四十六章 マリアのお見合い騒動(5)
ロイド達が控え室へと案内される中、マリア達も会場へと場所を移した。
用意されていた長テーブルの中央には、アーバンド侯爵が座った。マリアは右隣に座り、左隣に進行係の執事長フォレスが立った。
後ろには、数人のメイド達が待機した。
「ふふっ、みんなマリアの〝友達〟なんだね」
手元にある面接者の書類を整えたところで、アーバンド侯爵が言った。
見た時の反応で、そうも感じたのだろう。仲良くさせてもらっている、とは普段からマリアも報告していた。
「まぁ、そんなものです」
少し考えて答えると、彼が満足げに頷く。
「立候補してきた者達の一覧を逆に渡されたと思ったら、そこに並んでいた名前が、全部ファウスト公爵の周りの人間で。もうおかしくって、見た時はつい笑ってしまったよ」
それで先日、大笑いしていたのか……。
マリアは、思い返して納得した。
彼から返事を受け取ったロイドが、自分から他の希望者を集めた。そのうえ、一覧を作って申し込み書まで揃えて送ってきた、というのも変な話だ。
そんなことを考えていると、アーバンド侯爵が口元に静かな笑みを浮かべてこう言ってきた。
「それくらい、彼は、自分の知らない誰にもお見合いをさせたくないくらいに、好きってことだよね」
そう、なのだろうか。
マリアはよく分からない。考えようとすると、何やらむずがゆくなる感じで、気もそぞろになってしまう。
「〝僕〟もね、妻に『結婚しよう』と言った時、そんな思いだったよ」
アーバンド侯爵が、素の一人称でそう言ってきた。
本音で語ってくれているのだ。思わずちらりと確認してみると、そこには微笑む彼の横顔があった。
「僕と彼女の立場からすると、本来であれば、家を通してお見合いをするのが筋だった。でも、『ああ、今を逃してはならない』というくらいに、彼女を望んでしまった」
「それは、奥様への一番目のプロポーズですか……?」
「うん。準備も何もない、僕自身予期していなかったタイミングでのプロポーズだった。彼女はね、もう顔を真っ赤にして『いきなり、なんてことをおっしゃっていますの』って慌てていたよ」
ふふっと彼が幸せそうに笑った。
もう時間がきたのに、フォレスは少しばかりは容認しようという姿勢で待っている。
「僕はてっきり、彼女の思うプロポーズではなかったと思ったんだ。だから『ムードを作るのを忘れていたかもしれない、ごめんね』と謝ったら、そういうことではないんだと言ってきてね。僕には、よく分からなかったな」
アーバンド侯爵から、そのような話を聞かされたのは初めてだ。
どうして今、マリアにそんな話をしてくれたのか。
でも……。
「今でも、奥様のことが『一番大好き』なんですね」
マリアが尋ねたのは、別のことだった。
なんだか、とても胸が温かくて不思議な心音を刻んでいる。アーバンド侯爵は見つめ返してくると、にこっと微笑んだ。
「今でも、妻を一番愛してるよ。僕には、ずっと、妻は彼女しかいないんだ」
アーバンド侯爵は、静かに、穏やかにしめくくった。
フォレスが指示を出し、お見合い会が始まった。
――まず一人目、ヴァンレットが入室してきた。
続き扉の開閉をしたマーガレットに、彼は呑気に会釈していた。……まさかまた求婚したんじゃないだろうな、と見ていたマリア達は思った。
と、ヴァンレットが、会場内のマリアへと真っすぐ目を留める。
「マリアは、離れて座るのか?」
王宮一の大男である彼が、歩いて向かってきながら特徴的な緑の芝生首を傾げた。いかつい近衛騎士隊長なのに、その目は子供みたいだ。
隣じゃないのかと、ヴァンレットが言っているのが分かった。
マリアは、元上司としても心底不安になった。こいつは、この集まりを理解しているのだろうか。
「――ルミア。彼を席へ」
しばし間を置いたアーバンド侯爵が、笑顔を作ったまま声を出した。
待機していたメイドの一人が、ヴァンレットを一つ置かれている椅子に勧める。
「単刀直入に聞いてもいいかな?」
ヴァンレットが窮屈そうに椅子に座ったところで、アーバンド侯爵が早速告げた。
疑問が浮かびすぎて、待ち切れなかったんだろうなぁ……。
マリアは、思考回路が謎の大男が、彼にとっては初めてのタイプの人間であるのを思った。フォレスとメイド達も、すました表情の下で同じことを考えているようだった。
「第一宮廷近衛騎士隊長、ヴァンレット・ウォスカー。君は、うちのリリーナのことでマリアとは一番接点があり、交流もあるけれど――君は、マリアと結婚したいのかな?」
「マリアは友人だぞ?」
間髪を入れずヴァンレットが答えてきた。
じゃあなんで来たんだよ、という空気が使用人仲間達の方で広がるのを感じた。マリア自身も、そう思った。
「今日、お見合い会だと知って来たのかな」
また、やや間を空けてアーバンド侯爵が尋ねた。妙な質問になっているが、訊きどころは間違っていない。
ヴァンレットが、ゆっくり首を傾げる。
マリア達の沈黙の空気は、それを見て重さを増した。
にこやかな表情は変わらないし、目は子供みたいで無垢さしかない。それを屈強な大男がしていると、強烈な異和感しか与えなくて考えが読めない怖さもまとった。
「モルツが、『マリアの家に遊びに行くか』ということを訊いたから、『それじゃあ行くよ』と答えた」
いや、あのモルツのことだから、絶対ロイドからの用件は伝えたはずだぞ。
マリアは即、心の中で呟いた。一体、考える時間を与えていた中で、彼の頭の中でどんな情報処理がされたというのか。
アーバンド侯爵が、ややかたい作り笑いで頷く。
「うん。次、行こう」
ヴァンレットの面談は、ここで速やかに終了された。
――次に入ってきたのは、グイードだ。
「いや、俺は既婚者なんで……アリーシアちゃん一筋の妻帯者なんで……」
椅子に腰を下ろすなり、グイードが謝罪するような口調で先にそう述べてきた。入室してから、ずっと目も合わせられない様子だ。
二番がコレか、とアーバンド侯爵の作り笑顔が物語っていた。
フォレスも呆れ返って、額に手を置く。マリアとしても、『この抜擢はさすがにないだろう』とロイドに対して思った。
「グイードさん、そもそもなんで参加しているんですか」
思わず声をかけたら、彼が視線をそらしたまま口を開く。
「ロイドに、空いている枠を埋めないと、お前の方を埋めるって言われた……」
完全な脅しだ。
マリアは、強く同情して涙まで出そうになった。フォレスが、眉間にもう色々と思う皺を作ったのち、
「次」
と、溜息交じりにメイド達の方へ声を投げた。
――次に、モルツが入ってきた。
もう、その時点でマリアは嫌な予感しかしなかった。きちんと座っていると、美貌の貴族出の軍人っぽくも見えるが……。
アーバンド侯爵も、作り笑顔がよりかたくなった。どうにか張り付かせている、といった感じだ。
「……うん、とうとう来たか」
「旦那様、『次はコレかよ』という空気がもれております」
フォレスが、優秀にもきちんと指摘してやる。
アーバンド侯爵が、気を取り直すように言った。
「君は、なんで参加したのかな」
「彼女の拳を求めてです」
「…………、ん?」
しばし固まっていたアーバンド侯爵が、たった一音で訊き返した。――笑顔だったが、その声も冷やかだった。