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三十四章 大司教邸と王国軍(2)

 ステラの町に朝日が昇った。


 人々が活動を始め、聖職者による二回の〝祈り〟がされて恒例の移動風景が見られた。それから教会施設で、シスターや神父が腰を落ち着ける。


 次の〝祈り〟までの長い空き時間だ。神聖な空気でもまとっているかのように、これからステラの町特有の穏やかな時間がしばし流れる。


 ――のだが、ステラの町は、ひっそりと普段とどこか違っていた。


「やぁ神父様、今日も頑張っておられますね。お掃除ですか?」

「おや、お店の方は大丈夫なんですか?」

「宿の方は、息子がみてくれていましてね。ああ、神父様、ちょっと中へ戻りませんか。少しお話を聞かせてください」

「はぁ、別に構わないのですが……」


 住民ににこにこと話しかけられた神父が、「さぁさぁ」と背中を押されて、不思議そうながら一緒に小さな教会の中へと戻る。


 大司教邸への道周りから、人々の姿がとても少なくなっていた。この自由な時間を使って掃除をしたり、ボランティア活動をしている聖職者の姿も一気に落ち着く。



 国内で二十一人の上級聖職者、大司教。


 大聖堂の分館としての役割も果たしている大司教邸には、多くの聖職関係者らがいた。神殿部では、祈り後の日課仕事も再開され始めている。


 ――その時、にわかに外が騒がしくなる。


 建物の内部にいた聖職者らが、なんだろうと顔を上げた。


 警備にあたっている聖職機関の守りである戦士組織、守護騎士団の男達が正面の大扉へと向かい出した。


 が、その一瞬後、突如として大司教邸の門が開け放たれていた。


 騎馬をした部隊の男達が、そこから一気に流れ込んできた。


 横から続々と騎士らも続く中、先頭で一度馬の頭を上げさせたのは――ポルペオ・ポルー第六師団長だ。彼は建物内にいた者達に、一枚の書面を掲げて見せた。


「我ら王国騎士団である! こちらに並ぶ罪名により、国王陛下の命によって当大司教と続く各者共の身柄も確保させてもらう!」

「これより大司教邸は王国軍が制圧する! 降伏せよ! 逆らえば斬り捨てる!」


 直後、レイモンドが剣を構え、ポルペオと共に馬を走らせた。同じく騎馬をした者達が、続けと言わんばかりの勢いで建物内へとなだれ込む。


 守護騎士団が正面から衝突した。事情を知らぬ下位の聖職関係者らが、わっと逃げ惑い、ひっくり返り、すぐに降伏を示したりと大騒ぎになった。


 すぐに正面扉から、別軍服の集団が突入してきた。それは騎馬した警備隊を引き連れた、オルコット・バーキンス警備隊長だった。


「銀色騎士団総隊長の直命だ、これより我らも王国軍に加勢する! 警備隊、国王騎士団に続け!」


 剣を向けてオルコットが怒号すると、気圧されていた警備隊の部下たちが「お、おぅ!」と答え、もうやるしかないんだと本物の制圧現場へ次々に参戦する。


 ――混乱と悲鳴と死闘。


 そんな正面からの騒ぎと同じくして、大司教邸の裏門も大きな騒ぎになっていた。そこからはジーン率いる王国軍の部隊が突入していた。


「派手にいこうじゃねぇか! 臨時だが、俺がテメェらを引っ張ってやる!」


 銀色騎士団、近衛騎士隊、騎馬隊、兵……かき集められた部隊の男達へ、馬に乗ったジーンが号令を上げて大司教邸の裏門を突破した。


 圧倒的な戦力でもっと突進していく姿は、まさに止まらない巨大な人間砲弾だ。掛け声は勝機に満ち、それを裏付けるかのような力強い行進。男達の士気は一気に高められ、独自の訓練教育を受けている守護騎士団をフルパワーで押していく。


 ……何人か、若い軍人達は目をこすってもいたけれど。


「あれって、大臣じゃなかったっけ?」

「普段の行動力がまんま戦力換算されてる気が……」

「この件、参加者の詳細については秘密に、って通達あったけどなんでだろ」

「さぁなぁ。よく分からんけど、今回の部隊の人選も不思議だよな。俺、別に活躍もしてない一般兵なのに」

「よく分からんけど、総隊長様も含めて直々に選んだらしいぞ。『信頼がおける者』だってさ」

「じゃあ、あの赤毛もそうなんかな?」


 誰かが、そんな声を上げて指を差す。その方向には、王宮一の大男【猛進の最強近衛騎士】ヴァンレットとタッグを組み、先頭のジーンをサポートして派手に暴れているニールの姿があった。


「ちんたら馬なんて乗ってられっかよ! よしっ、いけヴァンレット!」

「うむ。まずはあの邪魔な盾を崩すか」

「ははっ、なぁにが『優柔優秀なエリートの守護騎士団』だ。編成くずしゃあ、一気にガタガタになるぜあの部隊」


 にししっと笑ったニールが、素早く走り込みながら、もう数人の守護騎士団の男達を剣で吹き飛ばす。そのかたわらでヴァンレットが、自衛のためにしては物騒な砲弾台を運んできた守護騎士達を、それもろとも『吹き飛ばした』。


