三十五章 まさかの私も参加ですか!?(4)
マリアに尋ねられたレイモンドが、親しげに頷いて答える。
「うん。そっちの家の息子のアルバートが立ち寄った時に、話を聞いて『ならウチのマリアはどうですか? 臨時班としても実力はお墨付きでしょう?』って」
なるほど、だからやけにいい笑顔だったのか……。
マリアは、今朝のことを思い返した。護衛として一番近くに置くことが決定した侍従サリーも、半ばパーティーに参加される形となるようで、衣装も仕立て屋が予定されていた。
……あの人、ほんとサリー好きだよな。
もしやそういった気があるのだろうか、と、そんなことをチラリと考えてしまう。騎士なのになぜ紳士衣装を……とサリーもマリアと揃って大変困惑していた。
可愛いから愛でたい、それは分かる。
当日、リリーナとセットで愛でられまくるんだろうなと同情しつつも、マリアも実のところ期待していた。
十五歳よりも全然幼い容姿をした、女の子みたいな美少年サリー。
マリアと並ぶと背丈はほぼ同じで、男装した美少女にも見える。
メイド仲間達も、今回のアルバートの発案には大盛り上がりだった。サリーを着飾れることをとても楽しみにしていて、これから伝えられるリリーナの反応も楽しみだと言っていた。
「侯爵家のメイドだし、パーティー参加も大丈夫なんじゃないの?」
後ろからソファの背にもたれかかったニールの声が、ふと室内に上がる。
それもあって、誰もがマリアは大丈夫だろうと思っていたのだ。しかし不意に、ジーンだけが「あ」と何やら察したような表情を浮かべた。
「なぁ、もしかして、それって『ダンス』だったりするのか?」
ジーンがそう口にするなり、レイモンドが「はぁ?」と顰め面を向ける。
「馬鹿言え、教育も受けている侯爵家令嬢の専属メイドだぞ」
「いや、なんつうか、うーん」
珍しく言葉を濁すジーンは、腕を組んで悩ましげだ。
グイードが、追って彼に言う。
「マリアちゃん、運動神経もいいしな。剣振ってる時とか、リズム感もあっていい」
「ルクシア様のところで客人を迎える時とか、作法はばっちりそうだよな。紅茶もコーヒーも美味いし」
グイードとレイモンドの声を聞きながらも、マリアは黙り込んで明後日の方向を見ている。
その時、ヴァンレットが、悪意のない目できょとんとしてふと口を開く。
「マリアは、ダンスだけ苦手だったりするのか?」
その何気ない発言に、全員の注目が集まった。
「……侯爵家のメイドなのに?」
これまで王宮で過ごした経験からなのか。ぽつり、とニールが尋ねる。
とそこでようやく、視線をそらしたままマリアが言った。
「ふっ、私はお嬢様の一番のメイド。それくらいできなくてどうしますか」
「でもさ、そむけられたままの顔が、すっごく気になるというか」
その時、煩くなり出しそうなニールの気配を察知したのか、ジーンが手を軽く胸の高さに上げて制した。
「ひとまず落ち着こう。今回、ここの中で一般参加者枠のメンバーは、俺とグイード、レイモンド、そしてマリアだ。ヴァンレットは近衛騎士隊の警備で組み込まれる」
言いながら、ジーンは自分の方でも頭の中を整理するような表情だ。
「今回は〝不自然なく参加しつつ護衛としての予備待機〟なわけだが、全くだめとなると、親ゆ――マリアの方は準備が必要になる。今のタイミングで正確に決まって知らせが出ているのも、もしもの場合を考えて、不足があったら補うための猶予期間でもある」
そういう参加枠が初めての若手の騎士たちの中にも、貴族出身ではない者達もいる。不安があれば、改めて作法を確認する機会を与えられたりした。
確かに、とグイードとレイモンドが、ジーンの意見に対して理解を進めるように呟く。
だがその表情は、全く想定外だったと言わんばかりだった。
「えぇと、最低限の立ち振る舞いは、もしもの場合に備えてってやつだろ。マリアはダンスが唯一の苦手、だったりするにしても、簡単なレベルくらいできれば大丈夫だと思う」
ややあってから、レイモンドが考えつつ戸惑いぎみに発言した。
「まぁ、実年齢よりだいぶ下に見えるし、見た目的にも簡単なものだけでごまかせるかなと」
グイードが、相棒と見解を一致させた部分を述べる。そして、ぽりぽりと顔をかくと、続いてマリアへと視線を移した。
「マリアちゃん、どのレベルで苦手な感じなんだ? 町であるようなお祭りでも、ステップとかは基本が踏まれているだろ?」
「…………ほとんど見ている側ですね。時々手を繋いで、わいわい少しやる程度、ですかね」
目をそらしっぱなしのマリアが、ぼそりと答えた。
やや、室内に妙な沈黙が漂った。
「……ん?」
嫌な予感を覚えたのか、グイードも珍しく次の言葉を探せず、まさかという感じでマリアを見ている。
どうやら今も〝苦手なまま〟であるらしい。
察したジーンが、盲点だったと言うように額を押さえる。セットされている前髪ごと、ぐりぐりとやって眉間の皺をほぐしながら片手で指示を出す。
「あーっと、まぁ、ヴァンレットは貴族出身で教育もばっちりされているからな。すまんが、ちょっとマリアと踊ってみてくれないか?」
「基本の方を、ですか?」
「うん、そう」
確認したヴァンレットに、ジーンが悩み込んだまま、向けた片手をひらひらと振って答えた。
そこで急きょ、確認されることになり、部屋の空いたスペースでマリアとヴァンレットが手を取って向かい合った。かなり身長差がある組み合わせだ。
と、その時、ノック音がして他の者の目がそちらに向いた。
「なんだ、今から確認するところなのか?」
やってきたロイドが、秀麗な眉をやや寄せて入室する。
あれ?とグイードが首を捻った。
「珍しいな、ロイドが来るなんて」
「アーバンド侯爵から、苦手なので王宮の方で授業を入れてあげてくれ、と追って知らせがあったからだ。どれくらいダメなのか、見てやろうと思ってな」
「えっ、やっぱだめなのか? 全然?」
まさかそうなのかと、レイモンドが質問した。
「さぁ、俺は詳しく知らん。お前らは、実際にマリアから何も聞かなかったのか?」
「お嬢ちゃん、めっちゃ視線そらしてたから、確かめることになったんだよ」
ニールが、後輩扱いでロイドに答え、マリアとヴァンレットに指を向ける。
当のマリアは、ロイドの入室なぞどうでもいいと言わんばかりに真面目な顔付きをしていた。気のせいか、今から戦うか仕事をする時の顔になっている。
「……おい、あいつは大丈夫なのか?」
ロイドが、いつもの感じをやや抑えて控えめに発言する。
するとグイードが、確かにと同意してこう言った。
「マリアちゃんから、闘気が滲んでいる気がする……質問していた時の反応も、気になったんだよなぁ」
「ん? なんだ、これ」
「手配できた初級ダンス受講の講師と、日程だ」
持っていた紙の束を渡されたレイモンドが、ロイドから受け取る。
「時間の都合なども踏まえ、手っ取り早く、クリストファー殿下らをみている講師が、いつも連れてきている若手に当たってもらうことにした」
「お前、そういうところは昔からキッチリしてるよなぁ」
「なんだ、さっき実際に会って段取り付けたのか?」
立ち上がってやってきたジーンが、ひょいとその資料を覗き込んで言った。
その時、マリアとヴァンレットが踊り始めた。
――気付いてそちらに目を戻した面々が、直後、黙り込んだ。