四十五章 まさかの求婚ですか!?(6)
考えてみれば、確かに戦闘メイドで剣は珍しいかもしれない……。
ポルペオの自信のある目に、マリアもだんだんそのように思えてきた。
「あの、拾われる前に少々剣を触っていただけでして。期間は、剣の方が長くって、ですね。だから、使いやすいと言いますかっ」
なぜだか、マリアは焦って言い訳してしまった。
「ふうん。そうか」
「そ、そうなんですよ、あはは、は……」
「私の娘は知っているだろう。ポルー伯爵家の、長女だ」
すぐにポルペオは続けて話をしてくる。今度はすぐに答えて不審がられないようにしなければと、咄嗟にマリアは身構えた。
「あーっと、長女様と言うと、『ポルペオ様の才を受け継いだ』と言われていますよね。そりゃ、ドレスでもばんばん剣を振り回していることもあって、一部では有名でもありますし、もちろん知っていますとも」
「じゃじゃ馬と呼ばれているな。婚約の話をはねのけ、見合いは完全にお断りだと、自ら宣言もしたしたたかな娘だった」
「うっ、まぁ、失礼を承知で申し上げるのなら、じゃじゃ馬で有名な方……ではありますね……」
そもそも貴族関係の教育には、あまり力を入れられていない。マリアはポルペオの言い分から、今もそうなんだなぁと考えて話を合わせる。
前を向いたポルペオが、ふっと笑った。
「そうだ、じゃじゃ馬でしたたかに気が強い娘。もう見合い話も来ないだろう、と」
「え。ファンレターはいっぱいもらっていたのに――来ないんですか、全然?」
途端、マリアは心配になった。
昔『男になる』とか言ってたけど、本気で出家なんてしたんじゃないだろうな。
そんなことを真剣になって考えていると、ポルペオが見つめ返してきた。なぜだか意地悪く笑う。
「全然、だと言ったら?」
「まさか出家!? ほ、ほんとに出ていっちゃったんですか!?」
「さぁて、どうだろうな」
ポルペオが、さてと、と口にして立ち上がる。
「えっ、ここで教えないってありなんですか!?」
「残りのクッキー、食べてもいいぞ」
「いやいやいや、待ってくださいっ。気に入っていたリーフ国の女騎士団に入ったりしてませんよね!?」
「くくっ。もしくは、アーリー国の聖女守護戦士団かもしれん」
「マジかよっ。遠いからやめてって言ったのに……」
ポルペオが、珍しく肩を揺らして小さく笑いながら歩き出した。
「それ完全に出家ですよね!?」
マリアは慌てて尋ねたが、ポルペオは笑いをもらすばかりだ。その姿は、どんどん離れて行く。
「じゃあな」
彼が、後ろ手を振った。
マジかよ、ここで切り上げる奴、いる?
――いきなり来たかと思えば、彼はただマリアの悩み事を増やしただけだった。
※※※
待ち合わせの時間ぴったに、マリアは大臣の部屋に向かった。
廊下は、前もって気を利かせて人払いがされていた。扉をノックすると返事があり、すかさず開ける。
「ジーン! 少し聞いて欲しい、こと、が……」
途端に、声がしぼんだ。
マリアは、室内の様子に空色の目をぱちぱちとした。なぜか、モルツがコーヒーの準備をしている。
「……なんでお前がいるの?」
「構ってもらえていなかったのに、参加しないわけにはいきません」
「意味が分からんわ」
マリアは、後ろ手に扉を閉めた。
向かっていると、ジーンが片手を交えて答えてくる。
「なんか用事があったらしくてさ。うきうきと戻りの道を歩いていたら、バッタリ用事を終えたモルツと会って。この休憩を悟られて、そして三人になった」
「分かるような、分からないような……」
マリアは首を捻りつつも、一番近かった一人掛け用にソファに座る。
「そもそも、モルツがジーンとばったり会うのも珍しい気がする」
「少し、ヴァンレットのところに顔を出していたんですよ」
「ヴァンレット?」
近衛騎士隊に、何かしら伝言か確認の用でもあったということだろうか。
ひとまずマリアは納得することにした。テーブルにはつまみの菓子、そして三人分のコーヒーカップも並んだ。
「で? なんかあったのか?」
モルツが座ったところで、ジーンに尋ねられた。
思い出したマリアは、コーヒーを飲みながら、少し前にあったポルペオとのことを話し聞かせた。
「――と、いうわけなんだよ。ひどくないか?」
「ふうん」
モルツが、口をつけないでいたコーヒーカップを、ようやく持ち上げる。
「お前、やられましたね」
「は?」
すると、もう呆れた顔で聞きに徹していたジーンも、追ってやれやれと言ってくる。
「ポルペオに一本取られたな。たぶん『オブライトだ』と、ほぼほぼ気付かれているのかもしれねぇな」
「え。いや、まさか……」
「あいつ、わざと話を引き出したんだよ。お前に言った娘の話も、十六年前までの内容だ。あのじゃじゃ馬も、恋で変わって、隣国の公爵家に嫁いだのさ」
マリアは、唖然として言葉が出てこなかった。
そうすると、つまりポルペオは、わざと当時までの時間軸で話を進めた。それは、マリアの認識が十六年前で止まっていることを、確認するためで……?
「……えぇぇ、嘘だろ」
一本取られた。まさに、そういうことなのだろう。
言葉で、してやられた。まさかと動揺しているマリアに、モルツが「想定の範囲内ではありますね」と溜息を一つ吐いた。
「あなたは、ほんと鈍いというか。戦場以外だと抜けているところがありますから」
いつも社交の場でフォローもしていたモルツが、あっさりそう言ってコーヒーを飲んだ。