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四十七章 王宮×進行×想定外(3)

 目的の部屋の前に到着して、ようやくヴァンレットに下ろされる。


 話していて、ついつい担がれている異和感を忘れていた。


 彼が大男すぎて、マリアの小ささでは安定感があったからだ。ガスパーやアーバンド侯爵にも、よく担がれていたせいか。


「マリア、どうした?」

「……いや、なんでもない」


 運ばせてしまうとは……と思ってマリアは悩み込んだ。しかし、うーんと考えてすぐに思考は終わる。


 ヴァンレットが、得意気にずいっと頭を寄せていた。


 褒めてと言っているらしい。


 ほんと撫でられたがるのが好きな奴だ。そのもくろみもあって、ずっと運んでいたのか。けれどマリアは、結局断れず彼の芝生頭をわしわしと撫でた。


 廊下が人払いされていて、ほんと良かった。


 メイドが、王宮一のデカい近衛騎士隊長の頭を撫でている構図は、よそから見るととんでもなく浮くだろう。


 ――そう思った時、不意に声が聞こえた。


「お前は何をしているんだ」


 振り返ったマリアは、空色の目を小さく見開く。


「あ。ポルペオ様」

「とっとと入らんか、馬鹿者め」


 ふと、一瞬、先日のことが過ぎって緊張した。


 でもポルペオは、普通に顰め面で見下ろしているだけだ。ジロリと睨み付けが強くなって、慌てて反射的に謝った。


「すみません今すぐ入りま――」

「ヅラ師団長。おはようございます」


 ヴァンレットが、先輩である彼にきちんと挨拶した。


 でも状況を読み間違えている。呼び方もアウトだ。ポルペオの顔に青筋が立つのが見えて即、マリアは慌てて腕を引っ張った。


「さっ、ヴァンレット行くぞ!」


 ノックするのも忘れて扉を開け放った。後ろから、ポルペオが身分違いの説教の一つも言ってこないことに異和感を抱けなかった。


 扉を開けた瞬間、執務机にいるロイドと目が合ったからだ。


 その姿が目に飛び込んできた途端、マリアは現実を思い出して意気込みも縮んだ。


「おい。開ける時はノックくらいしろ」

「す、すすすみません……」


 すぅっと彼の目が細められて、冷や汗を覚えた。メイドにあるまじき失敗だ。ひとまずヴァンレットとポルペオまで入室させて、扉を閉める。


 総隊長の執務室には、レイモンドとグイードの姿もあった。


 ジーンの姿はない。とすると彼は、ヴァンレットと同じく先の話し合いには出席していたメンバーなのか。


 大臣という忙しい立場なので、それ以上には抜けられないだろう。


「まだまだ情報は集まっていないが、各方面、少し物騒になるかもしれないことを念のため想定しておけ」


 心得ていて欲しい、という風にロイドが切り出した。


 各方面?


 マリアは心の中で呟いて首を捻った。どうしてか、グイードとレイモンドが真面目な顔で「分かった」と即答していた。


「モルツにも伝えてあるよな?」

「当然だ」


 グイードが確認すると、ロイドが誰に物を言っていると鼻息をもらす。


 レイモンドが腕を抱えて、考えるように視線を上げた。


「まだ、どこから来られるかも分かっていない、ということか……」

「なかなか賢い動きをしているようでな。防衛線を無視して、直に『頭』を狙ってくる可能性を俺は見越した」

「マジかよ。そっちに気付くのも、なかなかないだろ」

「今のところは可能性の一つだ。だが、あの動きには覚えがある――後ろにデカい何かがある場合の、それだ」


 ロイドが思案気に口にした。指先で机を叩きながら目を落とした彼は、これまで行ってきた任務から何かを嗅ぎ取って考え込んでいるようだ。


 それを見ていたポルペオが、太い黒縁眼鏡の奥にある黄金色の目を眇めた。


「こちらの今の〝徹底した守り〟を分かっているとなると、いくつかの国が浮かぶがな。以前、確か派手に動いたのはモルツだ」

「お前が言いたいことは分かってる。名前があがっている可能性を考えて、気を付けるようにとは言ってある」


 一体なんの話をしているのだろうか。


 戦場で指揮をとっていた時のように、それぞれが何かしら役割を担っているようだ。しかし、オブライトだった当時にはなかったものだから、よくは分からない。


 そばに呑気に立っているヴァンレットの隣で、マリアは、完全な仕事モードのロイドを前にもやもやした。


 先日、本命として見合いに来た彼。諦めないとか言っていたけど……どう思っているんだろう?


