四十六章 マリアのお見合い騒動(4)
その翌日、お見合い会の当日を迎えた。
本日は城の勉強会もお休みだ。リリーナは友人のフロレンシアとジョセフィーヌが来て、嬉しそうにピクニックに出掛けて行った。
御者兼護衛でガーナット、そしてサリーが付いた。近くで用があるらしく、アルバートが終わり次第様子を見てくれることになっている。
「アルバート坊ちゃんはさ、フロレンシア様流ファッションにされたサリーを、見たいと考えているんだと思うんだよ」
階段に座り込んで正面の玄関を眺めていたマークが、不意に思い返す声で言った。
「マークやめて。それ、みんな薄々可能性に気付いていて黙っているから」
答えたマリアは、はあぁと深い溜息を吐いた。
「もう、めちゃくちゃ逃げ出したい……」
つい項垂れ、顔を両手に押し付ける。
今、一階のサロンの方で会場作りが進められていた。近くの部屋は、既に控え室として用意が整っていた。そちらに置く客人のための菓子などを、料理長ガスパーとギースが用意しているところだ。
マリアとマークは、もう手伝うことがなくなって待機である。不器用トリオのせいでもあった。二人は、客人を迎えるメンバーに含まれていた。
「緊張を解そうと思って言ったのにな」
マリアの様子を改めて窺ったマークが、あれま、と中途半端に伸びて結んでいるくすんだ赤い髪を少しかく。
お見合いとはいえ、一対一で話すわけではない。
今回、あくまでアーバンド侯爵の〝面談〟だ。
人数を募ってのお見合い、というよりはまるで審査会である。マリアも無理におめかしせず、普段通りのメイド衣装だった。
「『着替える?』ておっしゃった旦那様に、一瞬で断り入れてたよな」
「アルバート様が、ここぞと着飾らしたい顔をしていたからよ」
「前のパーティーと同じで、自分からプロディースしてがんがんやるだろうなぁ。マーガレットとカレンあたりも、笑顔でこっそり舌打ちしてたし」
滅多にないことなので、楽しんでいるのだろう。メイド仲間達は、複数人の〝表〟の客人にも沸いている。
他人事だと思って……とマリアはまた溜息をもらした。そもそも、何人くるのか。一体誰が来るのか分からない。
「全員、貴族らしいから安心すれば?」
察したマークが、しれっと言ってきた。
途端にマリアは、落としていた視線をパッと上げた。見つめ返してみても、マークの目や表情に冗談は一切感じられない。
「う、そだろ!? え、まさかの、参加者全員が貴族なの?」
「じゃないと、旦那様もゴー・サイン出さないだろ。書類から選考してるらしいし」
「ええぇ……マジかよ」
思わず、素の口調でまた言葉をこぼしてしまった。
――それ、本気の『面談』じゃないか。
ごくりと息を飲んでしまう。一体どこの貴族なのか。それは、マリアが安易に断ったら大変な相手とかではないだろうか?
そんなことだった場合、どうしよう。
いや、だからアーバンド侯爵も『あくまでお見合い会』としているのだ。マリアは、思い至ってすぐ頭を振った。
ひとまず落ち着こうと思って、目頭を揉み解す。そもそも見合いを希望する人間が、他にもいるという現状が信じられない。
ロイドくらいだと思っていたのに……。
ぐぅと呻きながら目頭を丹念に揉みこみ、思う。誰にも気付かれなかったのに、パーティー会場でも向こうからマリアを見付けてくれた人。
――もしかしたら、本当に好きなのだろうか?
ふとマリアは、オブライトだった頃の自分と重ねた。
どんな人混みの中でも、テレーサを見付けた。どこへ居ても、何をしていても、目を引かれて、声をかけずにはいられなくて。
その時、聞き慣れた足音が聞こえて我に返った。
マークと揃って立ち上がり、目を向ける。そこにはアーバンド侯爵達を連れた執事長フォレスの姿があった。
「マリアさん、マーク。お客様がご訪問されます、そろそろ準備を」
窓から到着を確認したらしい。マリアが緊張すると、マークが励ますように空笑いで背を軽く叩いた。
待機していると、玄関の向こうで馬車が止まる音がした。出迎え待ちだった夜勤組の衛兵二人の声、そして侍女長エレナ達の声も聞こえてくる。
副数人の足音がする。
本当に、ロイド以外にも見合い希望者が?
