三十九章 懐かしい邂逅と、やばい邂逅(3)
ロイドは、朝からそわそわとしていた。
昨日のパーティーで、マリアと踊った。なかなかいい雰囲気ではなかっただろうか、という思いが掠めるたび、落ち着いてなどいられなかった。
着飾ったマリアは、とても可愛らしかった。
多分、誰の目から見てもとても魅力的だ。
もしかしたら、彼女も少しは意識しているかもしれない。そう期待してしまい、初めてのことに胸はドキドキとして緊張もしてくる。
「総隊長、不調ですか?」
「絶好調だ」
目敏い優秀な右腕モルツに、ロイドは思わず答えた。彼がいよいよ、珍しい感じで疑問顔をしたが構っていられない。
一旦別れたのち、別件の集まりで話し合う。
そのあと、急にチャンスが降って沸いてドキッとした。いつもはなかなか目にかけられないというのに、廊下の向こうからマリアが走ってくるのだ。
――よし、ここは普段の感じで声を掛けてみよう。
ロイドはこっそり咳払いをしたのち、偶然だなという風に軽く手を上げてみる。
「あー、その、昨日は――」
だが直後、マリアは横を猛ダッシュで通り過ぎていった。
走り去った風が、ロイドの髪とマントを揺らしていく。総隊長の声掛けを全く無視した人間の存在に、部屋から出てきた男達が目を剥いた。
その廊下には、たまたま〝大臣の用〟で歩いていたニールもいた。
「え……?」
ニールはぽかんとしたのち、走り去ったマリアが曲がっていった廊下の角と、ロイドを四度見した。
「え。嘘。というか、魔王固まってるけど大丈夫……?」
おそるおそるニールが声を掛けた。
「つか、ロイドがあんだけ完全にスルーされるのも、なくない……?」
思った事を口から全部出すニールは、笑えない冗談を前に、思わず後輩の名を呼んで口元に震える手をやる。
その時、ロイドが静かに動き出した。
「ん?」
腕を肩に回され、屈まされて足を背に引っ掛けられた。ニールが疑問符いっぱいの顔で「まさか」と思っている間にも、嫌なポーズが完成する。
その直後、一気に力が加えられて全部の関節が痛んだ。
「そうやって理不尽に八つ当たりするの、よくないと思う!」
初めてニールが、正当なことを言った。
※※※
――自分が走り去った廊下で、そんな騒ぎが起っているとも知らず。
マリアは、自分の知る限りの近道を使って王宮を駆けた。膝丈のメイド衣装のスカートがばたばたと音を立てていて、擦れ違う王宮メイド達に詫びつつも走った。
指示書にあった待ち合わせ場所に向かってみると、レイモンドがいた。
ちょうど来たところだったようで、衣装の首回りをきっちりと留めているところだった。
「人体実験って、一体何事ですか」
合流するなり、マリアは慌ててこそっと口にした。
昔も、こうして王都や近隣で起こった事件に対して、王国軍としてオブライト達が集められたことがあった。
それは大抵、被害や規模がデカいパターンがほとんどだ。
そう推測しているマリアに対して、まさにといった表情でレイモンドが切り出した。
「たびたびそれ関係の遺体は見つかっていたらしいんだが、大量に遺棄されているのが発覚したらしい」
「なんで、そんな……」
戦争時代と違って、治安だって安定している。
襟元を整えたレイモンドが、小さく頭を振った。
「さぁ。どこから連れてこられた〝素材〟なのは分からない。髪や、肌の色にも目立った特徴はないようでな」
今のところ、判明しているのは国内の人間であること。性別と、おおよその年齢。それくらいにひどい状態の遺体だったらしいとは、彼の言い方でマリアにも分かった。
レイモンドも、こうして動くために空けられた時間は限られている。
二人は早速歩き出すと、通行人達の音に紛れて話す。
「それを、上は把握していたんですか?」
「事件性を考えて、王都の町の方で調査は進められていたらしい」
それが、今回、大量に出た。
死亡時期が、かなり前のものも出たようだ。それでいて、発見時に〝出てきた〟そのモノ達が、まずかった。
「まぁ、なんだ。女の子にこんなことは言いたくないけど」
レイモンドが、ハタと思い出して躊躇いを見せた。
彼は、マリアが戦闘メイドである事は知らない。けれど、さっさと聞きたかった彼女はこう言った。
「こうして臨時の助っ人として手伝わせているのに、今更です」
「うっ、そうだったな。実は……瓶に眼球が入っていたり、そこには皮膚の一部がごっそり固まりで入っていたりするわけだ」
想像して、語ったレイモンド共々、マリアはぞっとする。
昔、そういうことが、なかったわけではない。
しかし〝今の〟フレイヤ王国だ。そんな戦乱のひどい場所だったところみたいなことが、あっていいはずがなかった。
「もしかしたら、例の薬の実験も関わっているんじゃないかと、ハーパーの方の調査を進めている間に調べろと陛下が命令を出した」
確かに、可能性がない、とは言い切れないだろう。
でも……と、マリアは少し腑に落ちないこともあった。
「あまり判断材料も出ていない中で、陛下がそう結び付けて、今回の王国軍参入をご判断されたのですか?」
それは、あの国王陛下、アヴェインにしてはかなり早い結論のように思えた。
うーんとレイモンドが首を傾げて、頬をかいた。
「まぁ、それだけ〝殺人の薬〟に関しては、ピリピリしているみたいだ。違法な武器、毒薬の製造の禁止を強化しているし」
昔、多くの孤児の子供達が、被害者になった事件などもあった。
ああ、とくにそれを警戒しているのかな、とマリアは思った。あの時も、彼はこう言っていたのだ。国の未来を担う者を、早くに失うわけにはいかない、と――。
でも、オブライト達は気付いてもいたのだ。
父親になった彼が、親と言う目線から、子の死に対して憂うようになったことを。
「どちらであったにせよ」
マリアは考えを早々に終えると、ふぅっと吐息交じりに言葉を紡いだ。
「抑えれば、それだけ早く被害は止まるし、あとで事実も分かるわけですよね」
「そういう事だ。どちらにせよ最終的な結果が変わらないのなら、早く抑えるに限る。その陛下の言葉を、側近らも一致して同意した」
レイモンドは、溜息を吐きながら前髪をかき上げた。
「今のところ、発見されている身体の〝部位〟に関しては、全部大人であるらしいけどな」
それでも嫌な事件だ、とマリアは思った。
二人で足早に王宮を歩き、速やかに建物の正面から出た。
「ひとまず、事件の調査をしている警備隊らから、現在までの資料を全部受け取る」
警備を抜け、階段を降りながらレイモンドがそう続けた。
「俺と、マリア。それから、実はもう一人、飛び入りで加わる事になって」
「もう一人?」
マリアは直後、緊張感も吹き飛んだ。二人揃って、待ち構えていた男を目に留めた途端に硬直する。
――そこにいたのは、第六師団のポルペオ・ポルーだった。
なぜか、彼が仁王立ちで腕を組んで待っていた。
相変わらず、度の入っていない黒縁眼鏡をしている。皺を寄せた黄金色の凛々しい眉の下にあるのは、同じ色をした美しい黄金の目だ。
眼鏡もまた大変似合わないのだけれど、ヅラが大変なことになっていた。
マリアとレイモンドは、もう目もそらせなくて顔が引き攣った。
「なんだ、貴様ら何が言いたい」
「イエ、ナンデモ……」
レイモンドが答えるられる状況じゃない。どうにかマリアの方で応答したものの、思わずカタコトになった。