三十九章 懐かしい邂逅と、やばい邂逅(1)
ピーチ・ピンクは、十九歳から二十一歳のチンピラチームである。
リーダーは最年長組みの一人で、スキンヘッドのジャックだ。その頭に、猫を被るようになって、しばらくが経っていた。
だから本人達は慣れきってしまっている。
――だが、被っているのではなく、乗っているのだ。
「うわっ、剥製かと思ったら生きてる!」
ジャックのスキンヘッドの上で、四肢をだらんとして〝猫〟のトラジローが幸せそうに寝ている。
警戒心は皆無。ぐぅすか寝ているものだから、よく間違えられもした。
しかし度量のあるピーチ・ピンクは、そんな周りの反応など気にしない。彼らは、なんと国王軍に雇われたチームなのである。
とはいえ、本人達も正直よく分かっていない。
けれど誇っていた。何せ毎月給料をもらってる。クリアする仕事によっては、臨時で報酬も出たりする。ちゃんと雇われている感じであるし、これ、立派なのでは――。
「つまり、俺らは、かっこいい」
始めての就職の気分で、彼らはやる気に漲っていた。
「ヒュー! 兄貴痺れますね!」
「さすがっすリーダー!」
「どこまでもついていきます!」
届く指示書に、チーム、ではなく『班』と書かれているのも良かった。
よく分からないきちっとした書面の時、次のように書かれているのを見てテンションも爆上がりした。
――銀色騎士団総隊長直属、及び大臣認定外部班。
「もしかしたら、頑張れば俺らも騎士になれるんじゃね?」
「なれるかなー」
「それは無理っしょー」
「ま、そうだなー。それもそっか」
いつも彼らの結論は、口癖のようにこう落ち着く。
「俺らチンピラだし」
現在、ピーチ・ピンク達は国境沿い近くにいた。続いてのお仕事は、国境沿いの町へ〝手紙〟を持っていく事だった。
「忙しくなった〝いつもの人の代わり〟って言ってたけど、何かあんのかね」
モヒカンを、ガイザーが横に傾ける。
自分達を雇っていた『灰猫団』が、捕まったというのは聞いた。どうやら、やっちゃいけないことをやっていたようで逮捕されたのだとか。
結局、最後まで屋敷の主人とやらとは会わなかった。
「さぁ」
ジャック達は、結局は揃って首を傾げた。
「もしかしたら、軍人さんのところへの密書だったりして!」
「お、おぉ、そいつは怖ぇなっ」
「宛先とか見てねぇから、余計に怖いっスね!」
他人への手紙を見てしまうとか、いけない事だ。
そう思って、受け取ってからずっと革袋にしまっていたジャック達は、一体この先に何があるんだろうと、要らぬドキドキをした。
――だが、その少しあと、彼らは拍子抜けすることになる。
それからしばらく経った頃、ジャック達は二手に分かれていた。
トラジローの機嫌が悪くなってしまったので、散歩がてら気分を発散させ、あとで彼らと合流する事になっていた。
安心して二手に分かれたのも、他に理由がある。
手紙を持って行ったら、大層歓迎されてしまったのだ。
『よく来たな! まぁ食ってけよ!』
『そっかそっか、んじゃ俺らにとっては後輩みてぇなもんよ!』
『その呻ってるちっこいの、猫か?』
そのあまりの騒ぎっぷりが、トラジローはだめだったのだろうか?