「今のところ、起こり始めていると分かっていることは、一つだ」


 その時、改めて切り出したロイドの声色が変わって、不意にマリアは友人達と共に気が引き締まった。


 見つめ返すと、ロイドがしっかりと告げてくる。


「マフィア同士の、潰し合いだ」


 それが、王都で起こっているらしい。


 マリアは先程、貴族達が話していたのを思い出した。内部の下剋上、抗争……それが少しずつ始まっているということだろうか。


 グループが潰れた、という話は聞いていない。


 ボスが変わったという話からすると、内側から派閥や勢力関係の変化がありつつある、のか。


「だが、それは向こうにとっての本来の目的ではないだろう。俺は、これからの何かが動き出そうとしている気配である、と憶測している」

「介入されている、と?」


 その何者か達が、動きやすいように。


 グイードが、珍しく真剣な目で確認した。ロイドは静かに首を左右に振る。


「今のところは、なんとも言えん。――俺がまず知りたいのは、狙いだ」

「陛下か、その周りか。それとも、今の体制を崩しにかかるか、か」


 腕を組んだポルペオが、同意の声で言った。


「王都とその近郊の方が騒がしいとすると、狙いはこちらに向けられていると、事前に想定して警戒しておいた方がいいな」

「同時にいくつかのことが発生して、目をそらされる可能性もあるからな」

「目が行き届くよう、俺の方から王宮外の方には連絡を取っておく」


 レイモンドが、先輩の軍人らしい雰囲気で述べた。ロイドが彼に目を向けて、「頼んだ」と短く答えた。


 マリアは、先程ロイドが、前もって『後ろに大きな何かが』と口にした意味が分かった気がした。


 もし何か起こる場合は、そちらにだけ気を取られず迅速に動く。そして、いつでも動けるよう常に警戒はしておくこと。


 それが、今の自分達に求められている〝心構え〟なのだと察した。


「臨時班にも動いてもらう予定だ」


 ロイドの目がこちらに向いてきて、マリアは頷き返した。


 前回、臨時でメンバーが寄せ集められた。その時と違って、ジーンの臨時班を中心に行動が展開されるらしい。


「分かりました。そこに何人か入っていく感じですか?」

「動くタイミングで、動ける者に加わってもらう考えでいる。ここにいるメンバーが、その候補の筆頭だ。王都内のことだ、必要なら俺かモルツも動く」


 それだけ『いつもと違う』と気になって、警戒しているのだろう。


 これだけ用心している。そして先程のロイドの『覚えがある動き』から推測すると、進行中のガーウィン卿やタンジー大国とのかかわりも視野に入れているのか。


 そこで短い話は終了となった。


             ※※※


 それから数時間後。


 正午休憩で昼食も終えて、マリアは一旦ルクシアとアーシュと薬学研究棟に戻ってきた。


 研究私室でコーヒーを淹れたのち、数時間前のことをまたしてもぼんやりと思い返してしまう。


 再会するまで色々と考えていた。ロイドと顔を合わせて、普段通りなのを見て安心したものの、結局もやもやは解決しなかった気がする。


 仕事には真面目だ。そこを悪くも言えない。


 まるでお見合いなんてなかったみたいだ。どうするつもりなんだろうなと思いつつ、マリアも張っていた緊張が抜けた。


「午前中は、ライラック博士もいましたし、バタバタしていて聞きそびれてしまいましたが。また、何かしら話しでもあったのですか?」

「いえ、大きなことは、とくに」


 ルクシアが尋ねてきたので、マリアは『現状報告会みたいなものです』と伝えるように小さく首を横に振って答えた。


 彼が、考えるように間を置いた。曲げた白衣の袖口から出ている手で、大きな眼鏡を掛け直した。


「じゃあ、例の総隊長のことですかね」


 そんなルクシアの声が聞こえて、コーヒーが詰まりそうになった。

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