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三十四章 大司教邸と王国軍(3)

 やがて壁の根元が見えてきた時、マリアとグイードは「あ」と同時に声を上げた。


 そこには、既に兵と守護騎士団が駆け付けて、マリア達を待ち構えていた。白を基調とした盾、リーダーらしき男が何やら喚いて隊列を整え剣を持つ。


「騒ぎが始まったばっかだってのに、お早い対応で」


 グイードが、ちょっと面白くなさそうに呟いた。


 恐らく上の方の監視場から見えたのだろう。普段からの徹底した守りが窺える。


 教会が防衛のために立ち上げた守護の戦士組織は、神への忠誠心のもと暗殺から拷問までしてのける。手を抜くなとは指示されていた。


 ――降伏を示すのであれば、話は別だが。


「馬を連れてないって事は、どっかからすぐ降りられる用意はしてあるみたいだな」

「ああ、それもあって壁は傾斜状になっているんですかね? 私、てっきり何か対侵入用の仕掛けでもあって、その都合上だけだと思っていました」


 向こうから守護騎士団のリーダーらしき男が、何やらお決まりの台詞でも吐いているようだが、マリアとグイードは自分ペースで話していた。


 しばし、二人はうーんと考える。


「マリアちゃん、ちょっと荒っぽくなるが、いいか?」


 ふと、グイードに肩越しに確認された。


 マリアは、向けられた流し目に、彼が何をしようとしているのか分かった。気付けば彼女は、込み上げる闘心を隠しきれずニイッと男の子みたいに笑っていた。


「こういう時に限っては、荒っぽいのも全然大歓迎です」

「ははっ、マリアちゃんって普段から荒っぽいけどな~」

「心外ですわ」

「いてっ、ちょ、にこっと笑って頭掴むの無しッ」


 マリアは、きらきらと大人びた微笑で、後ろからグイードの頭をギリギリと鷲掴みしていた。でも、二人の間には、とてもカラッとした楽しげな空気が流れてもいた。


 気付いた時には、もう、いつの間にかバカみたいに笑っていた。


 ――どうしてか、とても懐かしい気がした。


『荒っぽくなるけど、いいか後輩?』

『まぁ、この状況だったら歓迎だ』

『お前がいつも荒っぽいんだけどな。いてっ――オブライト、お前先輩に向かって頭掴むとかやめない!? 切れたら一番怖い上司だって、最近軍区で話題になってんぞ!?』

『あはは、それは心外だな』

『仕事モードの落ち着きで怒ってるとか、もう笑顔からしてこわっ』


 なぁオブライト、これ終わったら飲みに行こう。相棒とさ、ジーンも誘って、今度こそあのお堅いミゲルの奴をでろんでろんに酔わせてみようぜ! え? その前にぶっ飛ばされそう? 大丈夫だって、あいつああ見えて……。


 一瞬、前世(むかし)の記憶が、吹き抜けた風のようにして脳裏を過ぎっていった。


「マリアちゃん! 想定より荒っぽくなりそうだぜ!」


 不意に〝今〟のグイードの声が耳に飛び込んでくる。


 マリアは、それを聞いてハッと我に返った。


 ほんの僅か、自分が何かを思い返していたと気付く。自分とした事が集中力を欠いてしまっていたようだ。……それくらいに、一瞬、とても懐かしい気がしたんだ。


 視線を前へ向けてみると、大司教邸の壁に沿って構えていた守護騎士団達が、第二の守りとした後ろに兵を置き、盾を前にこちらへと駆け出しているのが見えた。かなりの緊張状態で闘気が半端ない。


 だが、一方で、目の前からはワクワクとした雰囲気を覚える。


 目を戻してみれば、馬の手綱を握るグイードはかなり調子の良さそうな笑顔だ。想定よりやばいと言っておきながら、これからマリアを投げるために抜刀もできない条件下で、彼はは溌溂とした表情を浮かべている。


