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四十二章 その動きの中でもう一つ(4)

「アーシュ、聞いて。何度か言ったことがあると思うけど、私は『護衛の達人』なの。剣だって扱えるの」

「まぁ、女にしては力ありそうだしな」

「ううん、剣をうまく持てるとか持てないとかじゃなくって。それなりに〝振れる〟くらいには、基本もできてるってことなのよ」

「最近の令嬢付きメイドって、木刀も少し触らせたりするのか?」


 あ、だめだ。これ、全く信用されてない。


 マリアは、よく分からないぞというアーシュを前に諦めた。


 彼は騎士として剣を学び続けた。まさか女性が、そんな自分以上に剣や体術に触れているとは思い付かないらしい。


 傭兵だって女性はいるし、もしかしたら相当なお坊ちゃまだったりするのだろうか?


 思わず見つめ合っていると、ルクシアが溜息交じりにこう言った。


「とりあえず、あなた方が似たり寄ったりであるのはよく分かりました。色々と欠けているものも多いな、とも感じました」


 似ている……え、どこが?


 それぞれ、全く思い当たる節がなくて、一体どういうことなんだろうなとマリアとアシーュは見つめ合う。


 マリアは、彼の勉強出来るところや女性恐怖症を思った。アーシュはアーシュで、彼女の脳筋で大雑把でトラブルメーカーなところを考えていた。


「ここを行けば、学会の建物の一つが見えてきます」


 ややあってから、説得も何もかも諦めた様子でルクシアが告げた。そこで二人の思案の時間は、一旦終了となった。


             ※※※


 論文を提出し、施設内にある書物庫に案内された。


 そこには彼が表上、引き続き進めている毒薬学の研究分野のもの、そして新たに頼んでいた例の毒のための研究資料などか用意されていた。


「ルクシア様は、学に対してご理解が深く、勉強熱心で関心しております」


 案内した学者の男に、ルクシアは目を合わさず頷く。


「そうですか」


 たったそれだけの返答だった。マリアとアーシュは、久しぶりに人見知りを発揮している彼を見た気がした。


 相手の中年の学者を見れば、ルクシアを個人的にも尊敬し、気にかけているのが分かった。


「今度、また集まりがあるのですよ。いつでもご参加をお待ちしています」

「時間が合えば、その旨を返事します」


 社交辞令だ。ルクシアは資料や本の礼を述べると、ぺこりと頭を下げ、早々に回収へと移って退出した。


 取った資料を、二つの袋に分けてマリアとアーシュが持った。


 建物を出てからずっと、ルクシアは白衣のポケットに手を入れて歩いている。華奢な肩をすぼめ、まるで誰からの視線だろうと取り合わないとするかのようだった。


「さて、菓子を買って帰りましょう!」


 よしと意気込んで、アーシュが彼の手を取った。


「えっ、あ」

「ルクシア様、こっちですよ」


 大きな眼鏡がややずれたルクシアが、つぶらな金緑の目を大きく見開いている。


「アーシュ、そう急がなくとも――」

「マリアが食べたくてしょうがないそうです」


 さらっと、唐突に自分のせいにされた。


 まるで菓子が食べたくて付いてきたように思われるではないか。さすがに十六歳なのに、そんな子供っぽいことはちょっとヤだ。


「ぐっ、このヤロ」


 しかし、言いかけた直後、菓子、という言葉にルクシアの雰囲気が和らいだのをマリアは感じ取った。


 ライラック博士の件は関係なく、本当に気になってはいたみたいだ。


 なんて可愛い。是非あーんして食べさせたい――じゃなくて、と、マリアは慌てて得意の少女笑顔を炸裂させた。


「そうなんですルクシア様! 私、お菓子も大好きなので!」


 うふふふ、と口元に手をあててマリアは少女らしく笑った。協力してやったのに、ルクシアの向こうでやや引いているアーシュにイラッとした。


(なんでそこで引くわけ?)

(いや、久々に見ると似合わねぇなぁ、て)

(失礼な。普通の女の子スマイルです!)


