三十五章 まさかの私も参加ですか!?(3)
それからマリアは、薬学研究棟を出て、早朝にアーバンド侯爵邸で知らされた通りの王宮の一角にある部屋へと向かった。
貴族向けのサロンがある場所の中で、ひっそりとした佇まいの扉を持った部屋だ。
「まさか、またここに入ることになろうとは……」
ちょっとした休憩所というか、普段から、何かあると気軽に集まっていた部屋でもあった。
ノックをしてみると返事があった。開けて早々、十六年前と軍服や衣装だけが違った友人の顔ぶれに、一瞬、時代を錯覚しそうになる。
「マリア、おはよう」
「おはようございます、レイモンドさん」
答えながら入室した。よく待ち合わせ場所へ一番に来ていたレイモンドは、ソファ席でコーヒーを飲んで寛いでいた。隣には、騎馬隊時代の相棒グイードの姿がある。
他、そこには抜けて来られたらしいジーン、ニール、ヴァンレットといった臨時班のメンバーも集まっていた。
と、こちらをガバッと見たジーンと目が合った。
「久しぶり! 元気にしてたか!? 会いたかったぜ親ゆ――ぐはっ」
大手を広げて突進されてきた一瞬後、マリアはいつものように『親友』と言いそうになった台詞を遮るべく、反射的に彼の顎を膝で打っていた。
「副隊長おおおおおお!?」
ソファの背にもたれかかっていたニールが、目を剥いて叫んだ。
レイモンドが、「朝っぱらから、なんなんだろうな……」と呟き、もうなんとも言えない表情になる。
「ちょ、お嬢ちゃん、一言目のあとに暴力で応えるって、凶暴すぎない!?」
「当然の対処ですわ」
マリアの低い声が、淡々と上がる。
そんな彼女の足は、床にうつ伏せになった『大臣』ジンの後頭部を踏みつけていた。その目は、おい分かってんだろうな、と無言で叱り付けている。
ジーンが、よろよろと手を上げた。
「す、すまんかった。ほら、戻ってきてから、しばらくずっと会えていなかったから、禁断症状が」
なんの禁断症状だよ、阿呆か。
するとグイードが、コーヒーカップを揺らすこともなく言う。
「おいおいジーン、女の子にいきなり飛びかかるのは、さすがになしだぜ。驚かせちまうのは当然だろ」
女の子に一番優しい男、グイードはニールに助け起こされるジーンを眺めている。返答を聞き届けてすぐに足を離していたマリアは、視線に気付くとヴァンレットへ笑いかけた。
「さっきも会ったわね。おはよう、ヴァンレット」
「うむ。リリーナ嬢は、しっかり授業を受ける場所に送り届けたぞ」
子供みたいな目で報告されたかと思ったら、「うむ」と今度は、王宮一の大男である彼に特徴的な緑の芝生頭を寄越されて、マリアはやや苦笑を浮かべた。
「はいはい、偉いえらい」
「うむ」
ついいでにワシワシと撫でてやったら、ヴァンレットが満足そうに言った。
開催日が近くなっている今回の大きなパーティーは、第四王子の婚約祝いとその婚約者のお披露目だ。城にいる者の中でも、戦力値の高い上位者らからも護衛が選ばれる。
どうやら今回は、ヴァンレットとレイモンド、グイードも〝護衛参加〟のようだ。
さすがに大臣のジーンは、無理だろう。水面下で動かしているというニールは、堂々と表に出せないだろうから非参加か。
マリアがそんなことを考えていると、休憩を兼ねた手短な打ち合わせの集まりの中、レイモンドがティーカップを置いて声をかけた。
「パーティーの件、聞いたか?」
「聞きました。だから、来たの……」
後半の声が溜息で小さくなる。
グイードが、ちょっと目を丸くしてマリアを見た。
「なんかテンション低いな~。不足があったら必要準備を確認する、って程度の集まりなんだけど、マリアちゃんもなんかあんのか?」
「私もって?」
ふと、言い方が引っ掛かって尋ねた。
そうしたら、いったんソファに戻ってコーヒーで喉を潤したジーンが、それをカツンッと品なく置いて、ピシリと指をさして言った。
「いや、誰がヴァンレットを抑えるか、って話」
ジーンの指を向けた先には、「ん?」と立っているヴァンレットがいる。ニールもレイモンドもグイードも、ついでみたいに同じく指で示した。
……第一宮廷近衛騎士隊の隊長が、そんなんでいいのか。
「抑えるって、子供じゃないんですから……」
「パーティーの時、仕事が勃発しないと色々とよそに気を取られる」
「グイードさん、それってかなり大問題では」
「ついでに言うと、思い立ったらふらりとそっちに引っ張られる」
ジーンが、グイードに続いてスパッと意見をあげた。そうしたらレイモンドが、過去の苦労を思い返した様子で、額を押さえ項垂れた。
「更についでに言うと、いきなり『結婚しませんか』宣言で、参加者をドン引かせるなと陛下からも直々に頼まれてる……」
「うわぁ……確かにそれ、招待客にされたらまずいですわね。あれ? でもニールさんだけ不参加なんですよね?」
「そうだよ?」
「参加したいとか思わないんですか?」
「やだよ。俺、作法とか知らないもん。メシは美味しく食べたい!」
その挙手された主張を前に、マリアは一拍置いて首を捻ってしまう。
パーティー、イコール美味いごはんという認識なのだろうか。いや、さすがにそれはないだろう。ニールだって、いい歳した大人の男である。
「ニールさんのことだから、迷惑なチカン野郎のあれやそれやで、綺麗な女性を見たいのかと思ってましたわ……」
「お嬢ちゃん。思考がただもれだよ。結構ひどい」
だってオブライトだった頃、パーティーの参加を羨ましがられた覚えがある。付いていきたい、付いていっていいかと周りで煩くされた。
するとニールが、まっいいかと明るい声を出してきた。
「あの覗けもしないドレスのガッチリしたスカートとか、見せる感じで盛ってある胸元の衣装に興味ないよ! 食べ物が豪華なのはいいよね! でもさ、どうやって食べたらいいのか分かんない高級料理?とかは、食べ方に困る時点でもういいやってなる!」
「ニールさん。ニールさん私、とても心配になってきました」
あっけらかんとした笑顔のニールの話を聞くごとに、マリアも顔を手で押さえ、どんどん俯いていった。
作法、ちょっとくらい教えとけば良かったかな……。
そう思っていると、ジーンのカラカラ笑う声がした。
「ははは。親友よ、息子を育てる親な目――いてっ」
マリアは、無言でサイドテーブルの小さな置き物をジーンに放った。
「で? 何が問題でもあるのか?」
ヴァンレットが、落ちた小物を拾うのを横目に見ていたグイードが、ふと改めてそう尋ねた。
一同の目が、当初の話題を思い出したかのようにマリアへと向いた。ヴァンレットをどうするか会議、と思って来ていたレイモンドも不思議そうに考える。
「リリーナ嬢のメイドとして、護衛を見越した参加を家の人もオーケーしたんだろ? 当日は一緒に連れてくるって、人員確保で頭を痛めていたベルアーノさんが、いい返事をもらったらしいぞ?」
「あれ? もとはベルアーノさんの発案だったんですか?」
マリアは、きょとっとしてレイモンドに尋ね返した。