表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
335/399

四十七章 王宮×進行×想定外(2)

 それから数日は、通常仕事に追われて過ぎていった。


 マリアのメイド衣装も、その間に長袖へと変わっていた。スカートの白い中地も、秋向け用の温かさを逃がしにくい素材になった。


 本日も城の中はいつも通りだ。


 仕事へと向かう貴族達は、相変わらず噂好きの談笑をかわしている。どこかの貴族に縁談があっただの、見合いがあっただのというのは日々、珍しくないことだ。


 ――だが、自分もその立場になってようやく実感した。


「大変なんだなぁ……」


 マリアは溜息がこぼれる。

 そもそもメイドなのに、お見合いされるのがおかしいのだけれど。


 アーバンド侯爵家では、確かにそれは行われていた。みんなが家族の一員で、希望があれば席を設けた。


 でも、まさか、いきなり席を設けられる事態になろうとは思ってもいなかった。


「躊躇なく求婚するとか、普通するか?」


 おげで溜息は止まらないし、頭痛は続いている。


 一対一の見合いではなかった。口外されていないので、噂にものぼっていないのは幸いだろうか。


 お見合いの後日、登城した際、走って擦れ違っていったジーンに『どんまい』と言葉をかけられた。どんまいどころじゃない、とマリアは返したかった。


 あれから音沙汰はないのだが、一体ロイドはどう考えているのか。


 その時、不意に耳で拾った言葉へ気を取られた。


「銃殺騒ぎがあったらしいな」

「なんでも、マフィアのチーム内で争いがあったみたいだ」

「一般市民が巻き込まれなくて良かったな」

「それでボスが変わったとか。怖いなぁ」


 マフィア……?


