三十三章 王宮にて~愛と擦れ違いと騒がしき…~(5)下
「えっと、すみません。その……なんか、作った本を返して欲しいそうで――」
ぎこちなくそう切り出した途端、こちらを見ているヴァレンティーナ達がカッと目を見開いた。
ひぇっ、とマリアは咄嗟に言葉を飲み込んでしまった。もしやリリーナ様に迷惑が、と背筋が冷えた直後、――彼女達が興奮した様子で黄色い悲鳴を上げた。
「あなたが『リボンのメイド様』ね!?」
「は……? えっと」
「リリーナ嬢の専属メイドなのよね!?」
「ごらんになって皆様ッ、リボンが本当に同じですわ!」
「『リボンのメイド様』は、わたくしのお父様とも知り合いなのですって!? ああ、男性のごとき強さで、王宮での身分違いを押しのけ、そして起こる愛とロマンス! 素敵ですわっ!」
「え? あの、ちょ、待ってください。それにメイド様って……?」
がしりとヴァレンティーナに手を掴まれてしまったマリアは、畏れ多いうえ、きゃーきゃー騒がれてしまっている状況に、混乱のド真ん中に陥って呆気に取られた。
令嬢たちは、すっかり興奮して話も聞いていないようだった。マリアを周りから忙しなく見ていったかと思うと、続いて目的を思い出したように強い目を向ける。
「な、なんだよ?」
一斉見つめられたエリオット達が、びくっとして身構えた。
するとヴァレンティーナが、一冊の手製のような薄い本を取り出した。美少年軍団が「あっ」と指を差す中、令嬢たちの意見を代表するようにして、彼女が彼に詰め寄り質問する。
「エリオット答えなさい! この本ッ、書いたのは一体誰ですの!?」
「はぁ? また呼び捨て……まぁ、それは僕が書いたんだよ。みんなで構成とか文章チェックして、ようやく仕上がった完成品なんだ。だから返――」
「まぁっ、本当なの!?」
ヴァレンティーナが叫ぶ。少女みたいにキラキラとした表情と目を向けられたのは初めてなのか、エリオットが「は……?」と今のマリアと同じ表情をした。
「わたくし、あなたを尊敬しました!」
「尊敬……? 君が、僕を?」
「そうよ素晴らしい才能ですわ! わたくしだけではありませんわ。ここにいる彼女たち皆が、あなた達が一緒になって本を作り上げた活動を尊んでおりますのよっ!」
本を渡されたエリオットが、手をぎゅっと握られてしばし放心する。
令嬢たちが、次々に美少年たちに尊敬を込めて握手を送りながら、「応援していますわ」「タイトルは誰がお決めに?」と好奇心たっぷりに質問し始めた。
やがてエリオット達の様子に変化が現われた。彼らは察したように瞳を輝かせて、まさか、本当に、と、まるで良き理解者に巡り合ったかのような表情で、ヴァレンティーナ達と見つめ合った。
「君らも、『この』良さが分かってくれたのかい……!?」
「勿論ですわ! 続きを期待しておりますッ」
「初めて意見が一致したね! ああ、なんて良き日だろうか」
「製本でしたら、わたくしの父の会社をご紹介しますわ!」
「僕たちッ、続きも誠意を込めて作るよ!」
「応援していますわ!」
そんな中、マリアはただ一人馴染めないままでいた。
やっぱり、彼らがよく分からない。意気投合した女の子みたいな美少年組と、強気な令嬢組の盛り上がりようから距離を取るようにして、そっと後退し徐々に離れる。
なんだか和解したみたいだし、これでいい……のだろうか?
