四十七章 王宮×進行×想定外(4)
「なんでそうなるんですか」
「上の空が、たびたびあったものですから。体調不良ではないようでしたので、恐らく個人的な考え事かな、と推測したまでです」
相変わらず、よく見て、そして考えてもいる人だ。敵わないなと思って、マリアは自分がよく知る金緑色の瞳から目をそらした。
「まぁ、ルクシア様もびっくりしていましたもんね……」
お見合いがあった翌日、アーシュに話を聞かされたルクシアも困惑状態で待っていた。お見合い会をしたのだと述べたら、やっぱりそれも不思議がった。
よほどいい家人なのかと、二人には認識されたようだった。
「いえ。確かに突然のことで驚きはありましたが……。まぁ、ありなのかもしれないな、とも思いました」
ルクシア、そう述べて小さく息を吐いた。
なぜそう思うのか。相手は立派な公爵で、銀色騎士団総隊長だ。対するマリアは、たった十六歳の、しかもよく年下にも見られるメイドである。
「ルクシア様、相手はあのロイド様ですよ?」
「身分や年齢など、恋愛に関して言えば関係ないところもあるかと」
そんな大人びた回答が返ってきた。
それに対して、アーシュの方は戸惑いが続いているらしい。気付いたマリアが目を向けてみると、彼は距離感を取っていた。
「……アーシュ、それは何を主張しての距離なの?」
「頼むから、それに俺を巻き込むんじゃないぞ。もうあんなのは勘弁だ」
「ひどい」
こっちのせいじゃないのに……。
そうマリアが思った時だった。突然、力いっぱい扉が開け放たれて、ルクシアがびくっとして椅子を鳴らした。
「メイドのマリアさん! いえっ、第二の師匠! 考えても考えても時間ばかりが過ぎ、思い立ち行動を起こすことにして訪ねました! ぜひともご相談に乗って頂きたい!」
そこにたいのは、筋肉ムキムキの騎馬隊のバレッド将軍だった。思い立って即、身体を動かしてきたようだ。
だから、師匠ってなんだ。やめろ。
マリアは、一気にげんなりとしてしまった。考えていたのなら、相談のタイミングの方を先に検討するとかは思い付かなかったのだろうか。
毎日数回、彼らが護衛で張っている道中を行き来しているのに……。
「マリア、速やかに行って来い」
アーシュが手まで動かして言ってきた。声も出ないでいるルクシアを気遣ったのか。距離感は僅かに縮まったものの、まだまだ苦手意識もあった。
だが、そこにはアーシュの個人的な感情も含まれていると、マリアは先程の会話から見抜いてもいた。
「巻き込まれたくない感満載で言わないでくれる?」
「お前の場合、色々引き起こすうえ、引き寄せるんだよ」
そんなトラブルメーカーみたいな存在になって覚えはないぞ。
マリアは鼻白んだ。
本当はライラック博士の話もしたかったし、思うところも多々あった。
だが、マリアは渋々引き受けることにして、ひとまず入り口に大きな身体を詰め込んでいたバレッド将軍を、外へと押し出した。
「それで? 一体なんです?」
扉を閉めたところで、溜息交じりに尋ねた。
「うむ。実はな、私はずっと考えていたのだ」
真剣に考えていたんだと言わんばかりに、バレッド将軍は太い腕を組み、うんうんう頷きながら言ってきた。
もう、その切り出しからして嫌な予感がかすめた。
というのも、彼がマリアの知る〝筋肉馬鹿〟に似ているせいかもしれない。一つのことを考えていると、構わず筋肉ムキムキの身体で突進してくるのだ。
「この前、やたら美人な近衛騎士が来ていたであろう。近衛第三の副隊長の」
「やたら美人……? ああ、もしかしてアルバート様のことですか? 彼は第三宮廷近衛騎士隊の副隊長さんですが、それがどうかしましたか?」
確認した途端、バレッド将軍の目がぱっと輝く。
「やはりマリアさんの知り合いであったか! 運ばれている途中で目が覚めたのだが、『マリアに迷惑をかけないでね』と笑顔で親切に言われたのだ」
「……そう、ですか」
たぶん、それ、単純に笑顔で脅しかけられただけだと思う。
彼もまたヴァンレットや、そして過去にいた『筋肉馬鹿』と同じくして、そういうところが全く伝わらないよう男なのだろうか。
「一瞬のことで記憶も短いのだが、あの細腕で、我が身体を持ち上げてしまうとは驚いた!」
バレッド将軍が、わはははと笑って明るい声で言った。
「そう朗らかな声で言うことではないと思います。あなた、正確に言うと、動脈ピンポイントで首を掴まれて持ち上げられてましたからね」
思わずマリアは告げたが、バレッド将軍はそんなことも聞いていない様子だった。次の瞬間には、肩をガシリと掴まれて真顔になる。
「どんな鍛え方をしているのか、ぜひ知りたいと思っていたのだ! マリアさん、アルバート殿を紹介していただけないだろうか?」
どうやら、今の筋トレに物足りなさを覚えたらしい。
マリアは、瞬時にそう察しがついた。オブライトだった頃にいた筋肉馬鹿も、そうだったからだ。
紹介なんて、できるはずがない。
へたをすると、アルバートが首を捻っている間にも始末していそうだ。
だが、このまま一言『無理です』とは応えられない。マリアが何もしなかったら、この筋肉馬鹿は高確率でアルバートのもとに突撃するだろう。
――めんどくせぇっ!
