三十八章 驚きとドキドキな婚約披露パーティー!?(4)
「第四王子クリストファー殿下、ご婚約者様のリリーナ侯爵令嬢の登場です!」
その直後、会場がわっと歓声と祝福に包まれた。
登場した十歳のクリストファー、そしてリリーナは寄り添い、手を取り合って大注目の中を会場入りした。恥じらいながらも、しっかりと手を握って進む。
その様子は、将来、彼女達が夫婦としてとても良き関係を築く姿を、見ている誰もへ思わせた。
――私の主が、めちゃくちゃ可愛い。
マリアは、椅子の上でふらりとした。後ろから見ていた兵がビクッとしたが、気付かないまま「くぅ」と熱くなった目頭を押さえる。
「少しずつご成長されて、ほんと感激だ」
小さく震えている様子を見ていた警備の兵達が、いよいよ深刻そうな表情を浮かべた。まるでその呟きは、娘の成長を噛み締めるかのような感想になっていた。
続いて陛下や、各大貴族のお言葉へと移る。
リリーナを見届けたマリアは、早速ぴょんっと椅子から飛び降りた。
またしても兵達がビクーッとして、周りの参加者らもバッと目を向けてきた。しかし視線に気付く事なく、彼女は再び行動を始めた。
――今、個人的に、かなりリボン問題が気になっている。
「リボンだけで人物判断されているとは、さすがに……。うん」
思う言葉が、つい続かなくなる。実のところ、ここへ移動し、そして見守っている間も、見知った王宮の勤め人がチラホラ目に留まっていた。
その反応から、予感はもうひしひしと実感へ変わりつつあった。
リボンをしていないせいで、誰も『リリーナ様のメイド、マリア』と分かっていない、ということに。
「いや、いやいやいや、そんな、まさか」
ははっと、つい空元気を口にしてしまう。
ちゃんとした奴で試そう。そう思って、足早に会場内を進みながら、近くに知っている顔がないか探して――そして試してみた。
だが、王宮内で見掛けた事があるメイドも、衛兵も。そしてレイモンドやグイードも、遠目から手を振って見せたが誰一人全く気付く気配がなかった。
というか、ぽやぽやした顔で手を振り返すなよ……!
気付けばダンスが始まってしまっていた。マリアは残念でならない結果に、ダンス会場を見守りながら雑談などを楽しむ人混みの中、思わず足を止めて顔を手に押し当てた。
「ぐおぉ」
伏せて隠されたその口元から、呻きがこぼれた。
せめて、レイモンドくらいは気付いてくれるかと思っていた。なのになんだあれ、見知らぬ子供の令嬢に「?」で手を振る感じは!?
思い返すと、あのちょっと抜けた感じが恨めしい。
リボンがないから気付かないとか……こいつら……こいつら嘘だろ!?
検証の結果、頭の大きなリボンがないから、マリアだと気付かれていないようたった。
先程、貴族衣装で参加しているアーシュを遠くに見掛けた。しかし手を振った矢先に、誰かに呼ばれて人並みの向こうに行ってしまったのだ。
「はぁ……あれは、絶対気付かれていなかったんだろうな」
知り合いに会いたくないなぁと思っていたので、いい結果だと受け取ればいいのか。でも少しくらい反応があってもいいのでは、とも思わなくもない。
気を取り直すことにした。
せっかくのパーティだ。リリーナもいずれクリストファーと踊りだすだろうから、それまで時間を一人で潰していよう。
そう思って歩き出してすぐ、不意に強い視線を察知した。
「なんだ……?」
口の中で小さく呟いて目を向ける。
すると遠く人混みの間から、ロイドの姿がマリアの目に留まった。彼はファウスト公爵という立ち場での参加なのか、きちんとした貴族衣装だ。
遠くからでも分かる、端整な顔立ちをした男だった。
とくに探してもいなかったのに、こうしてマリアが姿を見付けてしまうくらいだから。
「なんか、黒い服じゃないのが、変な感じだな」
思わず独り言を口して、黒一色というわけでもないのかと気付く。以前、町に出た際の私服だって普通に紳士的だった。
彼は、少し目を見開いてこちらを真っ直ぐ見ていた。
まぁ、また気付かれないってオチなんだろうな。
マリアはそう思って、やれやれと小さく息を吐いた。そのまま踵を返したら、いつもは当たらない頬にダークブラウンの髪がさらりとかかった。
「あっ、おい待て!」
直後、後ろから大きな声を投げられて、マリアはびくっと肩がはねた。
え? 今の、ロイドの声か? まさかと思って振り返ってみると、焦って人混みをかきわけて向かってくる彼の姿があった。
茫然としているうちに、少し息を切らしたロイドが目の前まで来てしまった。
「お前っ、目が合ったのにとっとと行こうとするなよ」
なんだか、珍しい言い方で文句を言われる。
いつものドSの感じはない。かといって、例のごとく不機嫌になったあの怒っている声でもない。
「いつもと違う格好しているのに、私に気付いたんですか……?」
「違う格好をしているだけだろう」
「いや、でも、まさかすぐ見付けるだなんて」
ロイドだけが、マリアを見付けた。
そう事実を思い返した途端、なんだか走って向かって来られたことに、胸が不思議な温度でじーんとするのを感じた。
「気付いたから、すぐ向かって来てくれたんですか」
思わず口にしたら、ロイドがセットした髪の横を、片手で撫でつけながら「あ?」といつもの顰め面を軽く浮かべて見せる。
「当たり前だろ。間違えるか」
「そ、そうですか」
即答された途端、なんだか落ち着かなくなった。
変な感じだ。いつもの警戒心ではないのだが、自分が、ロイドを前にしてそわそわとするのを自覚した。
その時、ロイドの咳払いが聞こえて、マリアはつい俯いてしまっているのに気付いた。
「今、暇か?」
目を上げた途端、彼がそう言ってきた。
唐突に妙な質問だ。一体なんの確認なんだろうなと思って、マリアは「はぁ」と気の抜けた声を上げると小首を傾げてしまった。
「そうですね。そのへんをぶらぶらしようかと」
「女が、『そのへんをぶらぶら』なんて言い方をするんじゃない」
「あ、すみません。だめでしたかね」
今の格好のせいだろうか。いつものように言われただけなのに、マリアは足元を見下ろしてしおらしく答えた。
すると、またしても、今度はロイドが気まずそうに咳払いを挟んだ。
「べ、別に。俺はいいと思うがな」
じゃあ、なんで注意したんだ? ただ文句を言いたかっただけか?
マリアは、呆れてロイドを見上げた。今や彼は、知らぬ者が見れば美しい一人の男だった。腰に剣もしていないから、余計にそう見えるのか――。
顔をそむけた彼の、切れ長の紺色の目に髪先がさらりとかかる。
あ、ちょっとよけてやりたくなった。
どうしてかマリアは、そんな思いが込み上げた。普段リリーナの世話をしたり、サリーに世話を焼いたりしていたから、大人の彼に対してもそう思ったのだろうか?
と、その目が、こちらへと戻された。
「俺と踊らないか?」
マリアは、唐突にそうロイドに誘われた。