そう思いながらじりじり距離を取っていると、ふと、向こうを見知った男が通るのに気付いた。それは、茶封筒を片腕に抱え持ったモルツだった。
騒ぎを察知した彼が足を止め、じっと見てきた。
「あなた、一体何をしているんです?」
彼にしては珍しく、じっくり観察して考えても、全く推測も出来なかったようで、長い沈黙の後そう問い掛けられた。
「…………私もよく分からない」
マリアは、そう困惑顔で答えたのだった。
※※※
その翌日の午後、マリアはリリーナのところへ戻る前に、急きょ伝言をもらって軍部の会議室の一つへと立ち寄った。
そこには、短い間にザッと話し合うため、先日視察に行った男たちの一部が集められていた。大臣として直前まで謁見対応にあたっていたジーン、グイードとレイモンド。そして同じく、スケジュールの合間を縫って出席してきたポルペオが壁際に立っていた。
「大司教アンブラは、内部を知る重要人物だ。確実に生け捕りにしろと正式に命令が下った」
ジーンは、今のところ集まれる面々が揃ったところで、早速そう言葉早く切り出した。
「部隊員は味方を集めているつもりだが、どこから情報がもれるかも分からんからな――確実な戦法で行く。突入部隊とは別に『横』から、うちの臨時班でも攻める」
いいか、と順に見て理解を確かめる。
マリア達が全員頷き返すと、ジーンは「よし」と言って説明を続けた。
「今回は現地の警備隊にも協力してもらう事が決定して、オルコット・バーキンスには信頼出来る一部隊班への通達しておくよう指示が出された。そして当日は、命令違反出来ない状況で他の部隊班の尻も叩いて参加させろ、という知らせも併せてやってある」
続いてジーンは、今回決定した配置についても説明していった。
「俺が大司教邸の裏、ポルペオが表から突入する軍の指揮をとる。ニールとヴァンレットは俺の補佐、グイードとレイモンドが、ポルペオの脇をサポートする。――だが、俺ら臨時班の目的は、あくまで大司教自身が第一目標だ。んで、リストにアップしてる『黒』の側近組も捕らえる」
地下の『現物』に関しては、参入部隊の方で抑えることになっているらしい。
そこでだ、とジーンは真剣な目で言って人差し指を立てた。
「俺らの中でノーマーク、それでいて『あの壁』を超えられる可能性を考え、臨時班の一番目戦力として、まずは『横』からマリアに行ってもらいたい」
一同の目が、本人を確認するようにしてマリアへと向く。
その視線の中、入口から入ってすぐの場所で立っていた彼女は、思案顔で「横……」と口の中で反芻した。つまり軍が突入する騒ぎに便乗して、自分があの例の『壁』を超えて、中央から侵入するって事か?
そう考えていると、ジーンが追って説明してきた。
「グイードが馬を走らせる。ついでのこいつの馬鹿力もあれば、マリアくらいの体重であれば投げられるし、それでいてマリアなら、壁のてっぺん近くまでいけると思うんだ」
するとグイードが、何度か経験がある役割なだけに「なるほどなー」と理解して言った。ふぅ、と息を吐く彼の思案する横顔は、口許がニヤニヤしている。
「まぁ、女の子を投げるのはあれだが、必要とあればやるしかないよな~」
「グイードさん、全然悪く思っていませんわね。顔が笑っていますわよ」
露骨に顔が笑ってんぞ阿呆。
マリアは半笑いで指摘してやった。女性に対しては、かなり気遣える優しい男であるのに、なんで今の自分には平気なのか少しだけ疑問も覚えた。
とはいえ、この案に関しては、オブライトだった頃にも経験もあって納得していた。それでいてグイードは、当時一番の馬の乗り手だった。騎乗中の放り投げについても不安はない。
まさかあの頃と同じ戦法を、またグイードとやる事になるとはなぁ。
こうして生まれ変わった今になって、と、その巡り合わせを少しだけ不思議に思ったりした。しみじみ考えていると、ジーンがチラリと笑ってこう言ってきた。
「突撃直後の騒ぎに便乗して、マリアは一気に大司教のもとへ向かえ。あとで俺らも合流する」
「了解」
マリアは思案を止めて、彼にそう答え返した。
グイードと彼女のコンビが決定したところで、反対する気はないもののレイモンドが「マジでいいのか?」と尋ねる。
「あの壁、かなり高いし、グイードはマジで容赦なく放り投げるぞ?」
「私、『護身術の達人』なので、大ジャンプも平気ですわ」
「…………あのさ、俺、一体どこの国の護身術なのか、今更だけど気になってきた」
レイモンドが、実に不思議そうにして困惑顔で首を捻る。どうせ一括りで流されて納得してくれるだろう、と思っていたマリアは、しれっと答えて知らぬふりの表情だ。
一部かなり鈍いところがある相棒を思って、グイードが「くくっ」と笑う。
「さすがだぜ相棒。普通、護身術ってだけで納得しないだろ」
彼と同じく、アーバンド侯爵家の戦闘使用人の存在を知っているポルペオが、吐息交じりに嫌々ながらも「同感だ」と言った。