三十八章 驚きとドキドキな婚約披露パーティー!?(2)
王宮に到着したところで、一旦、マリアはアーバンド侯爵達と別れた。
日中に開催されたパーティーは、十歳の第四王子の婚約を祝おうと大人から子供まで大勢の人達がいた。
上の貴族らの入場を伝える声を聞きながら、並ぶ入口のうちの一つから会場入りする。
茶会デビューした年齢からは参加可能だ。入場用に開けられた、国王陛下まで続く一本の大きな人の道以外は、人でごった返していた。
――本日、メイド服はなし、リボンも封印。
参加者を装っての、予備の護衛役としての会場待機、スタートである。
マリアは、普段と違う衣装姿に気まずさを覚えた。この華やかな感じも久々だ。しかもマリアとしての知り合いがいると思うと、余計に足は重くなる。
「やっぱり苦手だなぁ……」
女の子として、こうして着飾っているのも関係しているのだろうか。オブライトだった頃は礼服も何度も着て、何度もこういうところに参加せざるを得ない状況があった。
だから当時は、仕方ないとずんずん進んでいったものだ。
だが、こうしてきらきらとしたドレスを身にまとったのは初めてで、慣れない。
――ああ、リボンもないせいかもしれないな。
マリアは、頭に締め付け感がないのを思った。思い返してみれば、あれが当初のマリアに『女の子だよ』と知らしめていてくれたものだった気がする。
入場してすぐ、気遅れして足が止まった。
「やっぱり、悪目立ちしていないだろうか……」
思わず呟いた声が、会場内の賑やかさに紛れて消える。
でも、こうして突っ立っていても仕方がない。動かなければ。それに、リリーナはあとで、クリストファーと一緒に入場してくる予定になっていた。
それまでの間には、ひとまずはバッチリ見られそうな場所に移動していよう。
そう思って一歩を踏み出した時、マリアは人混みの向こうから、強い視線を感じて動きを止めた。
「ん?」
なんだ?と訝って目を向けてみる。
人混みの間から見えた人物と、パチッと目が合った。そこにはジョナサンと全く同じ顔の、優しげで美しい貴族紳士がいた。
うわああぁ……とマリアは思った。
それに対して相手表情が、わぁ、と子供みたいにキラキラと輝きを増す。
――双子の元少年司書員、その弟のサミュエル・ブライヴスである。
その途端、現在のブライヴス公爵である彼が、向こうにいた貴族らに〝公爵モード〟で一旦談話の中から離れるのが見えた。
「え、……え?」
待って、なんであいつがいんの?
マリアが戸惑っている間にも、サミュエルがずんずん人混みをかきわけて向かってくる。そして会場のまだ入口近くの壁際にいた彼女の前に立った。
「わあぁ、ほんとにオブライトさんだ!」
正面からずいっと覗き込むなり、彼がそう言って嬉しそうに笑った。
「久しぶりだねぇ。ふふっ、目線が随分違うくなっちゃった」
「え、あの、その」
彼が、お茶目な感じで、手でわざわざ身長差をいってくる。
「僕の方が、今は高いね。なんだか変な感じ」
「いや、だから、だな」
「ふふっ、でも、すごく嬉しい。ほんと久しぶり! お帰りなさい!」
……?
両手を広げて大歓迎で言われ、マリアはジョナサンの再会を彷彿とさせる、彼の弟サミュエルを前に困惑した。自分の今の姿を見て、なぜそう確信を持つのか……。
と、好き勝手に喋っていた彼が、「おっと」と立派な紳士なのに可愛い、と思わせる仕草で口に手をあてる。
「大っぴらに名前呼んじゃだめなんだっけ。ごめんね。でも、姿を見て確信したら、じっとしていられなくなって」
嘘なのか本当なのか分からないお茶目な仕草で、サミュエルが「えへっ」と笑う。可愛いから許して、と、よくやっていた表情だ。
双子の兄ジョナサンと同じ顔だけれど、表情の感じというか雰囲気が違っている。
兄経由から教えられて、そして見て確信した? よく分からないが、すっかり知られている彼に、マリアは何度か呼吸を置いたのち、ようやく言った。
「なんでいるの?」
「参加するって聞いて、即『案内状を寄越せ』って脅――お願いしたんだよ」
「お前、昔っからフォロー下手だよな。兄貴の方がうまい」
そこ、全然変わってない。びっくりするくらい〝まんまサミュエル〟だ。
マリアは、現在三十六歳で、しかも公爵であるはずの彼を思って心配になった。すると察したサミュエルが、先にこう言う。
「あはは、大丈夫。普段は〝公爵モード〟で〝良き夫〟だから」
そう教えてきた彼が、なぜかにこーっと満面の笑みをもらした。
「ふふっ、そうだよ。兄さんの方がそういったことや話上手で、僕は、そういうのが全然ダメなんだ~」
なんで嬉しそうなんだろうな……。
今にも鼻歌をやりそうな彼を、マリアは疑問顔で見上げているしかなかった。するとサミュエルが「そうそう」と思い出し続ける。
「せっかく王都住まいになったから、兄さんも参加させてあげたかったんだけど、僕の奥さんが混乱するからねぇ」
もしやそれ、いつもの『どっちがどっち』を、奥さんにも試した結果なんじゃないだろうな。そんな可能性が脳裏を過ぎったところで、マリアはふと思い出した。
ああ、そうか、好きな人と一緒になったんだっけか。
そうやって幸せに笑っているのは、向こうに、妻もいるからか。
「結婚おめでとう、サミュエル」
マリアは、ふふっとちょっとくすぐったい想いで述べた。どうせ、周りは賑やかで騒がしいから、自分達の話し声も聞こえていないだろう。
聞いたサマュエルが、そんなマリアの表情を見て目を丸くする。
そして不意に、彼は素直な感じで、へらりと子供っぽい笑みを浮かべた。
「ありがとう。これまでで、一番嬉しい『おめでとう』だ」
そんな大袈裟な。
でもマリアは、これまで見た中で、彼がとても嬉しそうな顔をしているので何も言えなかった。やれやれと思って見つめていると、サミュエルがにこっとした。
「でも、ほんとすごいよね。よく僕らの見分けがつくよねぇ」
「そんなのすぐ分かるだろう。たとえばドス黒いのが兄、真っ黒なのが弟だ」
「あははは、それ同じじゃない。相変わらず、真面目な顔で面白いこと言うなぁ」
そう言ったサミュエルが、視線を上へ流し向ける。
「いいなぁ。このまま、僕もココにいたいなぁ。兄さんみたいに、こうしてしょっちゅう会えないしなぁ」
独り言みたいに、彼が言った。
マリアは「ふむ」と顔を顰める。
「何言ってんだ、阿呆。公爵としての社交も兼ねているんだろう。しっかり仕事してこい。きっと心細く思っているだろうから、妻を一人にするんじゃない」
「まぁ、オブライトさんが言うなら、仕方ないね」
阿呆、と口の中で繰り返したサミュエルが、またしても少しくすぐったそうな感じで「えへへっ」と柔らかな笑顔を浮かべて言った。
「またね」
オブライトさん、と続く言葉を彼が口パクで伝えて、去っていった。