口角を引きつらせる。私に優しくしているなんて絶対にあり得ない部下だと呟く。
続いて目を向けられたレイモンドが、にこやかに口を開く。
「そのつもりだから、大丈夫だ」
大丈夫じゃないだろう。私を参加させる気満々じゃないかっ。
マリアは、勝手に進んでいく話を前に思った。だが、「メイドだし」「どうしよう」と考えている間に、口を挟むタイミングを逃していた。
アヴェインが焼き菓子をつまみつつ、肘宛てに楽に腕を置いてニヤッとした。
「いいぞ、俺はこの恰好じゃ出歩けないから傍観だが、楽しくなるなら賛成だ」
「陛下、あなた様がお使いになど出掛けられたら、みな卒倒してしまいます! それに変装して抜け出すのはおやめくださいと私、何度もおっしゃっていますのに――」
ベルアーノが、たまった胃痛でたまらず小言を挟んだ。
だが、アヴェインはさらっと聞き流す。
「俺も、その町のケーキとやらを食べてみたい」
「頼んでみなかったのか?」
ジーンが、菓子屑の付いた手を、用意されていた濡れ布巾で拭いながら声を投げた。
「『知っているか?』と話を振ったら、困った顔をされた。だからレイモンドにチェスで賭けたんだ」
表情を見て、すぐ〝やめた〟のだろう。
アヴェインは完璧だ。その判断も、かなりはやい。
マリアが、そう思い返してますます緊張した時だった。レイモンドが「よし!」と言って、膝を叩いた。
「ジャンケン大会をしよう! 負けた方が、ケーキを買ってコーヒーセットを取ってくる」
すると、ジーンがカラッとした笑顔を浮かべた。
「イイね! 俺、負ける気はしないな~」
「勝負ってのは、いつも勝たなきゃつまらねぇらな」
グイードが、唇を舐めて軍服の袖をまくる仕草をする。
もう皆やる気満々だった。マリアは、一回勝負のルールを言い合う三人を前に、ギリィッとした。
くそっ。こいつら、完全にメイドの立場無視してやがる……!
こちらはアヴェインが同席して緊張しているというのに、なんて自由な友人共だろうか。
「大丈夫だって、今だって平気だろ?」
気付いたジーンが、言葉を考えつつ口元に苦笑を浮かべる。
「そうだけど……」
「ほら、俺も〝気を付けてる〟」
ジーンが、自分の口を指差しながら言った。それは、バレてしまうような『親友』呼びだってしていない、と言いたいのだろう。
確かに、アヴェインの方は、マリアを『アーバンド侯爵家の戦闘メイドで、四番目の息子の婚約者の専属メイド』と認識している。
先日の、グイードとの休憩でも普通だった。
つまり彼の判断は、とうにその認識で固定されている。再考というのも、滅多にない。
「私、ジャンケンは苦手なんですけどね……」
ふぅ、とマリアは肩の力を抜いた。
プライベートでは、素直な性格が出るゆえだった。オブライトだった頃から、ジャンケンの勝ち負けがやってみないと分からないのは変わらない。
なので、勝つと嬉しいのも確かだった。