町の男達は、気さくなで明るく、いいおっちゃんばかりで呆気に取られた。たいていこの見てくれで近付かれないのだが、バンバン叩いてくるうえ「頑張れよ!」と抱擁までもらってしまった。
その子供(?)扱いには、正直きゅんときた。
「俺、町で世話になった兄ちゃんとおっちゃん思い出した」
「俺も」
「こんなデカくなって、ハグとかなくなったしな」
そう話すジャック達は、町から離れるように歩いていた。
後ろを振り返れば、向こうに木々の群があった。町はもう隠れ、随分遠くなってしまって見えない。
そこ以外は、しばらく乾燥地帯だ。見渡すと、だだっ広い岩場か広がっている。
一昔前、ここには野営地があったのだの、決闘(?)場所があったのだの言われた。しかし男達が騒がしすぎて、ジャック達は話がよく分からなかった。
「にしても、あの国境沿いの町って、昔なかった気がする」
ジャックは、スキンヘッドの頭をひと撫でして呟いた。
目の前に何もないせいか、空は随分と大きく、青く見えた。
「ずっと昔に見た地図だと、なかったような」
「そういえばリーダー、親父さんの形見らしいって、地図持ってましたね!」
「あの宝物、妹さんにやったのを見た時、俺、マジ感動したんですわ」
「分かる。というか上にかかってた旗、なぁんか見覚えある気がするんですけど、まさか軍旗とかじゃないはずっスよね」
そこで、ジャック達は「ないない」と笑い合った。
その時だった。待ち合わせの目印にしていた大きめの岩に、ふと、先程にはなかった一点の〝黒〟が彼らの目を引いた。
見てみると、そこには一人の老人が腰掛けていた。
壮年だが、かなりの長身だった。少々砂っぽいものを被った黒い帽子。風ではためく黒いコートは、胴周りの布幅が余りすぎて随分細身なのだと分かった。
それくらいに、ご高齢なのだろう。
ジェック達は咄嗟に、亡くなっていった町のおじいちゃん達が頭に浮かんだ。きゅっと胸が締め付けられ、気付けば身体は動き出し、思わず駆け寄っていた。
「あのっ、どうかしたのか?」
心配になって尋ねた。無視できなくなったからだ。
すると、老人が振り返ってきた。
「おや、これはたくましい子供達だ」
にっこりと微笑んだ老人が、挨拶するみたいに帽子を外して胸にあてた。十九歳から二十一歳のジャック達は、子供と言われて歳相応に照れる。
「一体どうしたのかな?」
「ああ、いや、なんかあったのかなと思ってさ。一人で座ってるし」
「少し休んでいただけだよ。ご覧の通り、私は歳だからねぇ」
そう言う老人の、座った岩の上には皮袋が一つ置かれていた。
さりげなく探してみたものの、杖は見当たらない。高価な物の一つではあるから、きっと買えなかったのかもしれない。
それなのに、こんなところに一人でいる。
ジャック達は、途端に涙腺が崩壊しそうになった。
「一人旅なのか? ――家族の連中は何してやがる」
問い掛けた直後、ジャックの後半の言葉が涙でくぐもった。後ろで彼のチームの者達も、同じく腕を顔に当てて小さく震える。
「ん? どうして涙ぐんでいるんだい」
全く寂しげもなく問い掛けられた。
きっと自分達を思ってのことかもしれない。それなら、こうしちゃいられない。まずは元気付けようと思って、ジャックはメンバーと共にたくましい腕で決めポーズをした。
「俺らはピーチ・ピンクだ!」
「ピーチ? 随分と可愛らし――ああ、いや、チーム名かな?」
「そう!」
老人に、にこっと笑顔で促されて、ジャックは一同を代表して嬉しく頷いた。
「俺がリーダーのジャック、一部ちょっと出ている奴らもいるけど、ここに残っているのがラッツと、ジーニーと――」
ジャックは、そう言ってメンバー達を紹介していった。ガイザー達とはここで合流する予定であるのだと伝えると、老人がにこやかに相槌を打つ。
「そうか」
頷いた老人が、不意にやや笑みを深めた。
「――私は、名を、ベルデクトと申す」
一瞬、その眼差しに、底の見えない〝何か〟を感じた気がした。
しかし次の瞬間には、老人の笑顔は元に戻っていた。ジャック達は疑問を覚える前に、自分達の僅かな静止も忘れてしまった。
「そうか。じいさんは、ベルデクトさんって言うんだな」
ジャック達は、覚えたぞと伝えるようにうんうん頷いた。
「それにしても、中のシャツまで見事に全身黒一色だなぁ」
改めて、しげしげと眺めやった。ネクタイはなく、第一ボタンは開いているが、そのボタンまで黒いのだ。コートの留め具も黒く加工されたものだった。
それが高価な黒加工だとは、ほぼ無縁のジャック達は知らない。
ふんわりと老人が微笑んだ。
「私は〝ただのお爺さん〟だよ」
それは、とある先代侯爵の口癖であると、ジャック達が気付くはずもなく――そのベルデクト・アーバンドの老いた目の奥には、うずうずした獰猛な輝きが宿り始めていた。