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四十二章 その動きの中でもう一つ(5)

 着地した反動で、マリアの大きなリボンとスカートが揺れる。


 彼女の空色の目は、向かってくる他の男達の喚きを見据えていた。


 ――数十二人か。そこそこ連れて来たな。


 マリアは、バックステップですぐさま後退した。気付いた人々が騒ぐ中、前を見据えたままアーシュの腰の剣の柄を握った。


「アーシュ、借りるわよ!」

「えっ、あ!」


 アーシュの言葉は間に合わなかった。


 直後には抜刀し、マリアは弾丸のように前に飛び出していた。二人に絶対に近付けさせるもんかと、一直線に敵の集団に向かう。


「バレッド将軍! さっさと来ないか!」


 叫びながら、対峙した二人から力任せに降り降ろされた剣を、両手で掲げた剣で一気に受け止めた。


 正面からいった少女の細腕に、その重みがずしりときた。


 ぐっと奥歯を噛み締めてこらえた。横から、別の男が向かおうとするのが見えて、「チイッ」と舌打ちした。


「バレッド将軍!! お、そすぎる…!!」


 マリアは片手で剣を無理やり支えると、スカートを払ってナイフを引き抜き、横から飛び出していきそうになったその男へ放った。


 殺しなら、よく知っている。


 咄嗟の判断で軌道をそらして、致命傷にならない男の太腿にナイフを打ち込んだ。


 男が悲鳴を上げて崩れ落ちた時だった。逃げ惑う人々をかきわけて、抜刀したバレッド将軍がようやく合流した。


「このお方が、誰か分かったうえでの不届きか!」


 野獣のような轟きが響き渡った。バレッド将軍が熊みたいな大男ということもあって、その存在感は一瞬、相手の男達の集中を削ぐ。


 今が、絶好のチャンスか。


 マリアの青い目が、剣を交えている男を捉えたまま冷たさを帯びた。


「――アーシュ、無理なら二人で一緒に目を閉じていて」


 不意に、祈るような静かな声が、マリアの唇からこぼれ落ちる。


 その一瞬後、彼女の目から全ての迷いが消えた。剣が男の力が弱まった部分を突いてはねのけ、その刃が浅く胸板を斬り裂いた。


 もう一人の男も、瞬きののちに同じく斬り捨てられる。


「バレッド将軍っ、左だ!」

「分かっている!」


 マリアが次に剣を振った時、既に一人を沈めていたバレッド将軍が、左側にいた半分の男達へと狙いを定めた。


 二人で完全にルクシア達の前を遮り、同時に敵を峰打ちで思いっきり吹き飛ばす。


「殺すなよっ」

「それもっ、承知!」


 ふんっとムキムキの筋肉を盛り上げて、バレッド将軍が加速する。正面からぶつかりにこられた男達がたじろぐも、あっという間に剣を交えていた。


 マリアはもう一人を吹き飛ばすと、癖のように剣を振り払った。


 崩れ落ちた男を見届けず、彼女の目は既に毅然と次の標的へ向いた。


「お前が最後だ」


 告げるその横顔は、凛として不思議な尊厳をまとっていた。カチリ、と彼女の手が下で剣の刃の向きを少し変える。


 男がうろたえたが、マリアは待たなかった。左側の男を全て伸したバレッド将軍が、動く前にと一気に間合いを詰めた。


 ――その直後には、勝敗は決まっていた。


 懐に飛び込んだ一瞬後、マリアは剣の刃をそらし、相手の腹に強烈な峰打ちを打ち込んでいた。


 苦悶の声を上げて、ドウッと最後の男が崩れ落ちる。


 騒ぐ人々の向こうから、駆け付ける警備隊の到着を知らせる声が聞こえてきた。



 警備隊が合流したのち、バレッド将軍に任せた。

 保護される形で、ルクシア達と共に馬車へと先に乗せられた。マリアは警備隊の男が出たのち、怪我がなかった二人と向き合った。


「アーシュ、剣、勝手に借りてごめんね」

「いや、いいんだ……」


 おずおずと差し出せば、遅れてアーシュが受け取った。


 返すのが少し遅くなってしまったのは、剣についた血を拭き取るためだった。アーシュは顔色が悪くて、マリアは察して心配になった。


「見てたの? 目を閉じて、と言ったのに」


 思わず気遣う声をかけたら、彼がパッと見つめ返してきた。


「バカ言えっ、友達が頑張ってるのに、目を瞑っていられるかってんだ!」


 唐突に怒鳴られて、びっくりする。でも直後、マリアはアーシュが黙り込んでいた理由に涙腺が緩みかけた。


「――考えすぎだよ、阿呆」


 思わず、素の言葉で台詞が出た。


 だけれど彼は、怒ってもこなかった。


「ったく、びっくりさせやがって……はぁ。怪我がなくてよかったよ。さすが侯爵家だな、護身術も本格的でビビッた」


 安心したのだろう。剣を鞘に戻したアーシュが、座席に深く座り直して前髪をくしゃりとした。


「ほら、お前も座れって」

「うん」

「向かい側は、バレッド将軍でいっぱいになるからな。俺ら三人で座った方がいいだろ」

「そうね」


 マリアが答えると、一安心したルクシアが右隣りをぽんぽんと叩いてきた。促されるまま腰を下ろせば、手を握られる。


「マリアは、大丈夫ですか?」

「はい。私は平気ですよ。ありがとうございます、ルクシア様」

「アーシュも、よく頑張りましたね」


 続いてルクシアが、彼の方の手も握ってそう言った。少し下から覗き込まれた彼が、途端にほんのり頬を染めて照れた。


「いや、俺がこの中じゃ一番年上ですし……頑張らなきゃいけないのは、俺で」

「友達に、年上も年下も関係ないでしょう」

「そう、ですね」

「うん。そうよ」


 目も閉じないで、ずっと見守ってくれていた。


 気丈に耐えて、失神もしなかったアーシュをマリアは思った。ルクシアが引っ張ってきたので、二人は自然と彼に寄りかかった。


 気付いた時には、互いに手を握り合っていた。


 しばらく温もりを感じていた。それだけで、不思議と心が落ち着いてくる気がした。


「恐らく、初めの、頑固な私の目立った行動がいけなかったのでしょう」


 ルクシアが、ぽつりと不意に述べた。


 それは、メイドの転落死の件を調べていた時のことだろう。彼は誰かに頼ることを知らなかった。そして責任感も強かった。


「ルクシア様……」


 マリアは、そっと頭を起こして、自分より少し目線の低い彼の横顔を見つめた。アーシュも心配そうに彼を見ている。


「そして恐らく、ライラック博士も同じです」


 ゆっくりと、ルクシアの目に力が戻ってくる。


 マリアとアーシュは、彼が言いたいことに気付いてハッとした。まだ誰も座っていない向かいの座席を、ルクシアが見つめながら続けた。


「なんらかの形でライラック博士は〝いつも違う動きである〟と知られてしまった――そこで誰かに、動向を窺われていた可能性があります」


 先日、なんでもない、気のせいだ、大丈夫であると弱々しい笑顔で言っていたライラック博士を思い出した。


 ――でも、気のせいではなかったのだ。


 ライラック博士は、確かに〝誰かに見られていたのだ〟とマリア達は察した。

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