四十四章 友と食事と…そして恋(序)
――フレイヤ王国、国境外。
「うへぇ。元戦場地かぁ……何もないっすねぇ」
ネクタイをしていない男が、紳士スーツの裾を風になびかせて眼下の光景を眺める。そこには緑が茂り、元の荒地も確認できない。
ここは、国境の森を眺められる岩場の上だ。
そこには全員で、十五名の男達がいた。どれも二十歳から二十六歳という若い年齢だ。
「にしても平和そうな国だぜ」
「全くだ。国境だってのに境界線は造られてねぇし、警備の兵もいねぇ。森も、治安を考えて定期的に伐採はされているみたいだな」
「このまま、地元のチンピラを掌握していくのはどうですか?」
「確かに。傘下に置けば、金には困らないっすよ、どうですかボス?」
その時、一人が話を振って、全員がそちらを注目した。
「やめとけ。俺らは、そんな雑魚をやりにきたわけじゃない」
そこにいたのは、長身の男だった。丈の長いスーツを着こなし、きっちりとネクタイを締めてボタンもとめている。
「仕事はスマートに、無駄をしないのがイカした紳士なマフィアだぜ」
「まぁ、そうっすけど」
やや唇を尖らせている子分に〝ボス〟と呼ばれた男は、端整な顔に笑みを浮かべる。
「拾われた国無しとはいえ、俺らは紳士の国ヴィンロワイヤル大陸の人間だ。タンジー大国の野蛮さに、染まっちゃあいけねぇ」
確かにと、若い男達の間に同意の雰囲気が広がる。
彼は金の指輪がされた人差し指で、ジャケットの襟を整えながら続けた。
「いいか。俺らは、あくまで紳士なマフィアだ。そんで俺は、お前ら子分を食わせるためだったら、スマートな仕事は請け負う」
「ボス……!」
「俺らのボスはあんたですぜ」
でも、と一番若い一人が、しゃがみ込んだ姿勢で疑問の声を上げた。
「見ず知らずの、そのガーウィン卿とかいうのにも、ホイホイ従うのは少し違う気がするんすよねぇ」
「んなの、あくまでも『要人』だろ」
男は余裕の笑みで言ってのけた。
「俺らを雇ってんのは、あくまでタンジー大国だ。つか、各国に一人ずつ主みたいなのを置いているとか、えげつなくね? 国交あるのに、その国の王とか全然眼中にないって、ほんと紳士道に虫唾が走るね」
「そんなこと、言っちゃっていいんすか? 聞かれていたらやばいっすよ」
いつもの『監視』の目が、ここまで来ていたら厄介だ。
その可能性は低い。何せ、遠いフレイヤ王国だ。そして自分達のスマートな旅に、ついてこられるものかと〝ボス〟は思う。
だからこその、余裕の笑みでもあった。
「仕事さえこなせばいいんだよ。どこで聞かれていようが、今のところ俺らに頼らざるを得ない現状だろ」
さて、と呟いて、彼はセットされている髪を後ろに撫で付けた。
「今回も、タンジー大国の依頼にきっちり応えようじゃねぇか――最強要塞国だかは知らねーが、その〝生きた古い伝説〟だろうと、内側から崩してやんよ」
男は、ニィッと笑って前方の国を眺めやった。その顔には、賭け事に臆しない人柄が滲んだ。
※※※
「――入国、確認したそうです」
室内に、静かな報告の声が落ちる。
やれやれと、セットされた横の髪を後ろへと撫で付けたのは――前髪が一つ出ている狐面のガネットだ。
ガネットファミリー、ボス。
窓もないカジノ地下に、彼によって要となる若い者達の一部が集められていた。そこには代わりの耳として、代表で寄越された者達もいる。
「はぁ。拷問侯爵もご老人だというのに、その脚力にはまいど驚かされますねぇ。出国がてら見てくる、とは聞いていましたが」
「転々と拷問殺しをしなかっただけマシでしょう」
「あの先代様、どこで処分リストを得ているんですかね? 先に仕事を取られるうえ、後処理がほんと面倒なくらいひどい惨状です」
「確かにな~。そうすると、俺のチームの仕事も増えますし」
全く緊張感のない声が、場違いにも上がった。二十六歳のファルガーが、一人掛けソファでだらしなく座っている。
この中で最年長、ガネットの隣に立つ大男がジロリと睨み付けた。
「ファルガー、ボスの前だぞ」
