四十九章 陛下も参加の休憩(2)
だろうと思ったよ。
なんでよりによって誘うのか? そう思ってマリアが軽く睨み付けると、ジーンが目を泳がせる。
「だってさ、忙しくて、親友との時間が取れなかったし……」
ごにょごにょと彼が答えてきた。
仕事しろよ。
そう思わず心の中で文句を返した直後、マリアは「ああ、いや、そうか」と痛い頭に手をやって頭を振った。
仕事をしているからこそ、ジーンは息抜きをしたかったのか。彼は大臣としての仕事だけでなく、臨時班の頭としても何やら動いているらしいことをマリアは知っていた。
まぁ、仕方ない。それなら付き合うか。
そう思いながら、ゆとりをもって円陣を組むような椅子の一つに腰かける。
円形テーブルには、上品なティーセットが広がっていた。糖分でどうにかしようと思って、クッキーを一つ口に放り込んだ。
「レイモンドさんが、そこは『ちょっとな』とか、止めてくれたら良かったな、とかは思いますけどね」
もくぐもぐしながら、マリアはわざと聞こえるような独り言をした。
ぎくっ、と正直者レイモンドの肩がはねる。
「うっ。その、ごめん……全然違和感なくって」
んなわけないだろ阿呆。
マリアは、ちょっと抜けたところがある友人を横目に睨んだ。メイドと彼らの構図については、以前からずっと思っていた。
すると、着席を見届けてから座ったグイードが、ティーカップを持ち上げつつ彼女の方を見て教える。
「というかさ、レイモンドも『マリアは?』って言ってたぞ」
「は」
「普通に言ってたな。つまり俺とグイードだけじゃなくて、レイモンドも発案者の一人と言える」
うんうんと、ジーンも自分一人親友に睨まれたくない気持ちで、グイードに便乗してそう述べた。
つまり、テメェも発端じゃねぇかよ。
おいコラ、阿呆。どういうことだよ。そう思いながら向けられたマリアの目は、ますますマイナスを帯びていた。
レイモンドが小さくなる。
「今の『は』の時、なんかむちゃくちゃ殺気を覚えた……」
確かに、とジーンとグイードが頷きで同意を示す。だが『自分の方では怒らせたくない』という方向なのか、静かに黙っていた。
恐らく、来るのを見てつい先程淹れられたのだろう。ホッとする紅茶を口にしたところで、マリアはまだ到着していないこの部屋の主を思った。
「それで? グイードさん達の休憩に、なんでまた陛下まで加わることになったんですか」
一番、頭が痛いのはそこだ。
国王陛下まで加わるという休憩に、メイドが参加するのもどうなのだろう。
マリアは、巻き込んでくれやがってとジーンを見る。彼が露骨に目をそらした。下手くそな鼻歌をされて、イラッとする。
「えーっとマリアちゃん、ジーンは悪くない。うん」
「どういうことですか」
「そもそもアヴェインにはさ、『近々やるのか?』と訊かれていたんだよ」
グイードが、手を振ってそう言ってきた。
「陛下に?」
「そう。最近はなかったから、そういえばそうだなって思っていたところに、ジーンに言われてピンときたわけ」
アヴェインの方も、最近は忙しかったのだろう。
マリアは、そう思いながら腕を組んで、小首を傾げる。
「つまり、それもあってグイードさんはレイモンドさんも誘い、ジーンがその休憩に合わせて時間を空けた、というわけですか」
「よく分かったな。まさにその通り!」
グイードが大正解と笑顔を浮かべるが、マリアの表情は晴れない。
だって多忙な大臣が、そうほいほい前もって休憩時間を入れられている、とは思えない。恐らくは、急な休憩時間を〝無理やりもぎとった〟に違いない。
マリアは、以前『大臣様仕事して!』と大人泣きしていた者達を思い出した。実に胃が痛い。すまんな……と元隊長としては思ったりもしてしまう。
すると、その悩み込んだ表情をなんと取ったのか、グイードが言ってくる。
