四十三章 剣と任務と闇医者(4)
王宮から、質素な馬車が一台出る。
だが、造りはざっと見た感じでは分からないほど頑丈だった。中に座席はなく荷台のようになっていて、そこにマリア達はそれぞれ剣を抱えて腰を下ろしていた。
「マリアちゃん、そういやスカートだったな」
「え、今更気付くか?」
グイードの声に対して、レイモンドがそう言った。
「いやお前も同じだろう」
隣に腰掛けていたジーンが、マリアが思った矢先にその台詞をズバッと口にした。指摘された彼が「うっ」となる。
「確かに、そうだけど……」
「大丈夫ですわ。私、護身術の達人ですから」
マリアは開き直ることにした。レイモンドが鈍さを発揮するのはいつものことであるし、ひとまず女性を大事にする友人グイードを思ってこう続けた。
「私、今日は見えてもいい長めのパンツも、はいてます」
キリッとマリアが言い放った。
その直後、場に微妙な沈黙が漂った。それはパンツではないが、結局のところもう一着の女性下着……と誰もが思う表情で黙り込む。
しばし馬車が揺れる振動音だけがしていた。
「えーっと……マリアちゃん、そこは『パンツ』以外の言葉で説明してやろうぜ」
とりあえず、グイードがそっと言った。溺愛する娘を持つ身としては、さすがにちょっと心配した顔になる。
マリアとしては、他の戦闘メイド仲間も仕事用に着るものであったので、彼女らと同じく下着という意識はなかった。
さすがのポルペオも、以前の大司教の件に続くパンツ発言には頭が痛いようだった。もう言葉がない様子で顔を押さえて「馬鹿者が」と小さく呻いていた。
やがて馬車は、ゆるやかに減速して止まった。
御者服に身を包んだ兵が扉を開け、マリア達は速やかに下車する。
眺めてみれば、それはアパートメントの間に挟まれた古い一階建ての建物だった。階段が続いていて、上げたられた底部分には鉄格子付きの曇った地下室の窓がある。
「地下二階がメイン、でしたっけ」
マリアは、増築されているのを思い出して言った。
出発する際に、情報は共有していた。とんとん、と彼女が鞘に入ったままの剣を肩にやっているのを、レイモンドがぎこちなく見やった。
「マリア、女の子がそうやるのはちょっと……まぁ、危ないし」
「正直に言ったらどうだ、『品がない』」
ポルペオが遠慮なく口にして、図星だったレイモンドが「ごほっ」と咽た。
その時、御者役だった兵が、速やかに裏手側から戻ってきた。声を出さないまま、マリア達に素早く手で合図を出した。
「裏口の封鎖は完了、か」
グイードが呟き、こきりと首を鳴らした。
今回、マリア達は正面から行く。裏口を兵が固め、誰も外に逃がさない。既に出た判決により、生死は問わないことになっている。
「だが、比較的殺すな」
いつもの台詞を、ジーンが口にする。
余裕がない者であれば殺してしまう。加減できるくらいの者ならば、冷静に対応もできる――それが所属もバラバラの臨時チームの由縁だった。
「了解」
マリア達は、声を揃えてそう答えた。
直後、グイードがすぅっと空気を肺に取り込んだ。ピリッと一同の空気が引き締まった次の瞬間、彼が思いっきり扉を蹴って開けていた。
「王国軍だ! 違法活動を摘発する! 大人しく降伏せよ!」
よく通るグイードの声が、建物内の空気を震わせた。ハッキリ聞こえたであろう男達が、売買用の未登録武器を木箱に詰めていた手を止めて身を竦ませた。
一階には、ざっと見て二十数人ほどの者達がいた。
「国軍が来やがった!」
「誰かボスに伝えろ!」
「相手は五人だっ、追い返せ!」
男達が次々に武器を取った。マリア達はその抵抗を速やかに終わらせるべく、一気に踏み込むと進みながら抜刀した。
抵抗する者は、ただちに斬って動けなくする。