何が一体どうなっているのか。混乱が早急に高まって、マリアがつい視線を落としてしまった時だった。
「来たぜ」
自分よりも低い位置にある彼女の耳に、マークがこそっと言葉を落とす。
ハッとマリアは目を戻した。同時に扉が開いて、案内するエレナ達の後ろから、ロイドを筆頭にぞろぞろと殿方達が――。
「って、お前らかよ!」
マリアは愕然とした。思わず叫んでしまうと、入ってきた彼らが気付いて思い思いの表情を向けてきた。
先頭にいるのは、お見合いを申し込んできたロイドだ。その後ろから続いたのは、モルツ、ヴァンレット……そして、ルーカス、アーシュ、グイードだった。
その面子には、マリアは言いたいことがたくさん頭に浮かんだ。
余計ややこしいことになってる!
真っ先に思ったのは、そんなことだ。もう頭痛でくらくらした。いや、そもそも、なんでグイードがいる?
すると気付いたグイードが、こちらに言ってきた。
「いや、俺、既婚者だから無理だって言ったんだけど……」
すぐに逃がされた目は、大変な迷惑を被った感と、戸惑いとが浮かんでいた。
どうやらロイドが発端らしい。混乱していたマリアは、察して「嘘だろ」と彼の行動力に呻いてしまった。
まさかのアーシュまで巻き込まれてしまっている。友人達の中、彼は二十歳という年齢だけでなく、頭一個分以上小さいこともあって浮いていた。
緊張でガタガタしたアーシュが、マリアへ向かって言う。
「俺、そのまま馬車に放り込まれて……面談受けたら帰っていいって……これ、まさかの見合いとか呼び出されるまで全然知らなくって。つか、お前、お見合い?」
いきなり色々と知らされて、頭がパニック状態のようだ。恐らくロイドは、勝手にエントリーしたうえ、当日に知らせてお見合い会への参加を強要したらしい。
何してくれてんだとマリアは強く思う。
モルツが「どうも」と会釈してきて、ヴァンレットが遊びにでも来たみたいな呑気さで手を振ってきたが、応える元気が全く出てこない。
――そして、そのメンバーの中には、ルーカス・ダイアンもいた。
王妃専属の護衛騎士。十六年前、『新人の泣き虫近衛騎士』と呼ばれていた男である。こちらに顔を向けてきたルーカスは、この世の終わりの光景でも間の当たりにしたみたいな表情だった。
「つか、メイドちゃん――ロイドとお見合いって、どういうことだ。一体、何が起こってるんだよ」
幽霊を見たような顔で言われても……。
マリアとて、今回の見合い申し込みは予期せぬことだったのだ。するとロイドが、しれっとルーカスへ声を投げる。
「言っただろう。そのままだ。俺が、結婚前提でマリアに見合いを申し込んだ」
「マジかよ……! し、信じらんねぇ、まさか年もそんなにいかないメイドの女の子が好みだったとはっ、いて!」
先頭を行くロイドが、涼しげな顔でルーカスの頭をギリギリと抑え付けた。
もう、この面子からして不安しかない。
参加者控え室へと案内されていく一同の中、アーシュが助けを請うような目を寄越してきた。
「……なぁマリア、俺、終わったら帰れるんだよな? つか、馬車内で総隊長様とか王妃様の専属護衛騎士様とか揃い踏みで、失神しそうだったんだけど。そのうえ、まさかの侯爵邸とか緊張で吐きそう」
後半、思いを吐露するみたいに声まで震えた。
「えっと、ほんと、ごめんね。そんなに時間はかからないと思うから」
マリアは慌てて言葉を返した。ロイドの奴、ほんと何してくれてんだよと思った。