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四十二章 その動きの中でもう一つ(2)

「あんた、本気でこの調査任務とやらに関わってるわけ?」


 今や二十六歳の大人になったファルガーの目が、ただの少女になった今のマリアを、じっとその目に映し出している。


「あんたは女の子で、小さくて子供で、アーバンド侯爵家のメイドだ。それなのに王宮の軍人の、まるで正義の味方みたいに現場にまで突入しちゃったりするわけ?」


 ファルガーが唇を尖らせて、そう確認してきた。


 ただ吹っ掛けているだけなのかもしれない。そんなこと、とくに初見であれば想定もしないことだろう。マリアは困ったように笑った。


「あなただけが答えるというのもなんですから、私も正直に答えます――恐らくは、まぁ、そうなるかと」


 頬をかきながら、マリアはぎこちない愛想笑いを返した。


 答えたあとになって、これ、明かしてよかったことなのかなとは思う。でもポルペオも静かだし、ガネットファミリーの人間なら多分大丈夫なのかもしれない。


 ちらりと目を向けてみると、ポルペオは早速ファルガーへ目を戻していた。


「で、どうなんだ?」


 焦れたように彼が急かした。


 するとファルガーが、一呼吸を置いて――作った表情を溜息と共に解いた。


「嘘だよ。でも俺は、悪くねーっすよ。なぁんも悪くない。関わってないし?」


 ポルペオのこめかみに、小さく青筋が立ち始める。マリアが「まぁまぁ」となだめるのを、ファルガーが見てこう続けた。


「一言でいえば、軍が気にもかけないような、変わり者の闇医者っすよ」

「闇医者で間違いないんだな?」

「そっ。でも免許だって持ってる。資格も驚くくらい多く取得していて、手術から薬剤の調合まで精通してるんスよ」


 つらつらと、ファルガーが先程のことが嘘みたいに述べていく。


「一番得意なのは、闇医者時代に始めた実践からの解剖。捌くのが、とりあえず好き。だから免許を取っての研修期間は、死因調査の仕事にちょっと就いてた」


 と、そこで不意に彼の話は終わった。


「俺が知ってるのは、このくらい」

「そこまで知っているのなら、相手を分かっているだろう」

「だーめ。あんたらが押さえるのは、人間じゃなくて〝悪〟だよ。そうしないと、やりづらくなるのは、おたくらでしょ」


 ひょいと立ち上がって、ファルガーがポルペオの伸ばした手をよけた。


「しっかり解決して、死刑にするなり処分するなり、やってあげてよ。ガネットさんの範囲外だからね――止めるのは、あんたらだけだよ」


 ひらひらと手を振って、ファルガーがさっさと歩き出した。


 マリアは、ポルペオと共に彼の姿が人々の間に消えていくのを見送る。そのくしゃくしゃの目立った髪の後ろ姿は、次第に小さくなっていく。


「彼、確か『範疇外』で『止めるのは国王軍だけ』みたいなことを、言ってましたよね」


 ファルガーの姿が、完全に人混みに紛れたところでマリアは言った。


「まるで、王国軍にさせたいみたいにも取れました。……もしかしたら上だけでなく、自分の部下にも『待て』と指示し続けていたんじゃ」


 どうしても法の下で、裁きたい理由でもあったのだろうか。


 そんなことを考えながら口にしていたマリアの言葉を、ポルペオが遮った。


「そう勘繰ると、あとでやりづらくなるぞ。あいつが言っていた通りにな」


 彼がマントを翻した。気付いたマリアは、ファルガーと反対方向へと歩き出した彼を追いかけて、その隣に並んで「いいえ」と答えた。


「たとえ心で思ったとしても、剣に迷いは出しません」


 ――己れに誓いを立てた。そして、()の人に忠誠を誓った。


 どんなに悪魔と罵られようが、嫌われようが、自分にできることは(これ)だからと――オブライトは全部受け入れたうえで、剣の道を取ったのだ。


 ポルペオが、太い黒縁眼鏡の下からジロリと目を向けてきた。


「――そうか。私もだ」


