三十五章 まさかの私も参加ですか!?(2)
リリーナが起床し、いつも通りの朝が始まった。屋敷でのメイド仕事、彼女の世話や準備が進められて、サリーと共に王宮から迎えに来た馬車に乗った。
道中もずっと、頭にあったのは婚約披露パーティーのことだ。
メイドとして参加することしか予想していなかった。まさか王宮側の助っ人として、その護衛の頭数に加えられるとは想定外だ。
でも、それでパーティー参加者として参加するとか、必要か……?
正直言うと、パーティー参加は嫌だった。
主役は第四王子クリストファー、というと、護衛にはレイモンドたち辺りが選ばれているんだろうな……。
参加者としても不自然ではないし、いつもそうだった。
そんなことを思っている間にも、マリアは薬学研究棟に辿り着いた。
「どうかされましたか?」
ノックをして、応答があって入った途端、作業台の方にいたルクシアにそう声を掛けられた。
大きな眼鏡の向こうで彼の、アヴェインと同じ金緑の目がきょとんとしている。向かいの作業椅子に座ったアーシュも不思議そうだった。
マリアは、ふぅと鼻から息を吐きながら扉を閉めた。
「いや、その、新しい任務が……」
もごもごと答えた。
そのまま向かってくるマリアに、アーシュが文官服の上から羽織った白衣を揺らして、ん?と顔ごと向けてから尋ねる。
「また臨時班か?」
「うーん。お嬢様のメイドとしての護衛業、かな」
「メイドが護衛って、おかしくないか?」
その時、マリアは作業台のメンバーに改めて目を留めたところで、ハタと気付いた。
そこには、薬学研究棟の医療課を任されているライラック博士もいた。自分から協力を名乗り出て、今はルクシアの研究を手伝ってくれている人だ。
「あ、すみません」
マリアは、やや遅れてぺこりとメイドらしく頭を下げた。
「いえいえ。仲がよろしいようで」
ライラック博士が、柔和な印象がある目元に笑みを浮かべて言った。年齢的なところもあるのか、マリア達を見つめる眼差しは微笑ましげだ。
「本日、例の毒の現物が届きました」
マリアが揃ったところで、ルクシアがそう打ち明けた。
ああ、だから朝一番にライラック博士が既にいたのかと納得する。恐らくは運ばれて来た際に、一緒に段取りなどの説明を聞いたのだろう。
ということは、あの大司教邸の地下から、現物を確保できたのか。
ステラの町を出る時も、そちらの詳細については聞かされていなかった。実際に先頭になって踏み込んだのはジーンだから、気を遣ったのだろうことは容易に推測された。
「これから、そちらを最優先で調べます。彼にも手伝ってもらう予定です」
ルクシアが手で示すと、ライラック博士が控えめな性格が窺える笑顔を返した。
つい、毒についてぼうっと思い返してしまっていた。しかしふと、その笑みにやや疲労感が滲んでいるのを察して、マリアは我に返る。
「少し、お疲れですか?」
先日、大司教邸のことがあってから、ルクシアと一緒になって宰相らとの話し合いに参加し、打ち合わせなど行っているとは聞いていた。
するとライラック博士が、「いえいえ」とやんわりと否定する。
「そんなことはありませんよ。アーシュさんより、早めに退出しているくらいですから」
彼の王宮勤務は、普段から早めの終了で設定されていた。医療科などの管理者として出勤が早いこともかかわっている。そして、時間外までは働いてはいない。
――もしかして、課題を家まで持ち帰って考えたりしているのでは?
ライラック博士の性格からすると、その可能性も浮かんだ。彼は十五歳のルクシアの力になろうと、日頃から本当に献身的だった。
そして、それ以上に、彼自身が毒のことにも大変心を痛めていた。
「あまり危ないことはしないように。できる分の協力でいいのです」
ルクシアが、やや目元に心配さを滲ませて言った。
何か自分たちが見えないところで、無理をしているのではないか。そんなことを思っているマリアたちに、ライラック博士が優しげに微笑んだ。
「私も、そのように考えております。私は大丈夫ですよ」
気のせいか、それは心配されるのを隠すような笑顔にも見えた。
『私は大丈夫』
その言葉に、マリアは小さな違和感を覚えた。なんというか見掛けでは予想が付かないような、覚悟が隠されている気がした。
昔、自分もそんなことを言っていなかっただろうか?
胸騒ぎのようなモノを感じた時、マリアはライラック博士の袖を掴んで声をかけていた。
「何か心配ごとがあったら、すぐに相談してくださいね」
「はい、もちろんです。ありがとうございます、マリアさん」
本当に……?
そういえば以前、彼は視線を覚えるというようなことを言っていなかっただろうか――と考えかけた時、アーシュの声が聞こえた。
「んで? その新しい任務で、お前のスケジュールが変わったりするのか?」
「それをこれから話すの。恐らくは、時間が大きく取られてしまうことはないと思うけど……」
屋敷では暇がないことを考えると、ダンスの件はこっちでやりそうな気もしている。
「ルクシア様達を続き部屋へお見送りしたら、私、少し行ってきますね」
マリアが溜息交じりに報告すると、ルクシアが言う。
「それでは、先に私達の方のスケジュールをお伝えしておきましょう。危険な毒物を扱いますから、できるだけ指定された時間以外の扉の開閉は避けるように」
そうして朝の休憩時間、しばし珈琲と菓子をつまみながら話し合われた。