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三十六章 メイドはダンスを練習中(4)

 マリアは、ニールを連れて建物の中へと入った。任せておけと言ったのに、心配だとかで、後ろからは第六師団の男達が付いてきている。


「何が心配なんだろねぇ」


 ニールが、こそっとしているつもりの第六師団を、肩越しにちらりと目に留めて言った。


「俺らが動くと余計心配で不安だとか、全く失礼な若造共だね!」


 驚異的な童顔のニールが言うと、その性格もあって違和感しかない。


 ツッコミした方がいいのかどうか、マリアは元上司として考えさせられた。しかし、ここで騒がれたりしたら、さすがに声が響きそうなのを思ってやめた。


 しばらく、足音を聞きながらコツコツと廊下を進んだ。


 そうしているうちに、一つの大きな扉の前に辿り着いた。銀色騎士団第六師団、その師団長に与えられている部屋だ。


 立ち止まって見上げているマリアとニールを、やや離れた位置から第六師団が覗き込む。まさか調べると言った矢先に、部屋に直接行くとは思っていなかったようだ。


(あいつら、調べるって言ってたけど、一体何をするつもりだ?)

(さぁ……そのままこっちに行くとは思わなかったな)


 第六師団が、こそこそ囁きながらマリア達の様子を見守っている。


 と、不意に、マリアは扉をノックした。


「ポルペオ様、いらっしゃいますかー? リリーナ様のメイド、マリアです。お元気がないとご相談を受けたのですけれどー」


 マリアの間延びした声が、静かな廊下に響き渡った。


 直後、廊下のサイドテーブルに隠れているつもりの第六師団の男達が、「このバッ」やら「嘘だろ」やらと呻き、声を潜めながら頭を抱えて愚痴った。


「正直にそれを言うやつがあるかっ」

「あいつ正直になるタイミング下手すぎねぇか!?」

「というか、それは『調べる』ではなく『対面』だ、バカっ」


 うおおおおと何やら静かに呻きを上げている。それを見ていたニールが、「あはは、何やってんだろうねー」と呑気に笑った。


 その時、やや間を置いて扉が内側から開いた。


 そこから顔を覗かせたのは、顰め面をしたポルペオ・ポルーだった。相変わらずヘルメットみたいなかったいヅラ、そして太い黒縁眼鏡がかけている。


 彼は、やや視線を下げてニールの顔に気付いた。それから、もっと視線を下げてマリアの顔に目を留めた。


「なんだ、一体何をしに来たんだ。ここは私の部屋だぞ」


 彼の、ヅラと大変色の差がある黄金色の目が、突然何用だと顰められる。


 マリアは平気で、さらっとこう答えた。


「あなたの優秀な若い部下から、お元気がなさそうだと相談を受けたのです」

「はぁ?」


 ポルペオが開けた扉の死角の位置から、第六師団の男たちが「言うなバカっ」と必死にジェスチャーで伝えた。


 以心伝心しなかったニールが、よく分からないまま愛想良く小さく手を振り返した。彼らがまたしても一斉に頭を抱えて、もうツッコミたくてたまらない様子で呻く。


(そうじゃない、違う……!)

(あいつら、ほんともうヤだ)

(あのメイドの行動を、なんであの赤髪も全く疑問に思わねぇんだよッ)


 通常であれば、ここでポルペオが気付いてもよかった。


 しかしポルペオは、そちらに気を取られる様子はなかった。凛々しい黄金色の眉の間にある皺を少し増やすと、けれど説教もせず迎え入れるように扉を大きくあける。


「いいだろう。中に入れ。少しくらいなら話を聞いてやる」


 おや、これは本当に元気がなかったりするのか?