 マリアは頭の大きなリボンを揺らして、ふっと空色の目を向けてしまった。内部争いはたまに耳にしたが、少ない。


 二日前、確か新聞で小さなチーム同士の揉め事があったと見たばかりだ。


 そう考える足は止まり、貴族らしい高官の男達を見送っていた。行き交う人々の中を、ずんずん向かってくる大男の存在に気付くのに少し遅れた。


「うわっ」


 唐突に視界がぐんっと高くなって、マリアは驚いた。パッと視線を移動させた途端、子供みたいな目と合う。


「マリア、おはよう。立ち止まってどうしたんだ?」


 それはヴァンレットだった。彼はそのまま進路を変更して、マリアが向かおうとしていた薬学研究棟がある方角とは、別の廊下へと進んでいく。


 一体こちらの了承もなく、当たり前みたいにどこへ運んで行こうとしているんだ。


 呆気に取られたマリアは、ハッと気付く。


「あっ、さっき殿下の私室にいないと思ったら……!」


 察して口にした瞬間、ヴァンレットが「うむ」と意気揚々と頷いた。


「ロイドから呼ばれて、行ってた」


 お前、あいつは〝総隊長〟だからな。


 マリアは、色々と指摘してやりたくなった。だが、時間が圧倒的に足りない。


 朝、第四王子の護衛から少し抜けていた彼は、恐らく呼び出しを受けて、話し合いか何かに参加していたのだろう。


 そして、参加できなかった面々が呼ばれてる、と。


 つまりマリア達向きの、臨時案件の何かが浮上している。急ぎ共有したいことがあって、迎えにいって来いとヴァンレットは指示を受けたのか。


「何がどうなっているの?」

「気を付けるように、という話」


 マリアは呑気に思い返す彼の、その緊張感の欠片もない横顔に全てを諦めた。これは、直接聞いた方が早い。


 とはいえ、ロイドは顔を合わせるのは見合い以来だ。


 なんだか気まずさがある。彼は本日に話されていることの関連で、忙しかったんだろうとは推測された。


「時間はかからないと言っていた」


 ヴァンレットが追って教えてきた。


 こちらの沈黙を、仕事のスケジュールを考えてのことだと思われたようだ。ひとまずマリアは理解したところで、ふぅと細く吐息を吐き出した。


「ヴァンレット、私、自分で歩けるわよ」

「腹痛で立ち止まっていたんじゃないのか?」

「あえて断言するけど、違うわよ」


 廊下を行き交う人々の注目が、「えっ」と二割増しになったのを感じた。乙女としての立場を守ろうと思って、即、訂正する。


 急ぎなら、ヴァンレットが歩いた方が速い。


 てっきりそれで運んでいるのかと思っていたのに、とんだ勘違いだったらしい。


「俺が手を振っても気付かなかったから」

「え。ああ、それは、ごめん」


 気がそれていると、つい、声も耳に入らなくなることがある。無視した形になったのは、悪かったなとマリアは思った。


 近くにあるヴァンレットの顔を見てみると、さっきよりなんだか楽しそうだった。


 少し心配してもいたらしい。それなら肩に担ぎ上げるんじゃなくて、相手が女の子なら他にやり方も……とは続けられなかった。


 ふとマリアは、急きょ呼ばれている面々について考える。


「追加で呼ばれているとすると、レイモンドさんやグイードさんも?」

「うむ。よく分かったな」


 直接任される臨時の案件の時には、いつも友人メンバーだったから。


 マリアは、声に出してそう答えることはできなかった。つい黙り込んで見つめてしまっていると、こちらの目をヴァンレットがじっと見る。


「マリアの目は、青空の色だな」

「は?」


 唐突の感想で、ぽかんとした。


 もうマリアとして何度も顔を合わせてきた。それなのに、今更どうした?と思って首を傾げる。


 うむ、とヴァンレットが笑ったような顔を前に戻した。


「俺は、昔、青空が好きだったんだ」


 初めて聞く話だ。


 どの天気も好きだと言っていたのを覚えている。晴れていると気持ちがいい、雨が降っていると雨音や水が楽しいと言って、笑っていた。


 彼は、本当に子供みたいな男だったのだ。


 黒騎士部隊に入隊してきた時、ただの親切や気遣いも大袈裟に喜んだ。そして、いつも最年少組の先輩ニールと、兄弟みたいにはしゃいでいた。


 そう思い返したマリアは、遅れて相槌を打った。


「そうなのね。私も、晴れた空は好きよ」

「でもそのあと、見ると『痛くなった』のが青空だった」

「痛くなった?」

「うん。痛くて、痛くて見られなかった」


 ヴァンレットの言葉は、純心無垢な子供のように時々感覚的で分かりづらい時がある。


 疲労で目が痛くなったりした、というやつか?


 マリアは自分なりに推測してみた。けれど、歩く方向を見ているヴァンレットの目が、当時を思い返してらしくない空気を漂わせていた。


 それが、なんだかマリアは苦しくなった。


「今も、痛くなったりする?」


 ちょっと心配になって尋ねた。


 ひょいと覗き込んできたマリアの顔へ、気付いたヴァンレットが目を動かせた。どこか子供みたいなその瞳に、彼女の姿を映した途端に笑みが浮かんだ。


「いいや。今は、不思議だけど全然痛くない」

「そっか。なら、よし」


 マリアが相槌を打つと、ヴァンレットは嬉しそうに笑った。


「そういえば、初めて見た時、マリアの目が本物の青空みたいで、驚いたのを思い出した」

「えっ、初めて合った日のことを覚えているの?」

「うむ。当たり前だろう?」


 いや、お前の記憶力って、仕事以外だとほんとにあやしくて……。


 マリアは、うーんと考えた。ヴァンレットがこちらを見ているので、それなら期待に応えて自分も答え返そうと思った。


「私は――まぁ、馬車から緑の芝生頭が出てきたワンシーンが、印象的に残っているわね」


 生まれ変わってから、初めて再会したのがヴァンレットだった。あの時の驚きっぷりは、よく覚えている。


 ヴァンレットが、自分の頭に手をやった。


「そうか。芝生色で良かった」


 それから、彼はやっぱり嬉しそうに笑ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