三十八章 驚きとドキドキな婚約披露パーティー!?(1)
婚約を祝うお披露目パーティーの参加が決まってから、アーバンド侯爵邸では、マリアとサリーの衣装のため仕立屋が呼ばれたりと忙しくもあった。
王宮での初級ダンスの受講、そしてお仕事もあって、あっという間にバタバタと日が過ぎていった。
気付けば週も変わって、第四王子の婚約披露パーティーの当日を迎えていた。
開催時刻は、正午過ぎの予定だ。アーバンド侯爵邸もまた、他の家々と同じく早朝から慌ただしかった。
――が、それは身支度が五人分、だったからである。
「マリア可愛い!」
そう真っ先に絶賛の声を上げたのは、メイン・フロアで再会した侯爵家令嬢、十歳のお嬢様リリーナである。
リリーナはクリストファーの金髪にちなんで、金糸の刺繍がされた美しいドレスを着込んでいた。ふんだんに生地が使われ、花のような鮮やかな印象もまとっている。
それは先日、王宮で姿絵を描いてもらっていた時よりも、素晴らしい衣装に見えた。
本日を迎えたリリーナの雰囲気が、そうさせているのだろう。クリストファーと手を取って頑張ってきた。この日がくるのを、彼女と彼が誰よりも一番楽しみにもしていたから。
大好きなリリーナ様だ。心から堪能していた。
けれど両手離しで全部喜べないのが、悲しい。その彼女から賛辞を受けたマリアは、顔を手で覆って溜息をもらした。
「あなた様の方が、大変お可愛らしいです……」
呻くような声だった。パーティーに参加する令嬢として仕立て上げられたマリアを、使用人仲間達も大絶賛していた。
――が、集められた使用人の中、一部、大笑いするメンバーもあった。
「ぶわっはははははは! 孫にも衣装! 十三歳くらいにしか見えねぇ!」
ひーっと腹を抱え、指を差して大笑いしているのは、庭師のマークだ。
同じく衛兵組の四人のうち、三人も失礼なくらい「ぷふぅっ」と笑いをもらしていた。真っ先に感想を述べたのは、その中で一番年下のニックだ。
「髪、上げた方が良かったんじゃない? ふふっ、リボンなくしたら大人びるかもって、ぶはっ、話してやったのに全くの逆効果、ぶふふっ」
「ニック失礼だぞ、やめろ。ふふっ、あ、すまん。まぁ、可愛いよマリア」
「まぁ、護衛役が回ってこないようなら、最後まで暴れないようにな」
「き……、君のドレスもいい感じだと思うよ」
ぷっと笑った顔を、衛兵の夜勤組の一人がそむけて言った。
――奴らは、いつかぶちのめす。
それは自覚もあってダメージを受けていたマリアは、肩を落としてそう思った。嬉しそうなリリーナの手前暴れられない。暴れると衣装が崩れるかもしれないからヤメロ、とメイド仲間のカレン達にきつく言われてもいた。
ギースも見惚れるというより、妹っぽさが増したマリアに笑う口を押さえていた。何せ、着飾った十五歳のサリーと並ぶと、華やかさや色気も負ける。
その当のサリーは、本気でちょっと泣きそうな目をしていた。
「僕の衣装、なんかズボンの女の子みたいじゃない?」
リリーナとマリアの衣装を、足して割ったような雰囲気があった。だから三人並ぶと、不思議と血縁でも感じさせるようでもあった。
うるうるしているサリーに、十九歳の侯爵家令息アルバートは大変満足そうだった。
「実にいいね」
三人を改めてセットで眺めて、彼がうっとりと吐息をもらした。
その一瞬だけ、執事長フォレスを含んだ全員が、この人ちょっとヤバイのではという目を向けていた。
――うん、サリーの場合、ほんと美少女が男装しているようにしか見えない。
マリアは、改めて自分の仕上がりと比べ唾を飲んでしまった。
参加者の一人として会場に紛れられるよう、あまり目立たず、かといって一般的な令嬢の中にいても違和感がないよう飾り立てられてもいた。
そのため、リボンは目立つので今回はなし。マリアのダークブラウンの髪は、たっぷりあるので、片方は頬にかからないよう小さな装飾品で留めてある。
「うん、自分でも思ったんだよ。『これ、私、似合ってる?』て……」
マリアは、思わず自分を見下ろした。
料理長ガスパーが、「まぁ大丈夫だって」とのんびり言う。
「娘が少しずつ大きくなっているのを実感して、おじさんは感動したんだ。いつか、年頃の女の子みたいに髪を結い上げる日がくるんだろうな、て」
「料理長。私、十六歳です」
結婚も可能な年齢なので、本来なら従事する他の女の子達と同じく、髪をまとめるか結い上げるのが一般的だ。
だが残念ながら、そうすると更に幼いので仕方がない。
アーバンド侯爵共々、全員が思い返す様子で思った。しかも身長が十六歳の女の子の平均に達していないせいで、スカート丈を十六歳向けに合わせて長くしてしまうと――。
「スカートに着られている感――もがっ」
「ギース、それは黙っていような」
ガスパーが、後ろから素早く見習いコックギースの口を押さえた。十九歳なのに、見てくれがそれ以下のお前とおんなじなんだけどな、と呟く。
すると執事長フォレスが、意見を口にした。
「見慣れているせいで、変化もそう感じない者もいるのでしょうね。我々は、マリアさんがお祭りに参加される時の私服姿も、よく見ていますから」
「休みの時、私達がお洒落させてもいるせいだって言いたいのかしら?」
マーガレットが、あらまぁと頬に手をあてて呟いた。
「でも、初のドレス姿ですよ? 私達女の子から見ると、マリアは見間違えるほどとっても可愛いんですけれど」
「そこは、感覚が少し違うのかしらね?」
「やぁねぇ。『綺麗だよ』とか、アルバート様達みたいに褒められないのかしら。ねぇミリー?」
「そうねナタリー」
カレンが言ったあとから、侯爵付きメイドの双子が、色気たっぷりに互いを見てにっこりと笑い合う。
はは、と衛兵ニックが、急にテンションを落ち着けた。
「姉さん達、それを僕らに今更求められても。マーク先輩なんて、うっかり着替えに遭遇しても『あ、すまん』で平気で閉め直せる男なんですよ」
「おい、なんで今俺を出した? しかも、たとえとがひっどい」
「ニック、それは大風呂の時のやつでしょ?」
マリアは、精神的なダメージを顔から拭えないまま振り返った。
「それ、深夜の女子会で急きょ入った私達も悪かったのよ」
「だってぇ、旦那様に聞いてみたら『いいよ』て言うんですもの」
ねぇ、と色っぽい仕草で、ナタリーがアーバンド侯爵に振る。その時に一緒にいた侍女長エレナが、ほんの少しだけ表情を和らげて、口元の苦笑を上品に手で隠す。
それを知らなかったアルバートの侍従、マシューが「えぇぇ」とこぼした。
マークが、ちょっと呆れた目を向けてアーバンド侯爵に述べる。
「つか、旦那様、何ちゃっかり女子会に紛れているんですか」
「一階が賑やかだったから、窓をノックして声をかけたんだよ。『私も参加していい?』て。あの時は、リリーナも眠れなかったみたいで歩かせていたからね。参加したがったから、眠くなるまで膝の上でだっこしていたんだよ」
「なるほど。それでお酒のペースが落ちて、元気いっぱいの状態だったわけですね」
納得ですとニックが言った。
そして使用人一同に見送られ、マリアはアーバンド侯爵達と馬車に乗り込んで、屋敷をあとにした。