三十四章 大司教邸と王国軍(5)
守護騎士を斬ったジョナサンに、うふっと場違いな笑顔でピースをされて、緊張感が一気に抜けそうになる。
――が、奴は、白を基調とした神父服に帰り血を浴びていた。
「な、なんでお前がいるんだよ」
待機のはずでは。
ややあってから、マリアはようやく声が出た。正直言うと、ここにいて欲しくない現地人ナンバーワンだったから、問う口の端も引き攣っていた。
聖職である神父なのに、血まみれの剣が似合うのもなあ……。
そう思っていると、ジョナサンが、近付いてくる守護騎士に目も向けないまま、邪魔しないでよと言わんばかりに短剣を放って絶命させた。
「オブライトさん、まさか僕に会わないままここから出ていこうだなんて、思っていなかったよね? ねぇどうして昨夜は連絡の一つもくれなかったの?」
美しい彼に、神か天使みたいに優しげな目で、にこっと微笑みかけられる。
ジョナサンの真意がつかみかねて、つられて笑みを返したマリアの顔はいよいよ強張っていた。なんか、もう、台詞からして嫌だなと思った。
「いや、だからなんでここにきているんだ……」
「あはは。せっかく面白い騒ぎになっているのに、僕が大人しくじっと待っていると思う?」
……ないな。
マリアは当時、悪魔だのなんだのと言われていた双子の少年司書員の片割れ、ジョナサンを考えてそう思った。
「まぁ、僕も目的があるんだよ。大司教アンブラを〝見届け〟ないとね」
ああ、そういえば最高司教の方から元々寄越されていたんだっけか。マリアがそう思い出していると、気付いたジョナサンが、また一人守護騎士を斬った。
「お前、それは私の仕事なのに」
呆れて、声をかける。
そういえば、こんなところで止まっているわにはいかなかった。そう思い出して再び疾走を開始すると、マリアにジョナサンが並びながら言った。
「いいじゃん。戦場にいれば、戦闘員も非戦闘員も関係ないよ」
「でもなぁ」
剣を向けてきた別の男を、マリアは斬り捨てながらうーんと考える。
その時、不意にジョナサンに肩を掴まれた。彼は自然に顔を寄せると、彼女の耳元に囁きかけた。
「それよりさ、あんな雑魚に手の届く距離まで近付けさせるだなんて、オブライトさん、鈍ってんじゃないの?」
声はとても柔らかいのに、一瞬、場の空気がピリピリする。
彼は元々不器用な少年だった。もしや、彼なりに先程の状況を心配して、気を損ねでもしたのか。一人で突破するところにジョナサンを連れた事はない。
なるほどなと、マリアは自分なりに解釈してむっかーとした。
「ぬかせ。それ以上言ったらシメるぞ」
イラッとしてそう言い返した。正直、アーバンド侯爵家で戦闘メイドとして鍛えられているとはいえ、男だった全盛期の体と比較すると、今の少女の身では劣るのは分かってる。
でも、体の大きさがなんだというのだ。
闘いは忘れていない。ならば、この小さな体に合わせた戦いでいくまでだ。
そもそも子供だとか大人だとか、軍人だとか貴族だとか関係ないと、出会ったばかりの頃の少年のジョナサンも言っていた事だった。
マリアは、そう思い返して彼を冷やかに睨み付ける。
するとジョナサンが、ぞくぞくした様子で口角を引き上げた。
「イイね。やっぱり、そうこなくっちゃ」
受けた殺気への感想を口にした彼が、走りながら剣を振るった。その隣で、マリアは自分の方の手の届く守護騎士を斬り付けた。
「地下の件は、ジーンさんが向かっているんだっけ?」
ひゅっ、と剣に付いた血を振り払い、ジョナサンが隣のマリアへ問う。
そこには〝けったいな保管庫〟がある。香水として装われて小瓶に詰められた例の毒が、数えきれないほどあるのだとは聞かされていた。
恐らくは、ジョナサンもそれを知って訊いているのだろう。
「ああ。元々ジーンが追っていた案件でもあるから、直接ロイドにも担当すると言って、それ用に別部隊も連れている」
「つまりジーンさん側の、陛下との事情も知っている連中って事か」
「その者達を抜擢して今回入れている事は、内密にと言われた。ニールとヴァンレットが、その間、本来の部隊メンバーと地上一階に残って、対応にあたる事になってる」
「ふうん。まぁ、もし現物があるとしたのなら、せっかく目と鼻の先まで来たところで邪魔をされたら、たまったもんじゃないもんねぇ」
爆破などで証拠隠滅をされないよう、今回の突入も緻密に計画立てられていた。
マリアは、思案しているジョナサンが、意味深に微笑んだのに気付いてその横顔を見上げた。
「お前も、気になっているのか?」
「例の『魔法の毒』ってやつ? ふふ、まさか。そんなもの僕は興味ないよ――物を使うのも運ぶのも、結局は人間だから」
言い回しがうまく理解できず、首を傾げる。
そんなマリアを察して、ジョナサンは横目に視線を返し――とてもとても美しくほくそ笑んだ。
「オブライトさん、今回の件、続く一連も全部、僕が興味を抱いているのは〝人間だけ〟だよ」
明確な言い方をはぐらかされたような気がした。けれど、そんなマリアの思いは、にこっと普段の調子で笑ったジョナサンの、続く言葉に途切れた。
「見える? あの無駄に豪華な扉のところが、大司教の部屋だ」
いつの間にか、目的の場所まで数メートルの距離にいた。