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四十三章 剣と任務と闇医者(5)

「我流」


 見て、真似る。

 オブライトだった頃、先生と呼べる人はいなかったから目で見て、体得で盗んだ。とくにこの技は、相棒としてよく見ていたから、得意だった。


「――借りるぞ」


 マリアは口の中に呟きを落とすと、直後、思いっきり剣を振るった。


 攻撃が放たれるのは一瞬だ。彼女の周りにいた男達が、嵐にでも巻き込まれたみたいに強烈な峰打ちを受けて吹き飛んでいった。


 舞い上がったマリアのスカートが、ふわりと膝の上を隠す。


 直後、彼女は一直線に駆け出していた。ハッと我に返ったグイードが、近くの男を剣で払いつつ続き、ポルペオも颯爽と走って追った。


「マリアちゃんっ、ちょ、女の子にしては力強いとこあるけど、それよくできたな――」

「今はそんなこと言っている暇なんて、ありませんわよ!」


 マリアは目の前に集中していて、正直グイードがなんのことを言ってるのかは理解していなかった。


 同時に複数のことなんて考えられるほど、器用じゃない。


 目先には、男達の剣を弾きながら、地下一階へと向けて進んでいくアヴェインの後ろ姿があった。揺れる金髪が、ゆらゆらと輝いて見える。


「くっそ! あいつあんなとこまで!」


 気付いたグイードが、鬱陶しそうに周りの男達の相手をした。わっと群がられ、ポルペオが眉間に強く皺を作って剣で斬り捨てる。


 マリアは、アヴェインに近い男達の太腿へ、ナイフを放って足止めした。体勢を戻しながら剣を振り上げ、振り返りざまにもう一人斬り伏せる。


 ここにいる誰よりも身体が小さいことを利用して、一気に前進した。


「あっ、ずる!」


 後ろから、グイードのそんな声が聞こえた。


 だが直後には、ポルペオが叱る声もマリアの耳に入ってくる。


「そんなことを言っている場合かっ」


 また、小さい女とでも言いたいのだろう。


 戦闘メイドと知っているのにと思うものの、マリアは文句を言えなかった。もし自分がオブライトであったとしても、同じだったろう。


 たとえば、ここにカレンやマーガレットがいたとして。


 彼女達が飛び出していったとしたら、自分は、慌てるだろう。そして、きっと慌てて追いかけるはずだ。彼女達は女性なのに、と。


「陛下お待ちください!」


 そんな思いを振り払い、マリアは目先に意識を集中して呼び止めた。


 賊の一人を峰打ちしたアヴェインが、「ん?」と振り返る。


「なんだ、お前が一番か」


 言いながら剣が振るわれて、目も向けられてない位置にいる男が、胸あたりを浅く斬られていた。


 ……慣れてんなぁ、相変わらず。


 マリアは、横から向かってくる男にナイフを投げつつ、ひとまずメイドの立ち場としては〝国王〟の問いに答える。


「まぁ、そうですわ。くぐり抜けてきました」

「小さいと助かるんだなぁ」


 にしても、としばし彼が足を止めた状態でマリアを見下ろした。


「近くで見ると、ますますデカいリボンだ」


 デカい、なんて言葉を口にしているのを聞いたら、宰相ベルアーノが倒れそうだ。


 ふと、そんなことを思ってしまって悩み込んだ。すぐにそう想像されたのは、マリアとなってから交流が重なっているからだろうか。


「気に入っているリボンですので、別に、何を言われたって気にしませんわ」


 その時、追ってくるグイードとポルペオに気付いたアヴェインが、先に行ってしまおうと再び動き出して地下へ続く階段を駆け降りた。


 マリアは、止めても止まらないだろうなと分かって、そのまま後に続く。


「そんなの知ってる」

「へ?」


 不意に、前から投げられた声に目を丸くした。先程の話の続きだと察したマリアへ、アヴェインは肩越しに振り返ってニヤリとする。


「我が義娘とお揃いのリボンだから、だろ」


 見透かされたされような言葉に、やや頬が熱くなる。


 以前、この姿で対面した時は、緊張しかなかった。次に顔を合わせた時だって、警戒した。今だって、どう対応していいのか分からない。


 でも今は、ただのマリアとして、ただただ照れ臭かった。


「旦那様達と〝家族〟となって、初めてもらったのがリボンだったんです」


 マリアは、素直な思いを答えた。


 提案された時。そして差し出され、初めてセットされた時、しばらく誰かにされていた際の温もりの全部を覚えている。