 その黄金色の目が、また珍しい雰囲気で眇められて、ポルペオが〝今〟に集中するように前方へ目を戻した。


 マリアは横を歩きながら、自分がオブライトだった頃を思う。


 少年時代、生きるために剣を持って荒野を歩いた。


 初めて見た町で、受け入れてくれた人達。敵の侵入騒ぎがあり、彼らを守ると決めた時にカチリと道が定まった気がした。


 ポルペオにとって始まりが、なんだったのかは知らない。


 でも、きっと彼も自分と同じように、いまだにその時の〝火〟を胸に灯し続けているのだろうとは分かった。



 王宮に戻ったら、大臣衣装のジーンに「羨ましすぎる」とか変なことを言われて突進されかけた。

 止めてくれたのは、師団長の正装に身を包んだグイードだ。


 これからまた必要な用向きでもあるらしい。真面目な仕事の時にはちゃんとやってくれるのだ、さすが先輩軍人――と見直したのも束の間だった。


「ジーン今はまずいって! なんのために俺が、お前の護衛させられてると思ってんだよッ。あとでロイドに殺されるだろ!」


 ……なんだ、保身か、とマリアは思った。


 ぎゃあぎゃあ言いながら、王宮の別方向へと行くジーンとグイードの様子を、ポルペオは苦い表情で眺めていた。


「馬鹿者め。いつも騒がしい奴らだ」


 確かにその通りだなぁと、マリアも思ってしまったのだった。


             ※※※


 その翌日、昼食を終えたあと、薬学研究棟の研究私室で意外な言葉をルクシアの口から聞くことになった。


「えっ、外出ですか!?」


 思わずびっくりして声が出た。


 けれど女の子であるという点で疑念を抱かれなかったのか、皆淹れたてのコーヒーを飲みつつマリアを眺めていた。


 そこにはルクシア、アーシュ。そして再び続き部屋で作業すべく、研究私室へと戻ってきたライラック博士の姿があった。


 ややあってからルクシアが、コーヒーカップから口を離して「はい」と答えた。


「学会の論文を持って行く都合もあります。その名目で、私が研究に必要な資料を取りに行こうかと思いまして」


 それは、普段ライラック博士がやっていたことだ。


 急な提案にも思えて、マリアはちょっと動揺してしまった。ジョナサンに先日忠告されていたこともある。


 するとライラック博士が、やや苦笑を浮かべた。


「ルクシア様が『近くですから』と、ご足労を断固として譲らなかったのです。そこで、私が続き部屋に残って作業を続けることに」

「バレッド将軍の部下達をお借りして、ここの護衛をするようお願いしてあります。問題ありません」


 間髪を入れずルクシアが堂々と言った。


 おや、とマリアはちょっとばかり気が晴れる。毎日ストーカーのように張り付いているだけあって、ルクシアもバレッド将軍に少しずつ慣れ始めているのだろうか?


 それなら良き兆候である。


 そんなことを思っていると、アーシュがマリアに言ってきた。


「気分転換にもいいじゃねぇか」

「え。ああ、うん、そうなんだけど……」


 いつもだったら、マリアもそう思っただろう。


 王宮の薬学研究棟に引きこもっている、毒薬学の第三王子。ルクシアは必要以外、学会の機関や施設にもあまり足を運ばないお人だった。


 そんな彼が、自ら『行く』と発案したのは良いことだ。


「なんか問題でもあんのか?」


 ふと、アーシュが不思議そうに言う声が聞こえた。


 思案も途中のまま、マリアはパッと彼を振り返ると顔の前で手を振った。


「いやいやいや、問題なんて」

「ついでに、休憩でも取れるといいなと思ったんだよ。……お前が席を外している間に、何度か修羅場もあったし」

「修羅場?」


 ぼそり、と呟かれた言葉が気になった。


 マリアが覗き込むと、視線をそらしたアーシュが唇を尖らせる。


「ライラック博士共々、俺一人で、休憩にと引っ張り出すのに苦労した」


 ……研究者の鑑だなぁ。

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