四十四章 友と食事と…そして恋(4)
王宮では、仕事が続いている時間だ。
仕事に厳しいロイドが、こうして料理をふるまっているというのが、なんだか現実とは思えない。
やがて種類豊富なサンドイッチが、テーブルいっぱいに並べられた。ロイドとモルツも着席したところで、マリアは早速頂くことにする。
「うわっ、めっちゃうまい!」
一口、かぶりついて驚いた。野菜と味付けされ肉、ふわっふわの卵が挟まれたサンドイッチは、極上だった。
喜びが顔に出た彼女に、椅子に座ったロイドも満足そうだ。
「口に合ったようで、何よりだ」
「いや、ほんと、とっても美味しいですよ! なんでこんな厚みあるのに、卵がふわふわなんですか? それに、香りがすごくいい!」
思わず興奮気味に言った。
しばしロイドが、マリアの方に横顔を向けたまま固まった。じわじわと肌を火照らせ、ちらりと目に留めるなりくらりと額を押さえた。
「え、どうしたんですか?」
「――いや、なんでもない」
ふぅと落ち着かせるように息を吐く。そして、ロイドがいつもの表情戻して、マリアを見つめ返してきた。
「マリア、一つ訊きたい」
「なんですか」
眼差しが、ちょっと熱くて自然と身を引いた。
「ステラの町のサンドイッチと俺の、どっちが好きだ?」
「へ? なんでステラの町が出てくるんですか?」
冷静になったかと思えば、変な質問をしてくる奴だ。マリアは訝った。隣でジーンが、噴き出しそうになるのを堪えている。
「察しておあげなさい」
静観していたモルツが、口を挟んだ。
「つまり、あなたは正直に答えればいいのです」
「あっはっはっは! 変態が『あなた』て言い方、なんか変ーっ! めっちゃウケるんですけど――うわっ」
唐突にガタリと椅子を鳴らしてモルツが立ち上がり、ニールがすかさず逃げ出した。
広い中央訓練場を、二人が猛ダッシュで走る。ヴァンレットが、子犬みたいな目できょとんと追っていた。
「……あいつら、何してんの?」
グイードが、呆気に取られた声を上げた。レイモンドも「さぁ」と首を捻った。
「なんやかんやで、同年齢で仲良しが気がするな」
「食べている最中に走り出すとは、何事だ、馬鹿者め」
ポルペオの意見に、一同が「確かに」と思う表情を浮かべた。
とはいえ、無言でドMの変態野郎に追われているニールを見ていると、可哀そうになってくる。マリアは手を伸ばすと、ヴァンレットの腕をつついた。
「ヴァンレット。ごめん、ちょっと仲裁してきてあげてくれる?」
「うむ、分かった」
ヴァンレットが、一個目のサンドイッチの残りを、ぱくんっと大きな口に放り込んで立ち上がる。
気付いたロイドが、布巾を寄越した。
「おい、ちゃんと手を拭け」
意外と細かい男である。以前ニールがクッキーを食べる時も、マナーについて口にしていた気がする。
どっちがうまいか、か。
マリアは、そんなロイドを思って考えた。
ひとまず、モルツの『正直に答えればいいだけ』から自分の感想を引っ張った。
「ロイド様のサンドイッチが、これまで食べた中で一番ですわ」
声に出したら、しっくり来た。
うん、一番うまい。なんだか嬉しくなって笑顔になった。あのロイドが、こんなに美味しいサンドイッチを作れるようになっているとは。
「うん。とっても美味しいです。ありがとうございます」
マリアは、ロイドににっこりと笑いかけると、再びサンドイッチをパクンッとした。ジーンも嬉しそうに笑う。
「いつかさ、食べさせてやりたいって思ってたんだ」
「何それ?」
「へへっ、こっちの話」
ジーンが、へらりと笑ってちょっと鼻頭をこすった。
そうやってマリアとジーンが話す中、グイードがロイドに気付く。目を引かれたように顔を向けると、動くのをしばし忘れたように止まる。
「……ん?」
グイードは、やや考えて思わず首を捻った。
ロイドは、顔の下を腕で隠していた。耳までほんのりと赤くなっている。それは、グイードがよく知っているタイプのものだ。
「ん~……、ンン?」
「どうした、グイード?」
レイモンドが尋ねると、グイードが「いや、なんつうか」と頭をガリガリする。
「んー、気のせい、かな?」
「何言ってんだ?」
「うん、まぁ気にするな。ところでさ――」
なんとなくグイードは、相棒の目をそちらにいかさないよう話を振る。
向こうでヴァンレットが、追い付いたニールとモルツへ向かってジャンプした。一緒くたに押さえられて、何やら二人の非難の声が上がった。
「ったく、騒がしい奴らだ。静かに食えないのか」
