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四十二章 その動きの中でもう一つ(3)

 どちらも専門分野のことになると、同じくらい没頭する。オブライトだった頃にも、そういった人達と関わりが合ったからマリアも知っていた。


 そういえば、アーシュと二人で引っ張り出すのも時々ある。


 だというのに、ここ最近は『バラバラ事件』で席を外していたりしていた。そのタイミングで、彼一人に任せっきりになっていたことを少し申し訳なく思う。


「ちょうど、騒がしい彼もいませんから」

「ああ、ニールですか?」


 マリアは、ぶかぶかの白衣の袖から手を出して、コーヒーカップを持っているルクシアを見た。ふぅと息を吹きかけている様子が、大変愛らしい。


 微笑ましくなって、笑顔で「そうですね」と続けた。


「ニールさんは大臣のところの部下ですし、昨日も忙しくされていたみたいなので、サポートにあたっているんじゃないですかね」


 多分、と思いながらマリアは述べた。そういえば、あのあとグイードの方は大丈夫だったのだろうかと、今更になって気になってきた。


 ――彼のことだから、うまくやったのだろうけれど。


 普段は、ジーンと同じくらいの問題児だ。しかしグイードは、かなり〝頭が切れ〟て、仕事ができる男でもあった。


「道中の近くにある菓子屋を、ルクシア様に紹介する約束してんだ」

「え? お菓子屋さん?」

「おぅ、これからルクシア様が行くところの近くに、最近かなり人気の菓子屋があってさ。土産に買って、こっちで食べようぜ」


 そう誘われたマリアは、また意外な言葉をまた聞いた気がして、空色の目を瞬く。


「アーシュ、意外とお洒落なところを知ってるの?」

「意外とってなんだよ。学生時代から、よくキッシュ達とは王都内を回ってる」


 ちょっと不貞腐れ気味に、アーシュが頬杖をつく。


「たまにさ、ジークに付き合っていいところの味を探したりもするし、一般から高級までいくつか名店も押さえてる」

「それはすごい」

「ありがとよ」


 マリアが素直に褒めると、言葉使いを指摘せずにアーシュが知った仲で答えた。ライラック博士が、それを見守ってくすくす笑っている。


 その時、ルクシアがコーヒーカップを置いた。


「実は、私もそれを少し楽しみにもしているのです」

「え? そうなのですか?」

「はい。昨日、帰る前にアーシュに相談したら、色々と聞かせてくれたのです」


 あまりお菓子は進んで口にしないのだが、とても美味しらいのだと、ルクシアが少しそわそわした様子でぽそぽそと答えた。


 そんなルクシアの発言で、マリアの思考は一気に変わった。


「それはいいですね! 実は私もっ、いい提案で楽しみだなぁと思っていました!」

「本当ですか?」


 力いっぱい言ったマリアに、ルクシアがホッと手を胸にやった。


「良かった。マリアも喜んでくれると思いまして、アーシュと話し合って一つの店を決めたんです。本当に色々と置いてあるお菓子の専門店だそうです」

「ふふっ、そうなんですね。とても楽しみです!」


 マリアは、あざとく小首を傾げてにっこりと笑い返した。


 横からアーシュが、こっそりマリアを呼ぶ。


「おいマリア、それ本当か? かなり無理があるような」

「私の笑顔に嘘があるとでも?」

「……なら、笑顔で威圧してくんなよ」


 にこっと爽やかな笑顔を向けられて、アーシュが「なんか切れると怖い上官に凄まれている気分だ」と身を引いた。


 あのルクシアが、楽しみにしているだなんて素敵なことだ。


 マリアは、それなら付き合わないとなと思った。ジョナサンからの忠告は気になるが、必要なら、自分が守ればいい。


 それに『部下の方をここの護衛で置いていく』のなら、恐らくバレッド将軍はルクシアをストーカー――じゃなくて、護衛として付いてくるはずだ。


 二人ならば、怪我一つさせず守れる自信も二割増しだった。


「仲がよろしいようで、ようございました」


