三十六章 メイドはダンスを練習中(3)
ニールも手を貸して、「誤解だったっぽい」「ごめんねー」と全く悪びれなく言いながら、マリアと一緒になって第六師団の男達を立ち上がらせた。
「にしても、出会い頭からマジ容赦ねぇ……首と腰が同時に痛ぇ」
「あの投げ技、なんて名前なのか気になるよな」
「殺傷性は高い気がする。というか、スカートなのにやるなと言いたい」
「さすが凶暴メイド……」
「俺もそう思う! お嬢ちゃんってホントめっちゃ凶暴だよね――ぐはっ!」
マリアが無言で腹に一発拳を入れるのを、第六師団の男が、ゾッとしたように見た。
そのうちの一人が、話を戻すように咳払いを挟む。
「それで、さっきの説明なんだが」
そう切り出した彼が、そこで視線を戻して、マリアを真っ直ぐ見た。
「そういや実のところ、、俺らもお前に話を聞きたいと思ってたんだわ」
「私に、ですか?」
マリアはきょとんとした。頭にある大きなリボンごと、小首を傾げる。
「それは、珍しいですわね」
「ほら、お前も前あった任務に加わってただろ」
周りに人がいないか警戒したのか、こそっと耳打ちされた。
前のというと、大司教邸の一件だろう。マリアとて話しかけてきた彼と、そしてこの中の何人かも現場で見掛けていた。
「あのあと、こっちに戻ってからポルペオ師団長のお元気がない感じというか。不調なのかなって」
「ヅラ師団長の? あの人、俺が見る感じ王宮一健康志向の、めっちゃ健康体だよ」
「お前、俺らの前で堂々と『ヅラ師団長』呼びすんなよ……ほんと、どういう関係なんだ?」
「かれこれ十八年くらい知ってるよ」
「お前いくつなの!?」
途端に彼らがざわっとなった。
その反応はよく分かる。ポルペオは必要以上に話をしない男だし、やはり部下にはあまり詳細を教えていないのだろう。
でも話がそれるのは困るので、マリアは軌道修正した。
「確かにここは、何組かの師団長室の近くですわよね。つまり、ポルペオ様の元気がなさそうに感じて、でも何も話してくれないから気になって様子を見ていた、と?」
二階の窓、そして続く建物のロッジア、そしてその向こうまでをゆっくり指で示しながら、マリアはそう言った。
すると、先程切り出してもきた第六師団のリーダーっぽい彼が、「まぁ、そんなこと」と腕を組みつつ答える。
「仕事も普段通りテキパキこなしてるし、お食事もきちんととられている。でも、なんつうかこう、上の空、じゃないけど、やっぱいつもと違うなぁって」
「ちょっと考え込んでる感じでもある、というか?」
「話しかけても、『ああ、すまない聞いていなかった』て謝られて驚いた」
一人が話し出すと、次々に彼らが実例をあげていった。
「積極的に行動しているお人なんだけど、最近はすぐ部屋に戻っているんだ。俺らに見えないようにお休みされているのかなって思うだろ?」
「昨日もさ、追加訓練とかするのかなと思っていたら、今日はここまででいい、なんて優しいスケジュールだったんだぜ!」
ありえねぇよと、その部分で彼らが深刻そうに意見を揃えた。
追加の訓練がないだけで不安を覚えるとは……普段、どれだけ手厳しい英才教育を受けているのだろうか?
