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三十三章 王宮にて~愛と擦れ違いと騒がしき…~(2)

「――という感じで、昨日帰宅して、まずやったのは旦那様の説得だった。なんか料理長と意気投合して、二人揃って『殺す宣言』していてちょっと大変だったな」


 コーヒーカップを両手で持ったマリアは、思い返して前日の事をしみじみと語った。


 ここは大臣の執務室である。登城したら一旦顔を出すようにと言われて、正体を知っている相手と気を遣わず話せるのも有り難いと思い、ルクシアの所へ行く前に直行したのである。


 朝一番の王宮のコーヒーは美味い。


 さっきのメイドさん驚いただろーなー、とマリアが飲むその向かいで、ジーンが「ははっ」と乾いた笑みを浮かべていた。口許は引き攣っていて、目元もぴくぴくしている。


「保護者が怖いなー」

「ええ、本当にそうですね」


 思わずこぼれたジーンの感想に、別方向から相槌を打つ男の声が聞こえてきた。


 マリアとジーンは、揃ってピタリと動きを止めた。聞き覚えのある美声に、まさかと思って開いた窓の方を見てみると、そこある高い木の幹にモルツがいた。


 十六年前の、半ばオブライトのストーカーにして、王宮一のドMであるモルツ・モントレー。銀色騎士団総隊長補佐で、ニールと同年齢の無表情の美貌の男である。


 なんで、お前がそこにいるの?


 二人の表情と視線で察したのか、モルツが一つ頷いて中へと降りた。途端にジーンが「いやいやいや」と顔の前で手を振って言う。


「その頷きは一体なんだよ、俺許可出してねぇぞ?」

「『入って良し』、と、私は解釈致しました」

「阿呆。どんだけ都合のいい解釈してんだよ」


 昔からずうずうしいところもあった後輩軍人を前に、マリアも思わずそう指摘した。


 モルツは構わず歩いてくると、向かい合うマリアとジーンのソファの横にある、もう一つ別の一人用ソファへと腰掛けた。細い銀縁眼鏡の横を、揃えた指先で押し上げたところで落ち着く。


「おーい。勝手に自然と加わってくんなよ、さすがの俺もちょっと引くぞ……」

「何故ですか? 私がいてまずい事でも?」

「うん、まずいっていうか、忘れているみたいだから言うけど、ここ大臣(おれ)の部屋だからね。自然な様子で木の上にいて、当たり前みたいに窓から入ってくる奴がいるかよ」


 どうせ親友がいるところを察知して来たんだろ、とジーンは呆れ顔だった。


 なんだか、こんな空気も久しぶりである。黒騎士部隊時代、隊長と副隊長としてきっちり軍服を着込んで向かい合っていた時も、似たような感じでモルツがよく加わってきていたものだ。


 そうマリアが思い返していると、モルツが「さて」と改めるようにして見てきた。


 目が合ったマリアは、コーヒーカップを持ったまま少しだけ警戒する。


「なんだ?」

「ずぼらですね。可愛い後輩へのお土産はないのですか?」

「鏡を見て言え」


 どこが可愛い後輩だよ、昔から問題児だ阿呆。


 マリアはズバッと言い返した。ジーンが、自分のコーヒーカップを手に取りつつ、ふと気付いて「あ~……このやりとりの感じも、あの頃のまんまだわ」と、懐かしさと複雑さが入り混じった独り言を呟く。


 しばしモルツが、「ふむ」と顎に手をやって考えていた。その仕草も様になっていて、無表情もあって一見すると真面目で変態性皆無の男に見える。


「そうは言っても、可愛がっているのがあなたですからね」

「なんか言い方がゾワッとするんだが……それに、お前は物の土産は欲しくないんだろ。菓子にも興味がないし、置き物は邪魔だとか言うし」

「そうですね。ですので――今すぐ拳をください」

「なんでだよ、嫌に決まってんだろ」


 唐突に真面目にお願いされたマリアは、心底嫌な顔をして即答した。


 ジーンが諦めたようにして使用人を呼んだ。やってきて王宮メイドは、そこに新たに総隊長補佐が加わっているのを見て驚いたようだが、プロ根性を発揮し、コーヒーを用意して速やかに退出していった。


 パタン、と再び扉が閉まった。


 他の者がいなくなったタイミングで、少しコーヒーを口にしたモルツが、物想いに呟く。


「ステラの町で、一時ジョナサンがそばにいたという事は――絶好のチャンスだったのに、共に視察に行けなかったのが残念でなりません」


 それを聞いたジーンが、今更のように驚愕の可能性に気付いて彼を見た。


「メンバーの中にお前が入ってなくて、ほんと良かったわ。想像するとカオスだぜ」

「いや。残念ながら、ジョナサンは人を喜ばせる方向では、絶対に動かないからな。お前の望み通りにはならんかったと思うぞ」


 フッ、とマリアは口許に笑みを浮かべて、遠い目をよそへと向けてそう返した。モルツが「ふうん」と言って――でも、ほんの少しだけ口許に笑みを浮かべて「そうですか」と答えた。


 一時の休憩だ。十六年前にあった光景と、なんら変わらない。


 その空気を、十六年ぶりに感じていたモルツが、ふっと思い出したようにして二人を見た。


「そういえば騎馬総帥が、騎馬隊で話題になっている暴れ馬を調教する事になった件、ご存知ですか? バレッド将軍が連れ帰った、かなり個性的な馬だそうで」


 私は興味が全くありませんので見ていませんが、とモルツは言う。


 ジーンが「あ~、俺は視察前にグイードから聞いたな」と首を捻る。


「この忙しい時に? とは思ったけどさ。面白いし、いっかなぁと」


 その時、マリアは少し遅れて「あっ」と声を上げた。


「あのブサ可愛い軍馬か!」

「え、何。親友は見に行ったのか?」

「ちょっとニール関係で知って、ルクシア様とアーシュとな」


 マリアは、素の表情でにこっと笑って答える。


「すごくいい馬なんだ。レイモンドが調教してくれないかなぁ、とずっと思っていたんだけど断られていて。でも良かった、なんだかんだ言っても、やっぱりレイモンドは優しいな」

「ふうん。まっ、大抵の暴れ馬だと、今でもレイモンドが直々にみてるからな~」


 王宮一、へたすると軍部で一番動物に好かれ信用される男、レイモンドを思ってジーンがそう感想を口にした。マリアと揃って、そこで一旦会話をやめてコーヒーを飲む。


 そんな二人の様子を見ていたモルツが、特にマリアの方を見つめ、珍しくとても何か言いたそうな表情を浮かべていた。ふと気付いた彼女が「ん?」と視線を返す。


「なんだ?」

「いえ、別に」


 普段、無表情の彼が、秀麗な眉を寄せたうえ首も横に振ってそう言った。


 めちゃくちゃ残念感を出して言うなよ……気になるだろ、とマリアは困った顔で彼を見つめてしまったのだった。

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