四十七章 王宮×進行×想定外(1)
――その後日。
朝、騎馬総帥の部屋で、仕事前に相棒同士が情報共有と交換がてら、ティータイムを過ごしていた。
「え……お見合い?」
「そう」
グイードの一言に、レイモンドは眩暈を覚えた。
一体なんの気の間違いなんだろう。ロイドが周りを巻き込むのは日常茶飯事だし、何か仕事的な思惑あっての偽装なのかどうか……と彼は本気で考えた。
「巻き込まれたのは俺で、見合いはあいつの個人的なことだよ」
グイードが、ティーカップに溜息を落としながらそう補足してきた。
「人の心を読むなよ――つか、マジか」
「マジ。ほんと、めちゃくちゃ大変だった」
深々とまた溜息をもらしたグイードが、思い返しながら続ける。
「ルーカスは半泣きだし、アーシュ・ファイマーは怯えまくってたし。ヴァンレットは控え室で『結婚しませんか?』てメイドに言うし、ロイドはそれを全部俺に押し付けるし。モルツはとある眼鏡のメイドさんにいたく毛嫌いされていて、控え室で見張り続けられていた」
「カオスじゃねぇかよ」
当時の現場を想像して、レイモンドはゾッとした。
「まっ、公にはしないらしいし、俺は助かったけど」
「いや、そんなふざけた人選メンバー、さすがに公にできないだろ……」
巻き込まれなくて良かった、とレイモンドはマリアに詫びながらも心底思った。
※※※
――殺すことに、躊躇を覚えたことはあるか?
ない。
――罪悪感に苛まれたことは?
ない。
――どうして簡単に殺せるのか?
どうして簡単に殺してはいけない?
他者の前に立つと、まずはなん通りの方法で殺せるのか考える。
スマートに無駄なく、相手が警戒する間もなく与える死は、殺されるという恐怖を覚えることもない絶命で。
僕はそれを、とても優しい殺し方だと思う。
場と状況に応じて、相応しい死を与えるのが暗黙のルール。
愚者には苦痛を、裏切りには絶望を。そして制裁では――地獄を見せる。
僕が一番目に愛した女性は、母親だった。
二番目に愛したのは、数年後にようやくできた可愛い妹で、僕は兄として、彼女をあらゆることから守ろうと決めた。
そして、僕は一人の男として、ある女の子に恋をした。
いつ好きになったのかは、分からない。彼女は〝家族〟と一緒になって、僕のよく分からないことを言う。
「殺したら、だめ!」
どうして?
呼吸をするように、意味もなく。
そう、僕は〝そこに理由を持っていない〟。物心ついた頃には殺ししていた。僕にとって殺人とは、〝なんら意味がない〟ことでもあった。
だから、僕は「殺してはいけない」を理解するのが、すごく難しい。
でも愛しい妹リリーナと同じく、そして家族達以上に、表世界の輝きを持ったマリアを、あらゆる全ての影からも「守りたい」と思ったんだ。
あの雨の日、父が家に連れて帰ってきた。出迎えた皆の後ろから顔を出して見た僕は、わんわん泣き始めたことに少し驚いた。
一晩は、話しができなかった。
翌日になって、僕は初めてマリアと話すことになる。
はじめは、可愛い妹ができたと思っていた。
少年みたいに笑ったりする、不思議な女の子。いつだって騒がしくって、僕も家族達と同じく面倒をみるようになる。
気付いたら、リボンを贈っていた。
気付いたら、よく手を取って引っ張るようになっていた。
気付いたら、彼女の笑顔に幸せを感じている自分がいた。
そして、不意に気付く。
ああ、恋をしているんだな、て。
そこで僕は、少しだけ〝優しく〟なる。
それがどういうものかは分からないから、マシュー達の言葉を借りて、そう言ってみるけれど。
「優しい、の意味が完全に理解できたのなら、お前はその人と結婚するだろうね。とても幸せな結婚を」
暗殺貴族から条件のいい婚約者をとろうとした僕に、父はそう言った。だから、待ちなさい、と。
その意味を、僕はつかみかねた。
マリア。
彼女への愛おしいという気持ちは、共に過ごす時間を重ねるごとに増していった。
僕は彼女を、心から愛している。
きらきらと輝く太陽のように眩しくて、いつか、妹と同じように明るい世界へと旅立っていく彼女を、幸福であれと見送ろうと思った。
幼い頃、熱にうなされた彼女が「初めて家族になりたいと思ったんだ」と眠りながら泣く姿を見て、ああ、僕ではダメなのだと分かった。
アーバンド侯爵家はじまって以来の、最狂にして最凶の殺人狂、いつしか〝ダークホース〟と呼ばれるようになった、
――この僕、アルバート・アーバンドは、だから幼い頃の初めての恋に蓋をした。
でも、どうしてだろう。
最近はマシューが心配するような無理なんて、あまりしていないんだ。
どうしてか、今、足も軽い気がする。
何グループ、その何十人も僕がこれから手を下していいだなんて、これからあたる仕事が本当に楽しみだ。
「ならば、ご期待に応えましょう」
表も、裏も、重要人物達が集まった窓もない一室で、アルバートは足を運んできた陛下とアーバンド侯爵に向かって、恭しく礼を取った。