マリアとニールは、困惑した顔で首を捻った。
「ほらお前ってさ、男装して参加してただろ? 総隊長様カラーで。その前日に、ポルペオ様と一緒に町入りし――」
「阿呆。総隊長様カラーって言うな」
「ぐはっ」
マリアは、発言した者の腹に一発決め込んだ。
第六師団の男達が、崩れ落ちた同僚を見てゾッとした。完全に意識が飛んでいるのを見たニールも、あわあわと口元に手をやって「容赦ない」と呟いた。
「だ、だからなんだ、その、前日からポルペオ師団長と一緒だったんだろ?」
第六師団の一人が、仲間達に失神している彼を任せてから、ぎこちなくそう切り出した。
「行動開始の直前まで一緒にいて、帰りも馬車が同じだったし、なんか知ってるかなって」
「とくに異変はなかったですけどね……」
「はいはい! 俺も一緒にいたよ!」
マリアがうーんと考えるそばから、ニールが挙手して主張した。彼女の前をぴょんぴょん飛ぶものだから、見えないし邪魔だなと第六師団が胡乱げに目を向ける。
「なんかさ、お前いまいちバカそうで信用ならないっていうか」
「何ソレひでぇ! 俺、こう見えても――もがっ」
「ニールさん、話が進まないので黙っていてください」
確かに、好き勝手思い付くまま喋る男だ。第六師団の印象は、まぁまぁ間違ってはいない。ニールをぐいっと前からどかしてから、マリアは続ける。
「終わった後も、それから王都に戻ってくる間も普通でしたわよ。元気に説教しまくっていました」
「おい凶暴メイド、お前ら一体、帰ってくるまで何をやらかし続けたんだ?」
「馬車の中でも熟睡して、起こすのが大変でした」
「あのポルペオ師団長が、熟睡!?」
第六師団の若手の彼らが、信じられないと言わんばかりに過剰反応する。一時の間だけ失神していた男の方も、カッと目を見開いて「うそ!?」と飛び起きたほどだった。
その様子を、ニールがきょとんとして眺めて言う。
「そんなに驚くこと? ヅラ師団長ってさ、寝るのも早いけど、ピタッと静かになったらプライベートタイムだと大騒ぎしてても全く起きないの」
「いや、俺らが知ってる師団長って、睡眠が浅いっていうか……昔から、よく眠れないお人みたいだって先輩に聞いたんだけどな」
「え~、その先輩間違ってるよ。こっちに戻ってくるまでの馬車旅も大変だったんだよ。馬車から降りるタイミングでさ、お嬢ちゃんが『こういう時は』って言って肘落としで起こしてた。グイードさん達もすっかり関心して任せてた」
「俺らの師団長を、なんつう起床方法で起こしてんだよ。ふざけんなよ」
その時、マリアは考え事を終えて、よしと顔を上げた。
「なら、私とニールさんで、さくっと調べてみますか」
提案を振られたニールが、途端にぱぁっと表情を明るくする。
「いいね! 俺、大賛成でお嬢ちゃんに付き合うよ!」
「えっ、おい待て、そっちの方が心配になるわ」
「なんでですか?」
慌てて口を挟んで止めてきた第六師団を、マリアは不思議そうに見つめ返した。話を聞こうと思っていたくらい気になっていたというから、てっきり賛成すると思っていた。
「あなた達も、ポルペオ師団長が体調不良かどうか、気になっているんですよね? こっちとしては、王宮のメイドさん達に『覗き?』と不安にさせている現状を解決したいんです」
「えっ、そんな誤解されてたのか?」
「向こうからお姿は見えなかったようですが、強い視線を感じる、と」
人数が人数なだけに、一般人でも視線を覚えさせてしまうだろう。
それは悪いことをしたなと、今になって気付き第六師団の男達が反省感を漂わせる。
そもそも退席した自分達の上司を、尾行するというのも変な話なのだ。優秀で真面目な彼らは、頭が固すぎて柔軟性が足りないのか、どうなんだろうなとマリアは思ってしまう。
でも、こちらが調べるという提案に関しては、引き続き賛成する気になれないらしい。
第六師団が、小さな声でやりとりし始める。
「どうするよ」
「でも、止めたって決行しそうだよな……」
「協力してあげる、的な感じで言われると、いよいよ心配しかないよな」
「むしろ不安だよ。絶対に目を離しちゃいかん的な」
「失礼ね、何が不満なのよ?」
マリアは、思わず敬語無しで口を挟んだ。
すると、一人が第六師団の代表のように言ってくる。
「なんかさ、お前がやろうとすることなすこと、全部斜め方向というか、色々と俺らの予想をこえてくる気がするんだよ」
なんだそりゃ?
全く身に覚えがないし、マリアは訝って彼らを見つめ返した。ひとまず彼らから、ポルペオが師団長室に向かった事を聞きくと、早速行動に移るべくそこをあとにした。