 やや吐息交じりの声を聞いて、マリアは小首を傾げた。ニールも珍しいなという顔で、ひとまず彼女のあとに続いて入室した。


 ポルペオの師団長室は、特別使用でより広々と作られている。扉から入ってすぐの、仕事用の部屋にはいくつか別室へと続く扉があった。


 黙々とポルペオが歩いていく。


 その後ろから続きながら、ニールがこそっとマリアに囁きかける。


「ヅラ師団長、なんか大人しいね?」

「顔を見てもパッとは分からないのですけれど、確かにぼうっとしている感じもあるような、ないような?」


 その時、ポルペオが並んでいる三つの扉のうち、一つを開けた。


 そこはマリアも初めて見る小部屋だった。目に飛び込んで来たのは、ずらりと並んだ第二王子の幼少から今に至るまでの姿絵で、棚にはあやしげな記録名が書かれたファイルが、ぎっちり収まっている。


 置かれている小物は、どれも第二王子の紋が入ったやつだった。誕生日の記念で販売されているグッズなども、全部年代順に並べられている。


 これ、第二王子コレクションなのでは。マリアとニールが、そう思った時、


 ……パタン。


 静かに扉が閉め直された。


「すまん、こっちだった」


 冷静に告げたポルペオが、踵を返して隣の扉に向かった。何事もなかったかのように、落ち着いたまま仕切り直して、そちらの部屋をオープンする。


 それを見たマリアは、我慢できずポルペオの腕に突撃した。


「待って。待って待って何あれ。今のっ、大人の対応で流すには私には衝撃が大きすぎましたっ。なんですか今のは!?」

「えぇい煩い奴め。離さんか馬鹿者」


 腕にしがみついてきたマリアを、ポルペオが若干煩そうにして振り払おうとする。


「別にいいだろうが、ただの個人的な収集品だ」

「度が半端じゃない、ちょっとこれ少し考えた方がいいレベルでまずい感じなのではッ」

「何を深刻そうに言っているのだ?」

「ヅラ師団長、俺としてもちょっと引きます……」

「何故だ!?」


 まさか、あのニールにドン引かされるとは思っていなかったらしい。


 ポルペオが、マリアを引きずったまま部屋へと入り、使用人に訪問者への対応を知らせるべくベルを三回鳴らした。引き続きニールが、変態と遭遇した時の距離感で付いていく。


「あのギッチリと何かが押し込められた部屋、どうにかした方がいいスよ。きっとあの二番目の王子が見たら、昔の泣き虫なとこが出て、号泣です」

「その距離感はなんだ、貴様はほんと失礼だな」


 ソファの後ろにそそくさと回りながら言ったニールに、ポルペオが青筋を浮かべる。


「人の部屋に突然きておきながら、お前らは一体何なのだっ。理由を述べろ!」


 不意に彼の視線が、いまだ腕にくっついているマリアへ戻った。


 頭の中を整理中だったマリアは、混乱のまま口を開く。


「いえ訪問の理由は全く別なんですげと、あの部屋に関しては、正直気持ち悪いなって。どんだけ第二王子殿下が好きなんですか――いてっ」


 直後、ポコン、と頭に懐かしい感じで叩かれた。


 男だった前世の当時と違って、少女向けでとても加減されていた。でもマリアは、タイミングなのかなんなのか、とても懐かしさを覚えてしまったのだ。


 続けようとしていた言葉も忘れて、見上げてしまった。


 するとそこには、自分を見下ろして、小さく目を顰めているポルペオがいた。


「貴様は、正直になるタイミングが下手だな」


 ――以前、似たような台詞を言われたことがあったような気がした。


 その時、王宮のメイド達が、三人分のティーセットを運んできた。彼女達は「失礼致します」と入ってきた途端、部屋にいる三人の状況に一瞬動きを止めていた。


 これは一体どういう状況なのか。


 リボンのメイドを腕から離そうとし出したポルペオ。憧れと尊敬を集めているはずのそんな彼に、ぞわぞわと警戒心を覚えて距離を取っている青年。


 けれど優秀な王宮のメイド達は、すみやかに自分達の仕事に移ったのだった。

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