 様子を見ていたライラック博士が、深みのある穏やかな声で笑った。


「ルクシア様は、お二人を喜ばせたい考えもあって、そうご提案されたのですねぇ」


 そうであったのかと、どこか心配していた部分から解放されたみたいに、ライラック博士がコーヒーカップに口を付ける。


 ルクシアが、初めて少し間を置いた。


「――ええ、そうです。そして私自身も自分がやっていることに、きちんと労力を裂きたいと思っていますから」


 立派な発言であると、ライラック博士はしみじみとした。マリアもアーシュも、言葉にじーんと感動してルクシアの本心を探るに至らなかった。


             ※※※


 研究私室にライラック博士を残し、三人で王宮を出た。


 多い人通りの中、気ままに話しながらルクシアの歩調に合わせて歩く。

 ルクシアとアーシュの白衣は、街中だとやや目立つ気もした。しかし、学者が多い通りに差しかかると少しは紛れた。


 ふと唐突に、ルクシアがある方向を見て足を止めた。


「あの通り、見えますか?」


 そう言って、ルクシアが白衣の袖口から華奢な指を向ける。


 マリアとアーシュは、不思議に思いながらも彼の指先を目で辿った。そこには建物に挟まれて一本の道が通り、水路の上を渡るアーチ状の階段もかかっているのが見えた。


「ライラック博士が、視線を覚えたところの一つ、であるらしいです」


 唐突にそんなことを言ったルクシアの目が、そのままマリアへと向いた。


「〝令嬢付きメイドで護身術の達人〟のあなたから見て、どう思いますか?」


 そう問われて、不意にマリアは気付く。

 もしかしたら、ライラック博士が以前そう口にしていた時、彼も気になっていたのかもしれない。


 だから、今回は自分が行くと?


 ライラック博士の身を思ったのも、理由にあったのかもしれない。


 ルクシアは王宮内で毒物騒ぎがあった時に、マリアが〝そのへんの賊なら討てる〟くらいには剣の腕はあると、察しているところもあった。


 そこで戦える者として、マリアの意見を求めているのだろう。


「そうですね。――このあたりなら、死角もたくさんあるかな、とは」


 マリアは、冷静な眼差しをそちらへ投げて真面目に答えた。オブライトだった頃、護衛をしていた際このあたりも気を付けていた場所ではあった。


 名誉教授バーグナーが、借りていた部屋の一つが近くにあったから。


 その時、アーシュが溜息をもらした。


「メイドが護衛の真似事ってのも、どうかと思うけどなぁ」


 真似事、ではなく、本当に護衛なのだ。


 マリアは、リリーナのそばでも戦闘員としてあった。それはアーシュとの活動を命じられた際にも、何も変わっていない。


 ――彼の代わりに、戦力を補う。


 それが、そもそものマリアの役目だった。彼は剣の腕はあるけれど、女性恐怖症だけでなく血も全くだめで。


 何かあった時には、彼に代わってマリアがルクシアを守る。


「お前が凶暴なのは知ってるし、あの赤毛だって沈めたりできるけどさ」


 マリアがなんとも言えないでいると、アーシュがやや呆れたような目をして、隣から顔を覗き込んできた。


「お前は女の子なんだからさ、無理すんなよ」


 近くを擦れ違った若い女性達が、ほんのり頬を赤くして見送る。


 そんな中――マリアは「え」という真逆の表情を浮かべていた。


 言われ慣れない言葉に、どう説明したらいいんだろうなと、彼女は本気で悩んだ。


 剣の腕はかなりあると見ていたルクシアは、アーシュの言葉にも同意であるが、マリアには言いたいこともあるような珍しい表情をする。


「マリア。ひとまず、その表情はやめてあげなさい。紳士的な気遣いですから、アーシュもきっとショックが――」

「ルクシア様、こいついつもの表情ですけど?」


 不思議そうにアーシュが口を挟んだ。


 ルクシアが、今度こそ黙り込んだ。マリアはそのそばで、アーシュにこそっと続けた。

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