 歩きながら、タイミングを見計らってひそひそ交わした。ルクシアは初めて見る通りを、きょろきょろとしていた。


 人気商品で売り切れもあるというその菓子店には、女性客が多く集まっていた。


 マリア達も、菓子を買うべくその列に並ぶ。


 ――普段、アーシュはここに平気に並んでいるのか。


 マリアは、ほんの少しだけ謎に思えた。第二王子であるジークフリート、または友人達となんの疑問も覚えていない風景を浮かべて首を捻る。


「ん?」


 だが、その店のマークを見て考えが変わった。


 それは、騎馬総帥レイモンドが推している若い精鋭部隊で、よく「ちょっと抜け出して菓子買ってくる!」という自由っぷりも発揮している呑気な騎馬隊の男達が、腕に抱えていた菓子袋にもあったマークだった。


 そうか、奴らもここの常連なのか……。


 いい大人が、部隊の班で押し掛けて何をやっているのか。いや、でも、まぁ、それくらいに美味しいのだろうと、ひとまず納得することにする。


 しばらく話しながら待っていると、やがて順番が回ってきた。


 ルクシアは、こういうところに立ち寄るのは初めてのようだ。


 アーシュに説明され、店員に教えられながらショーケースを眺めるルクシアは、十五歳よりもずっと年下の、普通の男の子にも見えた。


 ――正直、めちゃくちゃ可愛い。


 マリアは爽やかな笑顔で、心身共に癒されていくのを感じながら外出を感謝した。ついでに菓子案を考えてくれたアーシュの背も崇めた。


「……後ろのマリアが、かなり気になるんだが」

「……ひとまず私達の方で、マリアが好きそうな物を選んでしまいましょうか」


 悪寒を覚えたルクシアが、不思議がりながらアーシュにひそひそ伝えた。


 店員も親切で、賞味が持つ順に紙袋にメモしてくれた。それを二つの大きな袋に数個ずつ入れて、マリアとアーシュは礼を告げて受け取った。


「甘い匂いがしますねぇ」

「コーヒーに合いそうな物も、オススメで見繕って頂きました」

「良かったですね、ルクシア様」


 マリアが横から微笑みかけると、彼がぷいっと顔をそむけた。


「どうかしたんですか?」

「……そうやって自分のことのように喜ばれると、少し恥ずかしいです」


 やや唇を尖らせたルクシアは、年相応の表情で照れ隠しをしていた。幼さが残る頬が、ほんのりと赤くなっている。


 やばい、なんてことだ――めちゃくちゃ可愛い。


 マリアは、見事な紳士笑顔で固まった。きらきらとしたオーラが出ている彼女に、アーシュがギョッとする。


「やめろよっ、なんか危ない感じが出てるからっ」

「微笑ましげなことを考えているだけだよ」

「ほら、口調からしてもう変だぞお前っ」


 間にルクシアを挟んで、ぎゃいぎゃい言葉が飛び交う。


 ルクシアは、自分より少し高い位置にある二人の顔を見上げる。そして「ふはっ」と口元に小さな笑みをもらした。


 そのまま来た道を戻るように、王都の通りを進んだ。


「帰ったら休憩を入れましょうか。ライラック博士には、一人で頑張って頂いていますし」

「それ、名案ですね」

「土産分も買ったし、喜んでくれると思いますよ――ちなみにお前の持ち帰る分もあるぞ、マリア」

「え、そうなの?」


 思わずパッと見上げたら、アーシュの横顔で得意気に笑う。


「今日は俺の奢りな」

「アーシュありがとう!」

「やめろ抱き付くのはよせっ」


 さっとアーシュがかわした。咄嗟に止めたルクシアと、寸でのところでハッと我に返ったマリアは、三人揃って危なかったと息を吐いた


「ったく、マリアはすぐ忘れるよな」

「まぁ、私も似たようなものですが……」


 そうアーシュとルクシアが話す中、マリアは、ふっと前方に気を引かれた。


 そこにあるのは人混みの光景だ。しかし、同じように向かってくる者達の中で〝色が違っている〟ような強い違和感を覚えた。


 ――あ、まずい。


 前世で軍人だった頃の感覚。そして、現在、戦闘メイドとして戦い続けているマリアの感覚が、相手は敵であると感知させた。


 その次の瞬間、視線の先で複数人の男達が駆け出す。


「アーシュ! ルクシア様をかばって!」


 マリアは叫ぶと、袋を押し付けて動き出した。「は……?」と呆けた声を上げたアーシュが、不意に顔色を変えてルクシアの前に立った。


 向かってくる男の手には、剣が握られていた。


「マリア危ない!」


 アーシュが、マジかよと青い顔で警告の声を上げた。


 だが、そんな緊迫した大声を背で受け止めるマリアは冷静だった。長いダークブラウンの髪を揺らし、集団の先頭をロックオンする。


「――平気よ。私、そこそこ強いの」


 マリアは跳躍すると、相手の男の首横に回し蹴りを叩き込み、その勢いのまま地面へと叩き付けた。

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