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三十七章 総隊長様と神父様(3)上

 その翌日も、王宮での日程を無事に終えた。


 リリーナの授業が終わった頃、マリアもあとをアーシュに任せて、薬学研究棟から第四王子の私室へと迎えに行った。


「それじゃあ、また明日ねクリス」


 そう笑顔で第四王子クリストファーと別れ、退出した直後だった。まるでそれまで頑張って笑顔を張り付かせていたみたいに、唐突に表情をくしゃりとしたリリーナに抱き付かれた。


 マリアは、少し前の幼い頃みたいに、リリーナに人目も憚らずぎゅっと胴にしがみつかれて驚いた。顔を腹辺りにぎゅうぎゅうと押し付けられる。


 扉の前には、まだ警備の人や見送りの使用人だっている。それはかなり珍しい事だった。


「リリーナ様、どうかされたんですか?」


 心配になって尋ねる。けれどリリーナは何も答えてこなくて、声をいつもの調子で出すのも無理だと言わんばかりに、ただただマリアにしがみつくのだ。


 同じリリーナ様の使用人仲間のコンビ、十五歳の侍従サリーに目を向けた。


 サリーが弱った表情で、けれど緊急性はなく小さく首を左右に振ってくる。


 ――あとで本人が話すから、その時に聞いてあげてという事か?


 長い付き合いの使用人の相棒に、そんな事を目と表情で伝えられている気がした。見守っている周りの兵や使用人に目を向けると、とても心配そうだった。


「リリーナ様は、とても頑張っておられましたわ」


 クリストファーを任されている侍女長が、そう一言だけ述べてきた。


 すると警備にあたっている騎士の一人が、リリーナを誤解されないよう、マリアに追ってこうも言った。


「あなた様の主、リリーナお嬢様は、とても勇敢な方です」


 どこか、深い感銘でもって噛み締めるような声だった。


 問題になるような事ではない。でも、何かしらあったのだろう。マリアは少し考え、それから自分に抱き付いたままの小さなリリーナを見た。


「そう、ですか……分かりました。ありがとうございます」


 そのままリリーナを引き取る形で、サリーと共に送りの馬車へと向かった。



 屋敷に到着すると、迎えた執事長フォレスも小さく片眉を上げた。だが、マリアとサリーが急を要する報告の対応をしなかった事で、緊急事態ではないと察したようだ。


「気分が落ち着くような紅茶をお持ちしましょう。マーガレットさん、頼まれてくれますか?」

「はい、執事長。〝ゆっくり丁寧に入れて〟お持ち致しますわ」


 出迎えた一人だったメイドのマーガレットが、礼儀正しく頭を下げて一旦下がる。


 続いて指示を受けた若いメイドの数人が、料理長へ菓子の手配、お部屋の支度、念のためいつも通り湯浴みに入れる可能性も考えて準備へと移った。


「旦那様のお帰りまで、まだ時間があります。マリアはお嬢様とサロンへ。サリーも、御苦労さまでした。私と荷物の片付けを手伝ってくださいますか?」

「はい、執事長」


 報告か。マリアが察して見守っていると、サリーが『自分がするから大丈夫』と、にこっと笑顔で伝えてきてフォレスに付いていった。


 マリアは、いまだ離れないリリーナを連れてサロンへ向かった。


 抱き付かれた時から、しっとりとした温もりに、彼女が涙している事も分かっていた。恐らくフォレスは、その対応のための準備もサリーとするつもりなのだろう。愛らしい目が腫れてしまわないように。


 ソファに一緒に腰を下ろす。ようやくリリーナの身体から力が抜けて、そっと離して顔を窺ってみると、案の定泣いていた。


「リリーナ様、大丈夫ですか? 何か、悲しい事でも?」


 つらい事、とはマリアは尋ねなかった。リリーナの表情を見て、優しい彼女が自分ではなく、他者の誰かのために心を痛めて涙していると分かったからだ。


 にこっと穏やかに微笑みかけられたリリーナが、途端に大きな藍色の目を、うるっとさせた。


「マリアぁっ」


 途端に、ぼろぼろと泣き始める。


 ここに来るまで、大きく泣くのを我慢していたのだろう。とても強い子だ。いつもの間にこんなに強くなったんだろうなと思いながらも、やっぱりマリアはリリーナの泣き顔には胸が痛んで、つい、ぎゅっと抱きしめていた。


「はい、マリアは、ここにおりますよ。だから、落ち着いてください」


 しゃくりを上げ、言葉もままならないリリーナを気遣って、その幼い背を撫でながら呼吸が落ち着くのを待った。


 やがて、リリーナがそっとマリアの胸に手を置いた。気付いてゆっくり離してみると、見つめ返した彼女がこう言った。


「ひどいのよ、自分の使用人をぶつの。騎士にも、ひどいの」


 唐突に発せられた言葉を聞いて、マリアは目を丸くする。


 ゆっくり辛抱強く話を聞いていこうと決めて、ひとまずは彼女を宥めながら相槌を打つ。


「そうですか。それはひどいですね。どなたかとお会いして、そのように?」

「うん……今日、パーティーに参加される子の一部が招待された茶会があったの」


 同じ年頃の令嬢達が集められた茶会だった。貴族作法をみるためのものでもあり、その講師を任されている侯爵夫人がホストとなって進められた。


 どうやら、その侯爵夫人が一旦離れた際に騒ぎが起こったようだ。


 話を聞くと、参加していた伯爵令嬢と言葉の応酬があったらしい。


 あまりの傲慢さに他の令嬢達が怯えていたところ、その伯爵令嬢は、まず自分の連れていた侍女に世話を命じた。その対応が気に食わなくて当然の下々の扱いでぶった。癇癪を起して騒ぎになり、伯爵家の護衛騎士がなだめにかかったが、彼女の気は収まらない。


 そして、クリストファーの部屋を任されている騎士も、彼を手助けしようと思って進み出て丁寧にお声をかけたところ――怒鳴りつけられ、水をぶっかけられたのだとか。


 それはまた、強烈なお嬢様だな。


 伯爵家の娘というくらいだから、典型的、というべきだろうか。


 当人らは礼儀作法やらを教育されていて、立場としては〝雇い主側〟になるので許される範囲内ではある。マリアも、オブライトだった時に似たような経験をしてはいた。

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[一言] リリーナがそっとマリアの"胸"に手を置いた ・・・え?
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