四十五章 まさかの求婚ですか!?(4)
昨日、早めに用意すべく、見合いの申し込みをすることをモルツに打ち明けた。そして仕事を早く片付けて、ロイドは帰宅したのだ。
その時にも、モルツは驚きも何も言わなかった。
ただ、『分かりました』と答えただけだ。
大きなリボンをした、ちょっと凶暴なところがある十六歳のメイド、マリア。
色気もないし、アレやソレとも言っていたモルツだ。何かしら、こちらが面白くない反応をされるだろう、と思っていたのに。
そう思いながらじっと見つめていると、モルツが静かに目を伏せた。
「――いえ。あの人をただだた追い駆けていたことは、誰よりも知っていますから」
意味が分からない。
けれどモルツは物憂げで、その口元には珍しく小さな笑みも浮かんでいた。寂しそうな、そしてどこか願うような。
だからロイドは、安易に尋ねることもできなかった。
「モルツ……?」
訝った声が口からもれた時、ロイドは近付いて来る足音を察知した。
堂々とバタバタと駆ける煩い音だ。そんなことをする人間は、まず真っ先に一人しか浮かばない。
睨みつけて待っていると、壊す勢いで扉が力任せに押し開かれた。グイードが師団長のマントを揺らして、堂々突入してくる。
「よう後輩! 恋をしたと聞いたぜ!」
煩い。非常に、騒がしい。
ロイドは、苛々して軍人の先輩であるグイードを見ていた。他の人間が扉の外側にいないことを確認して、モルツが閉め直す。
「グイード師団長、あまりそういうことを大きな声で言うものではないかと」
「馬鹿いえ、あのロイドが『恋』だぞ!? もう俺は嬉しくってさ、知ってすぐ駆け付けたわけだ!」
嬉々としてグイードが向かってくる。
いつも耳が速いことだ。一体、誰あたりから情報がいったのか。
「あの後輩ロイドが、ようやく恋愛に意識が向いたと分かった時の俺の気持ち、分かる? はぁ、まさかお前と、恋バナができるなんてな!」
普段なら半眼ものだが、ロイドは悪くなくかった。他人から『恋』と言われると、照れくさくもなる。
「まぁな。相談できる相手がいると思うと、確かに悪くないもんだ」
「そうだろ!? いや~嬉しいねっ」
言いながら、グイードが書斎机に手をついて覗き込んできた。その目は興奮と期待で、きらきらしていた。
ちょっとウザイな、とロイドは顔を後ろへ引いてしまった。
「で、相手って誰だ? もしかしてさ、この前の舞踏会で踊った、謎の可愛い令嬢か!?」
どうやら、相手の名前までは知らないらしい。
だがロイドは、そんなことを思いつつも、舞踏会の下りで真顔になっていた。モルツも、ぴたりと止まる。
「……グイード、先に一つ確認したいんだが」
「なんだ?」
「お前、舞踏会で俺が誰と踊ったのか、分からないのか?」
グイードが、にこやかな顔で不思議そうにする。
「遠目から見たけど、あんな可愛い子がいたとは気付かなかったな。ファウスト公爵家に縁のある子か?」
思わず、ロイドとモルツは黙り込んだ。
なぜ、気付かないのか?
ロイドは心底疑問に思った。普段、目印のようになっている大きなリボンを外して、綺麗な格好でおめかしをした。でも、どの角度から見てもマリアで――。
つい、モルツの方を見た。
「私も、アレには気付きましたが」
こいつが気付いているのに、なぜグイードは分かっていないんだ?
思い返してみると、マリアと踊ったことを誰かに言われた覚えがない。……まさか、誰も気付いていないとか。
「いや、まさか」
ロイドは、その可能性をすぐに振り払った。
ヴァンレットも『会った』とは、勝手に楽しそうに話しかけてきた。だから、きっと気のせいだろう。
「で? お前は、どこからその情報を聞いた?」
「ジーンがさ、見合いを申し込んだらしいって言ってきたんだ。『ついでだから、見て来れば』て」
気のせいか、以前も似たようなやりとりがあった気がする。
ロイドは、少し記憶を手繰り寄せた。そもそもジーンは、どこ経由で見合いの話を掴んだのか。彼も相手の名前までは掴んでいないのか?
そんなことを思っていると、モルツが口を挟む。
「グイード師団長。それは、『代わりに見て来い』というやつでは?」
「あはは、まっさか~」
と、不意にグイードが満面の笑みを浮かべた。
「後輩のロイドが、ようやく恋愛に意識も向いたことだし! じゃあ早速俺の恋バナ聞く!?」
それが第一目的だったらしい。
彼の性格を思い出したロイドは、途端にテンションも通常値まで戻り、迫ったグイードの口を手で塞いだ。
「それはいらん」
会話が途切れたタイミングで、不意に一つの物音がした。
ロイド達と、揃ってそちらに目を向けた。そこにあった扉の下から、一通の手紙が差し込まれた。――〝裏〟の連絡方法の一つだ。
「返事が来たみたいですね」
モルツが察して向かう。グイードが「へ?」と目を点にした。
「お前の見合いの件、〝裏〟が関わってるのか?」
わけが分からない様子だ。
そのかたわら、ロイドは無視してモルツから手紙を受け取った。早速開封すると、冒頭の了承の件を読んで、つい口角が引き上がった。
これまで、アーバンド侯爵家で好感度を上げていて良かった。
――だが、続く文章を読んで雲行きが一気に変わった。
「は」
ロイドは、思わず呆けた声を上げた。
「いかがされましたか」
モルツが尋ねた。しかし珍しく動かないロイドに「失礼」と言うと、そばから手紙の文面を覗き込む。
気になったのか、グイードも横に回って見てきた。
「どれどれ……『このたび結婚を前提にお見合いをしたい、という件つきましては、あなた様を筆頭に、他にも候補者を集め』――候補者?」
グイードも、目を丸くした。
そこには、規定の人数に達したら募集を止めること。開催の当日に『お見合い会』をすることが書かれていた。
「え……何これ」
思わずグイードも動揺する。結婚前提で見合いを希望したのに、了承された見合いは、うちの娘に相応しいか審査した上で進める、というようなものだった。
つまり、ロイドも〝その他の一人〟扱いだ。
「うわー……ロイド、お前、どんな気高い一族の令嬢に恋をしたんだ? 公爵のお前が申し込んだのに、大勢のうちの一人扱いって――ん?」
グイードが、ようやく送り主の名前に気付いた。
「え。嘘?」
「本当ですよ、グイード師団長。これは。アーバンド侯爵からのお返事です」
「待てよ、ちょっと待て。相手がリリーナ嬢ではないとすると……」
グイードが、ゆっくりロイドを挟んで向こうにいるモルツを見る。
「もしかして、マリアちゃん?」
「そうです」
「……やっぱりというか、昨日のは気のせいではなかったのか……」
いや、思い返してみれば気付くタイミングは結構あった。ロイドなので、まさかと思っていたことが邪魔したらしい。
そんなことをグイードが呟いた時、全文を読んだロイドの手に、一気に力が入って手紙がぐしゃっと音を立てた。
次の瞬間、そのまま目を向けられてグイードの肩がはねた。
「枠を埋めろ」
「え。 枠って、募集の候補枠のこと? いや、俺は既婚者だから、無理……」
グイードは、それだけは勘弁と、ぶんぶん首と手を振って答える。
ロイドの目が、続いてギロリとモルツへ向いた。悟った彼は、素直に命令待ちした。