ポルペオが、黒縁眼鏡の向こうにある黄金色の目を、じろりと向けて言った。
それを耳にしたジーンが、ハッと身構える。
「ポルペオ、ここで説教は勘弁だからなっ。俺、これからの仕事がきつくなる!」
「相変わらず失礼な奴め。そんなことせんわ」
黄金色の太いの眉を寄せて、ポルペオがサンドイッチにかぶりつく。口を動かしながら、その目がジーンから移動する。
「ただな、ヴァンレットが相手だろう。怪我をしたらどうするのだ」
じろりと目を向けられたマリアは、つい小さく笑ってしまった。
まさかの反応だったのだろう。ポルペオが、僅かにたじろいだ。
「な、なんだ。何がおかしい?」
「いや、優しいなぁって」
素の表情で「ぷっ」と答えたマリアは、ポルペオが言葉を詰まらせたのに気付いて、口調を戻した。
「ああ、すみません。ニールさん達が、怪我をしないか心配もしてくれているんだなって。だから、いい人だなぁと思っただけです――いてっ」
ごちんっとポルペオの軽い拳骨が落ちた。
「ちょ、わざわざ回ってきてまで拳骨します!?」
「このっ、馬鹿者! 少しは正直になるタイミングを考えたらどうだっ」
「え、もしかして恥ずかしかったんですか? ――うわっ、すみません!」
「待たんか馬鹿者!」
逃げ出したマリアを、ポルペオが追い駆けた。
ジーンが腹を抱えて笑った。ようやく話しかけようとしたロイドが、ぴきりと青筋を浮かべた。
「……おい、テメェらは静かに席について食えないのか、あ?」
珍しく荒れた口調で、彼が腰の剣に手をかける。
あ、これはヤバイ。グイードとジーン、レイモンドが見守る中――ロイドの口から、これまた珍しく正論な説教が出たのだった。
なんか、パパかママみたいな説教を食らった気がする。
サンドイッチは大変美味しかったが、おかげで食べ終わるまで、ずっとそのことがマリアの頭に残っていた。
ロイドにしては正論すぎる言い分が、またしても意外過ぎて度肝を抜かれた――気がするけれど、相変わらず強烈な殺気で言葉が頭の中から飛んだ。
「意外と細かいというか、テーブルマナーに煩いというか……」
濡れ布巾で手を拭いながら、マリアは思わず呟いてしまう。
「俺としてはさ、マリアが、俺らの中でジーンと張り合うくらい食ったのが、信じられなかった」
レイモンドが、引き攣り笑いで言った。
「だって、美味しかったですよ」
「だからって、一皿ごと平気で食べる奴がいるか?」
「ヴァンレットとニールさんも、食べてましたけど」
マリアは、レイモンドに加勢してきたグイードの指摘に答えた。その途端に彼が、ガツンとテーブルに額を押し付けた。
「くそっ、そもそも元黒騎士部隊、全員めっちゃ食うんだった……!」
「同等の相手がいると、比べられなくて困ること、ありますよね」
モルツが、冷静に意見を述べた。
マリアは、生まれ変わる前は、元黒騎士部隊の隊長オブライトだった。それを知っている彼に、続いて思う目を寄越されて疑問を抱いた。
「なんですか、モルツさん?」
「いえ。その胃は、一体どこの時空に繋がっているのかと――それから、ついでにご褒美で殴ってください」
「嫌だよ」
隙あらば自分の願望ねじこんでくるの、やめろよマジで。
席は離れているけど、つい身構えて口も引き攣ってしまう。相変わらず、変態の思考は理解し難い。
マリアがモルツを警戒して見つめていると、ジーンが筆頭になって立ち上がった。
「んじゃ、ひとまず片付けますかね」
ここは協力してやろうと〝総隊長に〟答えた。ジーンと共に、グイード達も席を立って動き出す。
すると、ロイドが止めた。
「いや、俺とモルツがやっておく。お前らはとっとと仕事に戻れ」
「えぇぇ、マジかよ――明日、嵐が来たりしない?」
「ちなみに、今日でできるところまで片付けなかったら、シメに行く」
「オッケー俺先に戻るわ!」
んじゃ、とジーンが途端に颯爽と走り出した。グイードも、先輩面のいい笑顔で「あとでな!」と続いた。
あっと言う間に、二人の姿が中央訓練場からいなくなる。
どうやらあの二人は、溜まっている仕事分がまだまだ減っていないらしい。すると見送ったニールが、うんと一つ頷く。
「俺、ヴァンレットとテーブルと椅子を片付けるよ。後輩君に、うまいサンドイッチもらったし」
「おいニール、このバカ。何度も言っているが、俺は今、人事のトップなんだが」
「ロイド、俺も手伝う」
騎士学校時代の後輩だったロイドへ、ヴァンレットも協力を申し出た。ロイドが無言で目で追う中、彼らは平気でまず椅子を運び出しにかかる。