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三十八章 驚きとドキドキな婚約披露パーティー!?(3)

 サミュエルが普通に話しかけてきた事もあるのだろうか。マリアは、自分がいつもの格好をしていなくて、リボンもなしなのを一時忘れていた。


「よし、やるか」


 彼と別れたのち、改めて意気込んで行動を始めた。


 できれば、知り合いには会いたくないな、絶対笑われそう……ドレスのスカートと長い髪を揺らしながら、そう思い歩く。


 つい、気がそれてしまった時、避けた人の向こうに軍服が現われてギョッとした。慣れないヒールで急に止まれなくて、直後にはぶつかってしまっていた。


「ああ、すみませんでした。僕の方も見ていなくって」


 そんな声が聞こえて、流れるような仕草で身体を支えられ助けられた。


「大丈夫ですか、お嬢さん?」

「あ、その、大丈夫で……すわ」


 相手を見上げて確認したところで、マリアは言葉が詰まった。


 そこにいたのは、第四王子クリストファーの護衛部隊の一つに任されていて、よく会うあの第四宮廷近衛騎士隊の隊長、アロー・ウィリアムスだった。


 うわぁ、知り合いに会いたくないと思っていた矢先に、会うとは!


 今回、リリーナのメイドの参加は公に伝えられていない。


 一体どう説明したもんかと、マリアは急な事で次の言葉が紡げなかった。しかし直後、アローが無事を確認して早々に、手を離して紳士の礼を取った。


「可愛らしいお嬢さん、どうかパーティーを楽しんでいってくださいね」

「え」


 にこっと笑顔で告げた彼が、そのまますたすたと向こうへ歩いていく。


 マリアは、つい、その後ろ姿が人混みに見えなくなるまで見送ってしまった。彼は一度も振り返る事なく、あっという間にいなくなった。


 …………え。まさか、全く気付かれなかった?


 嘘だろ、正面から真っ直ぐ顔合わせたのに? しかしそう思った直後、彼と出会った際の、例の『リボンで認識されているかもしれない説』がふと思い出された。


「いや、……いやいやいや、まさか、そんなはずは」


 マリアは、思い返すと途端に否定する自信がなくなった。居ても立ってもいられなくなり、気付いた時にはドレスの裾を持って小走りしていた。


 まずは、一番目立っている長身の大男で、軍服参加であるヴァンレットの姿を探した。


 すると王族の席が見える位置に、警備の一人として立っている彼を見付けた。パーティーとあって、近衛騎士隊長の礼服に身を包んでいる。


「ちょっと聞きたい事があります!」


 マリアは、ヴァンレットの袖を掴まえて、ひとまずはわざと他人行儀で言った。


 唐突な令嬢の登場に、近くにいたこ近衛騎士らが驚いた顔をした。しかし、ヴァンレットは、誰が近付いてくるのか察知でもしていたみたいに〝普通〟だった。


 マリアの顔を見下ろすなり、彼が高い頭を屈めてこそっと言う。


「どうしたんだ、マリア? 腹痛か?」

「…………」


 そういえば、そもそもこいつは、女の子のリボンといった飾りも気付かない阿呆だった。


 そのへんは、さっき会ったサミュエルにちょっと近いところがある。マリアは思い返すと、至極残念そうに手を離した。


「いえ、なんでもないわ」


 それを見ていた彼の部下達が、ゴクリと唾を飲んで「なんで隊長、すごく残念がられているんだろう……」と口の中で呟いた。


 マリアは、ヴァンレットに別れを告げると再び小走りで移動した。続いて、入場者を告げる声がこう言って響き渡るのが聞こえた。


「アトライダー侯爵夫妻のご入場!」


 お、ジーンの登場か。


 名前を聞いて察したマリアは、大臣の立場として参加している友人を思った。


 やばい、あとそろそろで、主役であるクリストファートリリーナの入場の順番が回ってくる。他に、このリボン説を確認できるようなやつはいないか――。


 その時、マリアは不意に次の一歩を踏み出した姿勢で足を止めた。固定された視線の先に、貴族として私服姿で参加しているモルツを見付けた。


「何をしているんです?」


 向こうから普通に話しかけられた。しかも、見知らぬ赤の他人という感じもなく、シャンパングラスを片手に向かってきた。


 こいつは、私がマリアであるのを分かっているのか。ちょっとこいつにも確認してみようと思っていたのにな――と考えたところで、マリアはハッと気付いた。


「そういやこいつ、己の欲望に忠実なただの変態だった!」

「何を深刻な顔で、本人を前にいきなり思考を全暴露しているんですか。あなた、そういうところ相変わらずですね」


 一体なんなのだろうと首を捻った彼が、細い銀縁眼鏡を、揃えた指先でちょっと押し上げる。


「まぁいいでしょう。これまでを考えると、恐らくは〝リボンと衣装〟ですか」

「何も言わなくていいぞ」


 マリアは、咄嗟に手を前に出して制した。


 しかし、こんな事で止まる変態(ドエム)ではない。モルツが凛々しげな表情で、「ふっ」と美男子な吐息を優雅にもらして続けた。


「いえ、期待されているようですので、答えましょう」

「期待してねぇよ、阿呆。だから、言うな――」

「私は、あなたの右手しか見ていませんが?」


 ……言われてしまった。


 マリアは、足の先から頭の天辺まで、ゾワーッと込み上げるのを感じた。うっ、と、どうにか耐えていると、上げられたままの彼女の手をモルツが指差した。


「見事な震えですね。失礼な反応ですが、ほんと〝まんま〟です」

「おい。今、少しでもつっつきやがったから、ぶっ飛ばすからな」

「震える声で言われると、ますます試したくなるのがドMの性」


 くそっ、拳か蹴りが欲しいのかっ、迷惑なドMめ!


 即、マリアはドレスをひるがえして、その場から逃走していた。


 走りながらしばらく見渡したもの、すぐに他の誰かが見付かる気がしなかった。ひとまずはリリーナ達の入場を先に見届ける事、急きょルートを変更する。


 この会場だって、オブライトだった頃よく入っていたので、慣れたものだった。


 あの頃と同じように、入場を待って壁になっている人々の後ろをそっと進む。そして、目立たず、かといってよく見えもする当時のベストスポットだった場所へ移動した。


「うーむ。当時との身長差が、よく分かるなぁ」


 マリアは、休憩用に用意してあった椅子を拝借して、そこに立って入場コースを眺めた。椅子の上に立って額に手をあてて向こうを覗き込んでいる彼女を、近くの兵や参加者がかなり気になってチラチラ忙しなく見ていた。


(あの子、椅子の上に堂々と立っちゃってるけど、いいの)

(分からん。つか、すごい度胸だ)

(きっと堂々と会場入りしたタイプの子なんだろうなぁ)

(しかし、茶会デビューしたくらいの年頃だろう。どこの令嬢だろうな?)


 ひそひそと、小さな言葉が交わされる。


 やがて、司会の進行役が場を落ち着けて、もったいぶって一旦閉め直された正面の大扉へと注目が向けられた。

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