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四十章 「我らは、正義ができないことを」(1)

 西日が、王宮の奥にある階上の一室に差し込んでいる。


「うむ。我が国の王都は、実に美しい」


 一つの話が済んだところで、男達が紅茶で改めて喉を潤していたところだった。ふと、そんなのんびりとした声が一つ上がる。


 そこには、四十代以上の男達が集まっていた。


 国王陛下アヴェイン、そしてアーバンド侯爵、そして数人の男達と――ベルデクトの姿があった。彼が窓を見やって、ほぅと呟いたのだった。


 集まった七割の者達は、ギクリと緊張して紅茶が喉を通らない。


「気に入ってもらえて何よりだ。先代侯爵」


 アヴェインが、気を楽に言葉を返した。


 ベルデクトは視線を戻した。ティーカップを戻すと、柔和な笑顔で恭しく紳士としての作法で頭を下げる。


「いやはや、陛下。このご老体には、勿体ないお言葉でございます」


 まるで演技かかったような、舞台公演に立つ役者みたいな耳に心地よい口調だった。彼はアーバンド侯爵が持ってきた菓子を、ひとつまみして息子を見た。


「アノルド。お前の用意する菓子は、最高だね。あの料理長のかい?」

「そうですよ、父上がご所望されるかなと思いまして」

「お前は、父である私をよく分かっているねぇ」


 ガリッ、とベルデクトが頑丈な歯で菓子を割った。


 並んで見てみると、その親子は目の薄い藍色が同じだと分かる。しかしながら、雰囲気があまり似ていないことも分かった。


 アノルド・アーバンドの代で、一族は色々と変わった。


 そして侯爵の座を引き渡してから、ベルデクトはいよいよ化けの皮が剥がれた。


 ――否、我慢しなくなった、という方が正しいのかもしれない。


「ガネットのところへは、これから行くのか?」


 アヴェインが、次の行動について確認する。


「久々に、あの坊やの顔を見てあげようと思いましてね」


 答えたベルデクトが、ただのお爺さんみたいに笑った。


「私は彼より、彼の前の『ガネット』の方と付き合いが長いもので、どうも見ないと忘れてしまいそうなのです」

「父上の場合、覚える、覚えない、を頭で切り替え過ぎなんです」

「おや、お前はそのへんを潰す虫の顔を覚えるのかい? はぁ、やれやれ、我が息子は本当に〝優しい〟」


 同席している男達がゾッとする。


 けれどベルデクトは、それが〝おかしい〟とは全く気付いていない様子だった。自然とそう答えた様が、より彼らを震え上がらせるのだ。


「――オースティア王国は、早速戦争を起こしたか」


 先の土産話を思い出しつつ、アヴェインがティーカップを戻した。


「もともと、侵略を進めていた国を攻め落とした、という方が正しいでしょうな」


 ベルデクトが、一つ頷いて答えた。


「周辺国の戦争が、おかげで止まりましたがね。うちのアノルドに連絡したら、ついでにルーフ国への部隊を半分削れませんかと、このご老体に無茶な要望が来たもんだ」


 ふぅと鼻で溜息を吐いた。だが、その次の瞬間、彼の表情は獰猛さを隠せない笑みを浮かべる。


「ま、やったがね。私と、〝私のメイド達〟だけで十分だった」

「御苦労だった」

「いえいえ」


 それはどうもと、ベルデクトが立ち上がりざまに紳士の礼を取る。


「それにしても、はぁ。次々に人が死んでいく光景とは、悲しいものだね」


 ベルデクトは帽子を被ると、両手を広げて嘆きの声を上げた。その仕草も、表情も、声も、実に演技臭いものだった。


 アーバンド侯爵は、にこっと控えめに微笑む。


「父上。どうか、ほどほどになさってくださいね」

「お前は、相変わらず〝うまい〟なぁ。だがね、私も高齢だ。ここまで老いると、正直になるというものなのだよ」


 ベルデクトは、そこで己の皮をかなぐり捨てる。


「いいかアノルドよ、殺しは、楽しい! 正当な殺しであれば、それは我が愉悦よ!」


 言い放たれた言葉に、アヴェインとアーバンド侯爵以外の男達がビクッとした。思い思いの目を向けられ、気付いたベルデクトの笑顔が狂気で歪む。