「なんか、グイードさん活き活きしてますね……?」

「なんか楽しくなってきたなーって」


 ……そんなに、私という女の子を投げる事に躊躇がないのか。


 自分は、やはり女の子枠として数えられていないんだろうか。女性を大事にする彼にしては珍しい。マリアは「胸か」「それとも色気か」と、胸中でほろりと呟いてしまう。


 だが直後、続いてグイードの言葉が耳に入ってきた。


「マリアちゃん、投げるまで剣の方を頼んでもいいか?」


 その問い掛けに、つい空色の目をパチパチとする。ああ、まぁそうか、先程意思確認はされた。自分が戦闘メイドであるから、なのかもしれない。


 なら、ひとまず遠慮はいらないか。


 そう思ったらスッと肩が軽くなって、口角を引き上げマリアは抜刀していた。


「任せて下さいグイードさん! それまで私が、しっかり防衛しますわ!」

「お~、マリアちゃんも活き活きしてるな~」


 ははっと笑った直後、グイードが馬を更に加速させた。


「もう引き返せないからな」


 ニヤニヤと言葉を送られる。


 上等だ。マリアは、彼の肩に片手を置いた状態で、敵の守護騎士団の方を見据えて剣を構えた。


「構わん! そのまま突っ込め!」


 咄嗟に素の口調が出た直後、グイードの馬は守護騎士団の懐へ突入していた。


 突き出されてくる守護騎士団の剣を、マリアは反射的に全部防いで弾き返した。ポニーテールの髪が揺れ、その瞳孔開いた青い目は真っすぐ前だけを見ている。


「なっ、なんだこいつ、子供か!?」

「男みたいな女か、女みたいな男か、どっちだ!?」

「女の子みたいな趣味の研修騎士にやられるとはっ!」


 そんな動揺が耳に入った直後、マリアは「あ?」とブちぎれた目を彼らに向けた。彼らの中を進んでいくグイードが「ぶはっ」と肩を震わせている。


「阿呆。顔見て分かれよ女だ、髪も長いだろリボンまでしちゃってんだろ」

「いやっ、そのメンチの切り方は――男だ!」


 何やら、プライドの高そうな守護騎士団の男が言い放った。しかし、その一瞬後、スカートでなくなったマリアが容赦なく靴裏を顔面にめりこませていた。


「なんだ、私がそこまでド貧乳だっていいたいのか? あ?」


 マリアが低い声で言った。


 馬で通りすがらの〝見事な踏み付け〟だった。自分達が用があるのは内側だ。ひとまず殺さない剣技でいっている彼女の剣が、動きには恐ろしいくらいに無駄がないのにまるで殴るようなものに変わる。


 守護騎士団、そして参戦した兵の悲鳴が、通過する馬の左右で起こる。そのかたわらでグイードが、ぴたりと肩の震えも止めて馬を走らせていた。


「マリアちゃん、意外と切れたら制裁がドSで、容赦ねぇな……」


 なんかストレスでも溜まってんのかな、と彼は悩み込んで呟く。


 グイードが動かせる軍馬は、男達を蹴散らしながら真っすぐ大司教邸の塀へ向かった。少しもしないうちに目と鼻の先に見えてくる。


「いけそうか?」


 その声に気付いて、マリアは盾ごと〝剣でぶん殴った〟男から、彼の方へと目を戻した。


「いけますわ」

「……頼もしい表情と言えばいいのか、静かに苛立ちがつもってキリリとしている表情と言えばいいのか……」

「この際ですから、正直に答えます――この阿呆共を一旦拳で教育し直したいです」

「あー……やっぱり?」


 さっきから、絶対女だとは信じないだの、とくに「ヅラに違いない」「妙な仕込みしやがってなんの目的が」という下りで、とくにマリアはピリピリしていた。


「私、大変遺憾です」

「……それ、眼鏡ネタを振られたモルツが、おんなじ反応してたなぁ」


 一時、二人の間で緊張度合に落差ができた。しかし、軍馬を進めるグイードを、マリアは真顔で引き続きサポートして邪魔な守護騎士達の剣を払っていた。


 とても高い要塞のような〝壁〟が、目前まで迫っている。


 グイードが、ふぅやれやれと一度息をもらした。それから、気持ちを切り替え――思いっきり馬を走らせた。


 かと思ったら、軍馬が大きくジャンプした。潰されるな引け引けと守護騎士達が騒ぐが、そんな事など二人にとってただの好都合だ。


 手綱を一旦手放したグイードが、マリアを持ち上げた。


「よっしゃ行ってこい!」


 言いながら、火事場の馬鹿力のごとく、一気に力が底上げされたグイードによって放り投げられた。


 マリアが高く飛んでいく。守護騎士団の男達が、唐突な行動にぽかーんと目で追った。壁に足をつくと、飛んだままの力を生かして彼女は一気に〝壁を駆け上がる〟。


「嘘だろ……!」

「あの女みたいな男の子、そのままいってしまったぞ!」

「人間じゃねぇ!」


 ――だが先日、悠々とこの壁を〝手の力だけで乗り越えて〟、大司教邸に悠々と潜入して返っていった使用人が一人いた事を、彼らは知らなかった。


 マリアの姿が、壁の向こうへと消える。やはり上は見張り台も設置されていたのか、何人かの守護騎士が吹き飛ばされるのが見えた。


 馬を引き返すように走らせながら、見送ったグイードが口笛を吹く。


「ひゅー、さすが〝アーバンド侯爵家のメイド〟」


 身軽だなぁと彼は感想を述べると、軍馬によくやったと褒めて首を少し撫で叩いた。そのまま大司教邸の正面入り口側へと、一気に向かわせる。


「んじゃ、ポルペオんとこで相棒も頑張ってるし、俺もそっちに行きますかね」


 騒がしい目的進路先を見据え、グイードは剣の柄に指をかけた。

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