五人は躊躇しなかった。間合いを詰めると剣を振るい、次々に剣がぶつかり合う音や、身体を斬られた男達の悲鳴や怒号が飛び交った。
武器を取り上げると、降伏を示してうずくまる者も少なからずはあった。
「そこを動くなよ。――動けば、保証しない」
マリアは、そう淡々と言葉を落とし次の者を押さえにかかる。
一階は不要な家具も壁も取っ払われ、一つの広い空間になっていた。重い木箱を持ち上げるための工務器。流通のための道具が、反時計周りに置かれている。
瞬く間にひどい騒ぎとなった。声を荒上げているのは相手側だったが、数が多いためこの空間規模では煩いほどだった。
「よしっ、先に地下一階へ行け!」
グイードが片手で合図を出した。レイモンドとジーンが、「おぅ」「よっしゃ」とその背後を走り過ぎる。
しかし、その時だった。
まだ突入許可を出していないのに、外から兵の警笛が上がった。それは予定にはなかったことで、マリア達は一体なんだと警戒心が煽られた。
その直後、バターンッと思いっ切り正面扉が押し開かれた。驚いてそこを振り返ったマリア達は、悠々と踏み込んできた相手を見てギョッとした。
「愛馬を借りたぞ、グイード」
堂々とマントを揺らして現われたのは、国王陛下アヴェインだった。さらりとした金髪、ルクシアと同じ金緑の目。
現在、四十七歳のはずだが、老いの見られない絶世の美男子だ。
不敵な笑みすら美しいアヴェインは、全身から自信を溢れさせていた。
「な、な……なんでお前がくんだよバカヤロー!」
グイードがクワッと目を剥き、珍しく混乱した様子で叫んだ。
確かにそうだ。なんで来たのか。
マリア達は、もうとにかく頭が痛かった。ここで彼に何かあろうものなら、責任は重大で大問題だ。なんでこの人は、大人しく玉座で待っていられないのか。
相手の男達もうろたえ、思わずといった様子で一斉に動きを止めていた。
「なんで、国王陛下が……」
動揺のざわめきが広がる。
その顔知らない王都民など、ここには存在していない。
「俺が、この国の王だからだ」
すると、アヴェインが堂々と言ってのけた。
「俺の足元で、都民を不安がらせていることが起っているのに、俺が行かないということはないだろう」
いや、行かないのが正解なんですよ。あんた〝王〟なんですから。
マリア達は、みんな同じことを思った。ジーンやグイードの「嫌な予感」とやらを全く信じていなかったポルペオが、まさかの事態に硬直している。
と、不意にアヴェインが動き出した。
「雑魚は任せたぞ」
そう言って抜刀したかと思うと、彼が走り出し、風のようにマリア達の間を駆け抜けていった。
男達が慌てて抵抗を再開した。
だが、恐ろしくして〝国王〟には剣を向けられないようだった。
それはそうだろう。向けた時点で死刑だ。男達が見て見ぬふりで動き出す中、やや遅れてジーンが目の前の男の剣を弾き、峰打ちで突き飛ばした。
「ちくしょーアヴェインのやつ!」
「相変わらず好き勝手行動する奴だよなぁ!」
レイモンドが、地下室へ続く道から男達をどかしながら呻く。その目が、よしと決めたようにマリア達へ向いた。
「マリア! それからグイード、ポルペオ! お前らで先にアヴェインを追え!」
「それがいい!」
ジーンも、レイモンドの案に賛成する。
「あいつ、先に地下二階まで突破する気だぞ!」
もっとも抑えるべきリーダーのボスと、実行犯がいる場所。
地下二階の西に、その闇医者が構えている研究部屋。そして東に、取引き場所にもなっているリーダーの部屋があった。
ジーンの叫びを聞いた途端、マリアは迷わずそこまでの通路の邪魔者をどかすべく、剣を構えた。
「分かった。すぐ向かう」
低く構えを取って、峰打ちの用意で刃を向けて剣を背に担ぐ。
その姿勢に、グイードとレイモンドが「えっ」と目を剥いた――それは、ジーン独特の剣技の形の一つだった。