正直、そんなことでわざわざ突撃してくるなよと思った。
でも、アルバートもじょじょに忙しくなり始めている。手間はかけさせられないし、バレッド将軍が彼のもとに向かうのは、絶対に諦めさせなければならない。
「バ……バレッド将軍! 別の案でっ、他の方法を何か考えましょう!」
ハッと我に返って、マリアはそう力強く切り出した。
筋肉ムキムキの大男、バレッド将軍が、将軍位が記された騎馬隊のマントを揺らしながら首を傾げる。
「なぜだ?」
「アルバート様は、あの通り細身です! バレッド将軍の理想とするムキムキには、影響しないかとっ」
「むぅ。しかし、あの力はかなりの――」
「とにかくだめですっ、チェンジで!」
マリアは、アルバートから気をそらそうと必死になった。腕で大きくバツ印を作る彼女を、バレッド将軍が未練ありありで見下ろす。
「たとえば、他に訊いてみたい人はいないんですか!?」
「尋ねるのか?」
「そうです! アドバイスをもらうんですよ。その方が、自分との違いも比べられるし勉強になるかと思います!」
マリアが追って説得すると、ふうむとバレッド将軍が顎を撫でる。
「突然言われても、すぐには浮かばないな。そうだ、マリアさんの知り合いだと、誰がいるのだ?」
「えっ」
マリアも全く考えていなかった。ようやくバレッド将軍が、アルバートから気がそれてくれたのだ。必死に言葉を紡ごうと考える。
「あーっと、その……えぇと、たとえば……そう! 各部隊の訓練場を回ったり、教えを願ったりたりしていろんな鍛錬をやってきた人もいますっ」
「何? そんな者がいるのか?」
バレッド将軍の目が、興味を抱いたように再び輝きを宿した。
やった、食い付いてくれた。マリアは、思わずグッと手を握ってしまった。よしよし、そのままアルバートから完全に離れてくれ。
「なんと真面目なことだ。好感を覚える。どんなお方なのだ?」
「もう『強くなりたい』だとか『かっこよくなりたい』だとか、新人時代からずっと言い続け、剣を教わりたいとポルペオ様やグイードさんにも付いて回っていた人です!」
マリアは、力強く言い放った。
「なんと! あのポルペオ師団長とグイード師団長に!?」
途端にバレッド将軍が歓喜した。マリアは、彼がやたらこの二人のことも尊敬していたのを、ふと今になって思い出した。
そのタイミングで、冷静になって思う。
あいつのこと、ここで出して良かったんだろうか――と思ったのも束の間だった。バレッド将軍が、とうとう聞きたかった答えを下してきた。
「アルバート殿ではなく、ぜひその者に話を聞きたい。その者の名は?」
「ルーカス・ダイアンです!」
気付いたらマリアは、反射的に力いっぱい叫んでいた。
ルーカスが立ち寄るところは分かっている。今日はもう時間が過ぎているので、後日紹介することになった。
「まさか王妃様専属の護衛騎士とはっ。さすがマリアさんだ!」
バレッド将軍は、ぶんぶん手を振って上機嫌に護衛場所に戻っていった。
マリアはそれを見送りながら、正直、ここでルーカスの名前を出して良かったのかどうか、今更になって考えていた。
こっちは求婚されて困っているというのに……。
くそぉ、なんでこんなことにとマリアは思った。