 今だって、くすぐったいことは多々ある。


 でも今世になって、初めて帰る〝家〟を見付けた喜びもあった。


「おっ、ジーン達も早速来たか」


 そんなアヴェインの声が聞こえて、ハッとした。


 目を向けてみると、地下一階にジーン達が遅れて突入してきた。既にグイードとポルペオが、すぐそこまで追ってきている。


「じゃあ先に行くぞ」


 え、嘘でしょ。


 マリアが察知して目を戻すと、いつ加速したのか、アヴェインの姿は既に奥の地下二階の階段にあって、駆け下っていくのが見えた。


 ――暗殺技の〝音のない移動〟だ。


 当時はなんとも思わなかったが、あの人、暗殺技の初歩も身に付けているのか。マリアは「嘘だろ……」と目頭を揉み込んだ。


 その時、隣にポルペオが並んで、脇いた男の剣を払った。


「おいっ、あっさり置いていかれるとはどういうことだ! 戦闘メイドだろう!」

「ポルペオ様、あれは不可抗力ですわ……」


 マリアが目元から手を離した時、合流したグイードが励ますようにガッシリと肩を抱いて、ばんばん叩いた。


「まっ、確かに仕方ないよな。よしっ、ならさっさと三人で突破するぞ!」


 グイードが士気を上げた。マリアとポルペオは中央を彼に任せると、それぞれ左と右に的を絞って男達を斬り捨てながら猛進した。


 そして、この階をジーンとレイモンドに任せる形で、三人は揃って次の地下階段を駆け降りた。



 地下二階は、医療用の消毒液と薬品の匂いが漂っていた。

 一番守りを固めていたところだったのか、上より人の数は多かった。もしかしたら何か用があったのかもしれない。


 でも、そんなことは関係ない。


 アヴェインが剣を振るっているのが見えた途端、気持ちは一点に集中する。


 マリアとグイードは、彼のそばをポルペオに任せると、早急にボスの部屋を制圧することにした。


 ――アヴェインは止まらないだろうから、先に主戦力を潰す方が早い。


 今回、現場にアヴェインがいることでポルペオは協力的であり、グイードもマリアも普段以上に本気で迅速だった。


「どきやがれってんだ!」

「即戻らないといけないんですよド阿呆!」


 アヴェインに、させるわけにはいかない。


 二人はタッグを組むと、男達を吹き飛ばしながら猛然とボスの部屋を目指した。剣だけでやってられったかと、足も拳も出た。二人が馬鹿力で吹き飛ばしていく騒ぎっぷりは、向こうのポルペオの目にも留まるくらいだった。


 東にあるリーダーの部屋に突入し、取引き準備中のボスと部下達を速やかに叩き伏せ、そこから出るまでに数分もかからなかったはずだ。


 だが、弾丸のごとく部屋を出たマリアとグイードは、その矢先飛んできたポルペオの怒号にギクリとする。


「もっと走れ馬鹿者! 陛下が走って行かれたぞ!」


 そう叫ぶ彼もまた、固められたズラを若干乱しながら、余裕なく男達をがむしゃらにどかしていた。


 ――やっべぇ。


 マリアとグイードは、即ポルペオに加勢するように再び戦いへと身を投じた。


「いや私を手助けしてどうするのだ! ぐぇっ」

「このままっ、三人で潰しながら進むんですよ!」

「そうだぜポルペオ! その方が絶対早い!」


 マリアは馬鹿力で腰を抱き寄せ、グイードがガシリとポルペオの肩を抱くと、方向転換させて共に走らせる。


「こら、女児が『潰す』などと――」

「おいいいい! 女児じゃないっつってんでしょうがぁ!」


 嘘だろコイツ! こんなところで! 阿呆!


 もう言いたいことが一気に込み上げてきて、けど言えない現実にストレスが一気にマックス値に達した。


 ブチリと切れたマリアは、チクショーッと私怨を込めて男達を足でぶっ飛ばした。別の男達を巻き込んで吹っ飛んでいったのを見たポルペオが、乱暴さにゾッとした。


「ははは、そうだぜポルペオ。確かマリアちゃんって……いくつだっけ?」

「十六歳!!」

「ぐはっ」


 男を斬った直後に、マリアはグイードの腹へ拳を打ち込んだ。忙しくて咄嗟に出てこなかったのは分かるが、じゃあここで言うなよ阿呆!


 騒ぎながらも猛進し、三人で道を切り開いていく。



 ――やがて西側にある奥の部屋の扉が見えてくることになるのだが、それよりも早くにアヴェインが、その部屋の主と対面を果たしていた。

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