「まぁ、彼はガネットファミリーから入ったわけじゃない」
「しかし、ボス――」
ガネットが、あやしげな笑みを浮かべて制する。
「それに良かったですね。お友達の件、予想を上回るいい結末を迎えたようで。君が鼻歌をうたっているのを、幼少以来ぶりくらいに見ました」
「……わざわざ伝えてくれて、ありがとうございました」
「いえいえ。その場で処刑されたと偽装するのに協力した際、たまたま知ったものですから」
ふうんと、ファルガーはピアスがされた唇をへの字に結ぶ。胡散臭そうだ、と反抗的な細い目は語っていた。
けれど――。
ぷいっと目をそらしたのを、同参加の男が見て小さく笑った。
「あのあと、会えたんだろ」
「……スーイッドが、しばらくこもる前に会いたいって、希望出してくれていたみたいなんだ。それでだよ」
「破格の待遇で良かったじゃないか。重罪人なら、普通そんなこと認められない」
「さぁ、詳しいことは知らないよ。協力の前褒美だとか。手に鎖、拘束衣装で、物騒な監視まで付いてたけどね」
でも、とファルガーは呟きを落とす。
「生きてるのに死んでる感じじゃなくなってて、嬉しかったのは確かさ」
「ふふ、それが『友達』ってもんだろ」
「うるさいよ」
ファルガーは、ピアスがされた舌を「べー」と伸ばした。
そこで一旦、会話が途切れる。誰もがガネットを見ていて、彼はややあってから話を進めた。
「情報は得ていましたが、まさかの小マフィアですか。餌をまいて待ってみれば、うちの傘下にもあやしいのが浮上してきた。ナメられたもんです」
「制裁ですか?」
「いえ、まだ泳がせます――アレらは、恐らく我々の仕事にはならないかもしれない」
ガネットの答えに、右腕の大男が疑問顔をする。だがボスである彼は、嘘か本当か分からない狐面の笑みを返しただけだ。
と、不意にファルガーを思わせる若い声が上がった。
「我らが恐ろしい〝ダークホース〟の出番、か。アレは、箍が外れると止まらない殺人狂だよ、根っからのね」
一同の目が、そちらへ向く。
用意された四脚の椅子には、フードまで被った四人のローブの者達が腰掛けていた。まるで騎士のごとくぴしりと背筋を伸ばした三人のうち、悠然と座っている華奢な一人が言う。
「うちにも情報が来てましたよ。あなた方が彼を動かすつもりでいる、と」
「それは真実ですよ。それほどまでに手が回らなくなってきていますから、多いにこしたことはない」
「はぁ、なるほど」
華奢な彼が、三人の方へ視線を投げる。
彼らは、なるようにしかならない、と肩を竦め返した。ちらりと覗いたのは、銀色騎士団、騎馬隊、衛兵の軍服だ。
「王宮の暗殺部隊の方は、問題ないみたいですね」
ガネットが口端を引き上げる。
それを聞いた華奢なローブの者が、大袈裟に仕草で『参った』と伝えた。
「はぁ。やれやれ。代表で来てる隊長のうち、三人がそんな反応をしたら、こっちも同意の流れになるじゃないか」
四人は揃って立ち上がる。華奢なローブの者が、退出の言葉を切り出す前に追ってガネット達の方に続けた。
「なら、首輪はしっかり繋げておいてくださいよ。快楽殺人ならまだしも、目的もない容赦なき殺人狂は、ごめんです」
「王宮では暴れないでしょう。父君から任されているのだから」
「さぁね。こっちとしては、いつすれちがいざまに〝斬り落とす〟のかと、考えてハラハラもしますけどね。次代の陛下には、しっかり管理してもらわねば」
ふぅと息を吐き、礼を取る。
「それでは、ここで失礼します」
一番背の低い彼の言葉に合わせて、四人はそのまま退出に移った。だが、彼が、ふと扉から出る直前に「あ」と言って振り返った。
「言っておくけど、こっちは元々の別の護衛任務があるから、そんなには立ち回れない。それは把握しておいてください。急に振られても動けない」
「一番隊長の君も、忙しいですね。確か、救護班、でしたっけ? あまり抜け出せないところに、よく在籍しているものです」
彼は――にこっと笑って、何も答えなかった。ひらひらと手を振って出て行った。