「大丈夫だって。陛下は優しいし。ほら、この前も俺と一緒にコーヒー飲んだじゃん。平気へいき」
思えば、あの時も原因はお前だったな。
マリアは、ぐぅと目頭を押さえた、
「……イレギュラーですよ」
考えた末、そう溜息交じりに言葉を返した。
その時、向こうで護衛騎士が動く気配がした。
到着したらしい。察して待っていると、案の定、案内する近衛騎士組みの後ろから、男性使用人と共にアヴェインとベルアーノが入室してきた。
アヴェインが、大窓の方にあった長椅子に、ドカリと腰を下ろす。
使用人が手早く二名分の紅茶を用意し、そこにあった別の小さなサイドテーブルに置く。そばに立ったベルアーノが、服の上から胃のあたりを押さえた。
「胃が、痛い……」
脂汗の浮かんだ顔を見るに、かなりキリキリしている様子だ。
突然の休憩に参加させるとあって、スケジュールでも苦労したのだろうか。
その光景がありありと浮かんで、マリアは苦労症の宰相を思った。その間にも使用人達が退出し、見届けた騎士も礼を取ってから出て行った。
と、ティーカップを口から離し、ふとアヴェインの金緑の目がマリア達を見る。
「なんだ、始まったばかりか? 菓子も全然手を付けてないじゃないか。そこのメイドも、楽にしていいぞ」
彼が、白い手をひらひら振って促す。
すでに成人をした息子を持っていると思えない、年齢不詳の美貌をした国王陛下だ。何度見ても宝石みたいに見える美しい瞳に、さらりと金髪がかかっている。
いや、楽にしろと言われても……。
マリアは困った。遠慮をして食べていない、とでも思われているようだ。
アヴェインがこうやって普通にしているのも、第四王子クリストファーの婚約者の、アーバンド侯爵家の戦闘メイドと知っているところもあるのかもしれない。
だが、やはり自分の存在は、かなり浮くと思うのだ。
退出していった人達も、実のところ腹の底で戸惑っていたのではないだろうか?
そんなことも想像したのだが、気になって目で追いかけた時には、彼らの姿はすでにいなくなってしまっていたのだ。
「ま、始まったばかりっての確かだ。俺とマリアちゃんが到着したのが、つい今しがただよ」
「そうだったのか。お前のことだから、とうに着いているかと思っていた」
「一番についたのは、俺」
そばから、ジーンが自分の笑顔を指差す。アヴェインが「なるほど」と再びティーカップに口を付ける。
グイードが、マリアの方へ菓子が盛られた三段重ねのものを、一つ寄せた。
「ほら、好きなの食べな」
「はぁ。それではクッキーをいただきます……」
彼も同じく遠慮されているのを感じ取ったらしい。なのでマリアは、ひとまず目に留まった一番近いそれを手に取った。
「もしかしてケーキの方が良かったか? すまん、うっかりしてた。女の子、そういうの好きだもんな」
「いえ、私は基本的になんでも好きですよ」
そうマリアが苦笑して答えた時だった。
アヴェインが「ん?」と顔を上げる。
「ケーキといえば。レイモンド、この前チェスで負けた時のケーキはどうした? あれは次回か?」
「あ」
アヴェインに問われたレイモンドが、表情に『うっかり』と出した。
現在も、暇があれば会ってチェスの相手をしているらしい。ジーンは互角だが、レイモンドはほとんど負けている。
「うわー……忘れてた」
「城に売りに来る個人売りのやつだろ? この時間くらいから来るし、今行けば、完売せずに済むって」
ジーンが落ち着けよとそう述べると、レイモンドが「確かに」と考える。
公共区や貴族サロンもあるので、町からたびたび「紅茶のお供にどうですか」と売りにくる者達がいる。
ここに出入りしているのは、貴族が多い。売れるのはほとんどが有名店だ。その中で完売するということは、かなり人気の個人店なのだろうか?