 おかげで突入した速度を保ち、ジーン率いる部隊の進行は止まらない。どんどん大司教邸の内側を目指して侵攻していく。


「隊長補佐と副隊長補佐の名コンビ、ナメてんじゃねぇぞ!」


 真っ赤な赤い髪を躍らせて、ニールがヴァンレットと共に次の『守護騎士の壁』を崩しに飛びかかった。


             ※※※

 

 その頃、一頭の軍馬が、大司教邸の〝横〟目掛けて駆けていた。


「始まったみたいだな」


 馬の手綱を握ったグイードが、音の方へちらりと目を向けて言った。その後ろで、彼の肩に手を置いて半ば立って騎馬しているのは、ポニーテール部分で大きなリボンを風に揺らしたマリアだ。


「そうですわね」


 マリアは、大きな空色の目を彼と同じ方にやって、落ち着いた様子でそう答えた。


 今回のもっとも重要なのは、生きた状態での『大司教アンブラ』の捕獲だ。先日に打ち合わせた通り、制圧だとか毒の現物確保だとかを考えず、マリアはただ真っすぐ彼を狙う。


「地図は頭に入っているか?」

「大丈夫ですわ。どんなに騒がしかろうと、私、ルートは絶対に間違えません」


 マリアが目標建物へ目を戻すと、肩越しに見ていたグイードがちらりと笑った。


「さすが、アーバンド侯爵家の〝戦闘メイド〟」


 そう投げられた言葉に、マリアは答えなかった。


 ――それは、前世、オブライトという軍人として生きた時から変わらない事だ。戦場において、判断を誤った事はない。


 いや、誤れなかった緊張があったから、というべきか。


 マリアは思い出して、ふと考えてしまった。一人で生きていた頃は、自分が死なないために。そして軍人になってからは、後ろを付いてくる部下のために――。


 真っすぐ、目的をこなす。進むべき道を、迷子で減速なぞしていられない。


『俺ら臨時班の目的は、あくまで大司教自身が第一目標だ』


 先日、王宮でジーンが語った事を思い出す。見上げてみれば、だいぶ近くなった大司教邸の大きさが実感できた。


「随分豪勢な『家』ですね」


 はぁ、王様でもいんのかな、とマリアは呆れて正直な思いを口にした。


 元は、旧第三聖堂と呼ばれていた、骨董のような聖職機関の建築産物。それが大聖堂ベネディクトの分館となって、現在の大司教邸へと改増築された。


 大聖堂がある土地は、実質的に聖職機関が統治している。その規模はステラの町が上から四番目というだけに、町が広いだけでなく大司教邸まで立派だ。


「俺から言わせてみりゃ、三番目を追い抜く勢いで立派すぎると思うぜ?」

「グイードさんは、他の大聖堂のところもご存知なんですか?」

「まっ、社交の都合でな。普通、ここまで豪勢・派手に作ったら、金を注ぎ込んでいると神聖視している者達からの信頼を失う――ま、とうに失っていると開き直ればできるんだろうな」


 もしくは、と辛辣に言い掛けてグイードが口を閉じる。


 マリアはその言葉のあとを続けた。


「元々、下の者を同じ人間と考えない。そこからの意見や反応など、自分の人生には微塵にも利損をうまない、だから『ないに等しい』と考える人間か」

「辛辣だなぁ、マリアちゃん」

「仕方がないんですよ。いろんな人がいますから」


 詳しくは答えないまま、マリアはちょっとだけ困ったように笑ってみせた。ひどい事を口にしたくなかった。それは聞く相手にも、嫌な思いをさせてしまうから。


 グイードが、しばし止まった。


「グイードさん? 前を見ないと、さすがに危ないですわよ?」

「えっ、ああ、悪い」


 ずっと見つめ合っていたのに、唐突に声をかけられたみたいに、彼が焦って視線を前方へと戻す。手綱で指示された馬が、人払いがされた街中の細い道を進む。


「何か、考え事ですか?」


 珍しいなと思って、マリアは肩に手を置かせてもらっている彼に問い掛けた。


「いや、なんか思い出しかけた気がしたんだけど、忘れちまった」

「ふうん――あっ、この前見たところが見えてきましたね」

「こっから見ても、結構な高さだよなぁ」


 つられてグイードが言った。


 次第に迫ってくる大司教邸は、横から見るとまるで要塞のようだ。かたくなに正規以外の侵入者を拒むかのように、高い壁で囲まれている。


「改めてみると、高いな~」


 足場の短い段差を、馬を飛び越えながら呟くグイードは、緊張感がない。


 だが、不意にその雰囲気が引き締まる。普段から誰よりも社交性に長け、愉快そうにしている彼が気真面目な目をマリアへ流し向けた。


「マリアちゃん、いけるか?」


 そう、グイードが肩越しに訊いてくる。


 心配はないかと、確認をされているのだと分かった。女性に優しいグイードの事だ。もしここで〝マリア〟が嫌だと言えば、やり方を変えるつもりでいるのだろう。


 不安などあるものか。


 マリアは、女の子らしくなくニッと不敵に笑って見せた。彼は、騎馬隊の将軍だった当時、一番の乗り手だった。


 ――やってやろうぜ、グイード。あの時みたいにさ。


 そう思いながら、向かう高い壁の塀へと指を向けて言った。


「もちろんですわよ。グイードさん、思いっきりやっちゃってくださいまし!」

「よっしゃ! そうこなくっちゃ」


 楽しくなって来たぜと、グイードが調子を上げて馬を飛ばす。それは風のように入り組んだ細い道を駆け抜け、路肩の障害物も難なく跳馬させて進んだ。

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