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四十三章 剣と任務と闇医者(6)

 アヴェインは、後ろの騒ぎの中で古い木の扉の前に立った。


 西の部屋の扉には、鍵がなかった。ドアノブを掴むと、くるくると回る。それを掴んで扉を開け、アヴェインはツカツカと入室した。


「失礼するぞ」


 そこには、多くの医療道具が詰まっていた。


 ――そして、瓶などに保存された人間の部位も、たくさんある。


 書かれてあるのは商品番号だ。アヴェインは、一目でカチリと素早い思考を終え、なるほどと思った。


 実験用として、そしてコレクターの一種としての売買用。


 どうやら個人的収集品ではないようだ。こんなものを飾る悪趣味な人間まだいるのかと思いつつも、抑えた場所を何軒も知っているだけに他の感想は浮かばない。


 目を戻すと、部屋の奥に一人の人間がいた。


 ようやく拝められたその〝バラバラの実行者〟は、椅子もない木の作業テーブルの前に立っていた。


 そのすらりとした白衣の後ろ姿は、かなり細い。無頓着に伸ばされた色の濃さにバラつきのある濃い灰色の髪は、日差しを知らず痛んでいた。


「何をしている」


 アヴェンは、その背に冷静に問い掛けた。


 すると相手が、今になって気付いたように顔を向けてきた。


「何って、臓器を取り出しているんだよ」


 振り返ってきた男は、二十代半ば頃。くぼんだ目元に、細く長い鼻筋。薄い唇は不健康そうに乾いている。


 青白い骨ばった頬には、返り血がはねていた。


「なんのために」


 アヴェインは、ゆっくりと歩み寄りながら引き続き尋ねた。


「『取り出して』と言われたからさ。好きな奴は、好きなんだよ。多分ね」


 どっちでも構わない、というような言い方だった。


 その若い男が、手に持っていた医療器具を置いて、手袋のされた赤い指先をアヴェインへと差し向けた。


「あなたの顔は、知ってる。『国王陛下』だ」


 淀んで〝死んだ目〟が、仄暗い中から見上げるような危うさで、アヴェインを見ている。


 だが、本当は何を映しているのか、分からない。


 そんな、狂い、狂って堕ちたような〝目〟だった。実感はないのか、だから畏れず口調も直してこないのか。


「正解だ。知らないと思っていたよ」


 国王らしく、アヴェインは述べた。


「俺を裁きに来たの?」

「そうだ」


 アヴェインは、剣を下に向けて持ったまま歩き進んだ。けれど、相手はぼんやりと見つめてくるばかりで反応しない。


 が、不意に、その若者の薄い唇が歪んだ。


「今になって?」


 それが、何を意味しているのか、正確なところは想像できない。


 けれど長い年月があったとは、アヴェインは受け取れた。何年も〝このように派手にやっていた〟のに来なかったのかと、まるで叱られている気がする。


「お前、俺に来て欲しかったのか」


 アヴェインは問い掛けてみた。


 すると男が、すぐに首を横に振ってきた。


「国王は、国王であって〝正義の軍人〟じゃない」


 一瞬、間があった。


 アヴェインは、その若者が何が言いたいのか、分かった気がした。脳裏に過ぎったのは、ジーン達を率いて活躍していた、今でも忘れられない一番の友達のこと――。


 お前は彼を知っているのか。お前も、また。


「――そうか」


 様々なことが含まれた言葉を、アヴェインは一言だけ呟いた。


 そのまま足を引っ掛けると、若者が呆気なく尻餅を付いた。ガリガリになった身体は、それほどまでに体力がなかった。


 食べなかったのか。それとも、食べることへの興味もなかったのか。


 ――そんなこと、どうでもよかったのだろう。


 アヴェインは、処刑されるだろう行為を前にして、全く動じないでいる若者の目を見つめていた。彼は狂ったまま、死んでしまうのか?


 この脅しで少しは正気に戻ると思ったのになと、アヴェインは僅かに目を眇める。


「お前は協力を強要されたのか、任意か。どちらだ」


 すらりと、アヴェインの剣先が男へ向いた。


「俺は闇医者だよ。専属で雇ってやると言われて、自分の意思でここに来た」


 まだ、若い。


 事実だけを述べている彼を前に、アヴェインは「そうか」と言葉を落とす。


「年齢はいくつだ」

「二十六」

「名は?」

「スーイッド」


 淡々と、ただ答えてくる若者の名は、スーイッド。


 アヴェインは、その喉元に真っすぐ剣先を向けたまま、やや苦い笑いをもらした。


「変わった名だ。古い言葉で『捨てられた者』か」

「そうさ。王都に連れて来られて、そのまま捨てられた。からかわれて付けられたニックネームを、俺は気に入ってスーイッドと名乗った」


 それが、彼の王都での始まりだった。


 そうかと、アヴェインは口の中でこぼした。すっと目を細めた――その時だった。


「陛下にさせるわけにはまいりません」


 いつの間にか、三本の剣がアヴェインの周りからスーイッドを取り囲んでいた。それはグイード、ポルペオ、そして言葉をかけたのはマリアだった。


 アヴェインが、僅かに驚きを見せた。


「お前ら、いつの間に」

「バカヤロー。陛下にさせるわけが、ないだろ」


 肩で息をして、グイードがニッと笑う。


「陛下、どうか、ここは私達にお任せください」


 ポルペオが、ふぅっと間に合った安堵をもらしながら言った。


 それを聞くマリアは、その闇医者を前にぐっと目を細めていた。なんてことだ、なんでこんなことに。


 ああ、嘘だろと思った。


 その闇医者は、ファルガーに連れられてオブライトが出会った子供だった。


 正規では手当を受けられないような者達に、独学だけで簡単な手術までやってのけていた。悪ガキ集団の中では少し浮いていて、ファルガーと仲良しだったのを覚えている。


 医者になるのかと聞いたら、そうなりたいと答えていた。


『いつか、あんたが大怪我したら手術してやるよ』

『ははは……怪我をしないように頑張るよ』

『で? そのほっぺ、どうしたの?』

『まぁ、うちの部下はやんちゃだから』


 臨時の仕事で、たくさんの人を殺した。その時に〝ガラスで切ったもの〟だよ、とはオブライトは答えられなかった。


 ――医療免許も取ったんだろう? それなのに、どうして。


 マリアは、くしゃりと目を細めた。けれどその剣に、迷いは出ない。


 その時、スーイッドの目が真っすぐマリアへ留まった。アヴェイン達が話しているそばで彼の目が、じょじょに見開かれていく。


「――ああ、そんな、まさか」


 スーイッドが、よろりと前のめりになった。


「嬉しい。嬉しいな、俺、俺ね、ああ、まさかそんな。俺、あんたが退治しにくればいいのにと、願って、願って祈って、破滅を望んで」


 気付いたアヴェイン達が、顔を顰める。


 スーイッドの濁った目は、一体〝誰を見ているのか〟分からない。けれどマリアだけは、彼の視線が真っすぐ自分へ向けられていることが分かっていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何周と読み返してもここのシーンは泣きそうになる…
[良い点] 話の展開が好みすぎて更新待ち遠しい!
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