「なんだい、言いたいことがあるのかい?」

「い、いえ」

「言っておくがね」


 ベルデクトが、怯えた男達を獰猛な笑みで覗き込んだ。


「――お前さん達〝正義〟がでできねぇことを、ワシらがするんじゃねぇか」


 凄まれた男達が息を飲む。口から出されたのは、隠しもしないベルデクト・アーバンドの素の言葉だった。


 とてものびのびと余生を楽しんでいる父に、アーバンド侯爵は安心して微笑んだ。


 その視線を感じた彼が、「ふっふふふ」と細すぎる肩を揺らした。


「お前の目は、我が最愛の妻と本当に瓜二つだよ」

「おや、照れていらっしゃるのですか?」

「そりゃあ可愛い息子だもの、心から幸福を願われて見守られたんじゃくすぐったいね。ああ、そうだアノルド、可愛い私の孫達と、そしてお前の家族達にもお土産を買ったんだ。あとで屋敷で受け取ってくれ」


 そう言い残したベルデクトが、役者みたいに一旦帽子を取って


「――それでは、陛下。私はこれで」


 アヴェインに恭しくまた挨拶をした。のんびりと出ていくその後ろ姿は、まるでただの普通の優しい人間(ろうじん)みたいだった。


             ※※※


 レイモンドとポルペオとの一件があったが、王宮から帰ったあと、マリアのメイドとしての仕事はいつも通り過ぎていった。


 変わったことは、屋敷に馬車の訪問があったことだ。


 アーバンド侯爵が帰宅して少し経った頃、大量の〝お土産〟を乗せた馬車が、侯爵邸に来たのである。


「こりゃあ随分と大荷物で」


 料理長ガスパーが、面白がった顔をしていた。


 それはアーバンド侯爵の父からだった。名前付きで、一人ずつ全て違った品物が用意されていた。


 お菓子やお酒、服、コーヒー豆、もう色々なものが大型の馬車の荷台ぎっしりに詰まっていた。双子のメイドも大絶賛の装飾品。マーガレットが欲しがっていた本の新作もあった。


 ――先代侯爵、ベルデクト・アーバンド。


 拷問侯爵だなんて言われているけれど、血の気を抑えていると、のんびりとした愉快なお方だった。


 一旦帰国し、このお土産を「家族に」と届けてくれたらしい。


 リリーナも、祖父からのお土産を大変喜んでいた。アルバートは何やら重いものが詰まったリボン付きのものを贈られていて、にこにこした顔でうーんと考えていた。


「俺はお菓子でした! アルバート様は、なんですか?」

「可愛いリリーナの前では、開けられないな」


 その作り笑顔で、尋ねたギースもマリア達も一瞬で事情を察した。


 あの金属音からすると、やっばい物が入っているのだろうと推測された。うん、それなら、見せ合いっこでそのプレゼントを開封するわけにはいかないな。


 でもと思って、マリア達は執事長フォレスが引き留めてくれているリリーナを見やった。彼女は届いた数箱を、メイド達ときゃっきゃ言いながら開封している。


 その時、アルバートが、山になった土産の中を見て気付いた。


「さすがお爺様。リリーナの前では、カモフラージュ用のお土産を開けようかな」

「カモフラージュ用のプレゼントって、ありなんスか?」


 衛兵のニックが、逆にそれ見たいわと首を突っ込んできた。


 それを、アルバートの従者であるマシューが押し返した。彼はどれどれとアルバートが次に持ったプレゼント箱を確認し、頷く。


「それがよろしいでしょうね」


 そう答えたマシューは、故郷産のお酒と、その大剣用の良い手入れセットをもらって嬉しそうだった。


 ガスパーには、この国のものではないいくつもの煙草が、カートンごと箱にたっぷり収められていた。


「――大旦那様も、いきなはからいするなぁ」


 彼は普段の笑顔を浮かべてはいたけれど、その見つめる眼差しはどこか物憂げで、懐かしそうでもあった。


 軍人が愛用している、安い煙草も数種類入っていた。


 その一部は、この近隣国間では見掛けないものだった。大きさも、素材も、個性があって独特な質感だ。


 遠い、遠い国のものなんだろうなぁとマリアは思った。

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