四十六章 マリアのお見合い騒動(7)
なるほどとフォレスが相槌を打った。
「つまり覚悟は決めている、ということですかな?」
「その通りです。花嫁修業があるというのなら、待ちます。そして教えられることがあるのなら、俺も、そしてファウスト公爵家の全てでもって支えます。あなた方が、安心して俺のところへ嫁がせられるように」
別世界のできごとのようにも感じていたが、マリアは次第に顔が熱くなってきた。
これは、自分の話をしているのだ。
今更になって、じわじわと込み上げてきた。一人の女の子扱い、が慣れなさ過ぎてどう反応していいのかも分からない。
「『関係がない』、ねぇ」
アーバンド侯爵が、考える素振りでロイドの言葉を口にした。腕を抱き寄せる彼の口元には、読めない笑みがあった。
「なら、ここは正直に訊こうか。君が態度で示してくれたように、私も腹を割って話そう」
「ぜひ」
真剣なことなのでと、ロイドは彼を見据える。
「ファウスト公爵、君は我がアーバンド侯爵家の秘密を知っている。そして、存在についても」
「そうですね。総隊長に就任する前から、一緒に仕事をさせて頂いていますから」
「そこで、だ。私は君に尋ねたい」
アーバンド侯爵が、笑顔で圧をかけて述べる。
「君がマリアに求婚したのは、家の繋がりではないのかな? もし、マリアが望んだとしたら、私は一人の可愛い娘として彼女の願いを叶え、少なからず君を助けることになるかもしれない――ファウスト公爵家にとって、悪い話ではないだろう」
確かに……とマリアも思った時だった。話を聞き終わった途端、ロイドかいつもの表情になって、顔の前で手を振った。
「正直、それはどうでもいいし、全くいらん」
真顔でスパッと答えきった。心の底からの答えだったのだろう。つい、彼は全く普段の口調になっている。
「おい」
マリアは、思わず一声上げてしまった。
アーバンド侯爵が、片手を上げて彼女を制した。
「ファウスト公爵、君の意見を聞こうじゃないか。うちの〝家族〟も聞きたがっている――理由があるのなら、ぜひ話し聞かせてくれ」
鷹揚と促されたロイドが、心からの考えを口にするかのように口を開く。
「あなた方が、家族を大事にしているのは知っている。だから、あなたがマリアを守ってくれるのなら、それでいい」
場が、しばし静まり返った。
マリアは、真摯な言葉に胸が小さく高鳴った。不思議な感覚と共に、困惑も増す。
ややあってアーバンド侯爵が、「ふっ」と笑みをもらした。
「他に、質問がある者はいるかね」
そう言ったかと思うと、マリア達の方を見渡した。真っ先にガスパーが手を上げる。
「旦那様、個人的に訊いてみたいことが少しあるんですが、いいですか?」
「いいよ」
にっこりとアーバンド侯爵が承知した。
「んじゃ、公爵様よ。個人的なことを数点お尋ねしたいんだが、確認してもいいかね?」
「俺に答えられる範囲なら、なんでも」
ぶっきらぼうなガスパーの問い掛けにも、ロイドは気を悪くした風でもなく答えた。戦闘使用人の中でも立場が高いのを、分かっているのだろう。
ガスパーが、頭をかきながらうーんと切り出した。
「場違いな質問かもしれねぇが、まぁ、聞いてくれ――あんた、料理はできるか?」
「は」
呆気に取られた声を上げたのは、マリアだ。
その後ろでは、メイド仲間達が顔を見合わせている。問われたロイド自身も、一体なんだと顔をちらりと顰めた。
「一般的な料理から、うちで出されるメニューまでできるが」
「えっ、できんの!?」
マリアは反射的に反応してしまった。
この前のサンドイッチで、手際の良さからも料理ができることは分かっていた。でも、まさか侯爵邸でも出されるような料理まで?
フォレスが、立ち上がった彼女の肩に手を置いて、ひとまず座らせる。
質問したガスパーも、意外そうだった。
「料理の基本から、仕込みも全部か?」
「そうだが?」
「菓子類は?」
「一般的なものであれば」
「……もしかして、裁縫もか?」
「高等技術でなければ、簡単な服くらいまでなら作れる」
「…………掃除とか、洗濯とか」
「遠征で使用人を連れていくわけがないだろう。自分の身の周りくらいはできる」
まさか洗濯もできるのかよ。
マリアは、くらりとした。いや、ポルペオが全て極めていたので、可能性については考えていたのが、まさかの案の定だった。
掃除系も全般となると、恐らくポルペオを超えている。
ガスパーが、ゆっくりとマリアを見てきた。なぜか、フォレスもメイド達も、アーバンド侯爵と揃って視線を向けてくる。
「料理も出来て、裁縫もできて、お前より強いうえ大貴族……マリア、お前、彼を夫にもらえ」
「なんでそうなるんですか!」
いきなりの賛成発言に驚いて、机を叩く勢いで言った。
「ガスパーさんは、『見合いは賛成だけど結婚はちょっと』とか言っていたじゃないですかっ」
「いや、これだけパーフェクな嫁、なかなかいないぞ」
「しっかりしてください、ロイド様は男性ですっ」
「うん、分かってる。ちょっとした言葉の間違いってやつだ。お前には、これ以上ない理想すぎる旦那だよ」
語るガスパーは、深刻顔だ。
本気で、マリアの嫁ぎ先にいいと思っているのだろう。嘘でしょと、彼女の口元は引き攣ってしまう。
「確かに。マリアさんには、ばっちりな夫、とも言えますね」
「執事長まで!?」
「礼儀作法も完璧でしょうし、急かさない、という点には少なからず好感を抱けます」
自分の意見を口にしたフォレスと同じく、メイド仲間達もほぼほぼ賛同の空気だ。
マリアは強く困惑した。こちらはメイドなのだ、立ち場も、そして容姿さえ『ファウスト公爵』には釣り合わないだろう。
それに何より、自分がオブライトだったことが、彼女に歯止めをかけていた。
何度も抜刀されたくらいロイドに毛嫌いされていた。彼の言う『好き』が、勘違いや気の迷いだったら?
たとえば、動物の勘のように、嫌いなオブライトの気配を感じ取っている。それで、つい目で追ってしまったのがきっかけだった、とか……。
彼は、アーバンド侯爵家の秘密を知っている。
でもマリアのことは知らない。
「ロ……ロイド様、あなたは全てを知っているからと、申し出ているのかもしれませんが」
考え直した方がいいというニュアンスで、マリアは切り出した。緊張した声を聞いて、ロイドがふっと顔を向ける。
「もし、私自身にも、言えない秘密があるとしたら?」
マリアは、つい尋ねてしまった。