三十二章 公正な警備隊長&異端な神父(2)下
さすがのポルペオも、呆れたように口許を引き攣らせている。未知の思考で何を思ったのか、ヴァンレットが、全然悪い後輩君ではないみたいだと判断したように愛想の良い顔をした。
すると不意に、グイードが、もう耐えられんというように顔に腕をやってこう言った。
「俺、お前が後輩だったら、とりあえずめっちゃ話しかけてるわ」
「俺も普段から声掛けるようにすると思う。不憫過ぎるわ」
涙腺を誘われたジーンが、「くっ」と目頭を押さえる。そんな二人のそばで、レイモンドがちょっと上へ目を向けて「まぁなぁ」と同感したように言葉を続けた。
「なんでもいいからとりあえず会話させる、だろうな……」
「あのさ、沢山喋った方が絶対いいと思うんだ」
よく分かっていないヴァンレットと繋いだ手を、ぶんぶん振りながら、ニールがおどおどしつつも必死な様子で心配そうに声を掛ける。
あのニールからも励まされている。
おかげで、オルコットの哀れさが二割増しになった。
マリアとしても、もし自分がオブライトのままだったとしたら、気に掛けて話させるようにしているかもなぁ……と想像していた。
オルコット・バーキンスという人柄は、もう充分に分かった。
今時の警備隊にしても、珍しいくらいに忠義で堅実。ある意味では、古き良き騎士道精神でもって、自分の与えられた立場からも仕事に正面から向き合っている姿勢が見て取れる。
そこでジーンは、この町で少し不審さがあるだろう事から切り出した。話を聞いているオルコットの反応を慎重に見たうえで、大司教の周辺があやしいので調べている事を教え、もし不正行為が発覚した場合は放っておけないとも伝えた。
「――こんな話、お前は信じるか?」
声を潜めて手短に話したジーンが、目の奥まで見据えるようにして低い声で確認する。
それまでずっと黙って聞いていたオルコットが、ゆっくりと一度目を閉じた。
「――信じるも何も、それは私自身が、隊長としてここを任されてからずっと感じていた違和感でしたから」
その僅かな間に決意を定めたかのようだった。オルコットがすっと眼を開き、真っ直ぐ彼を見つめ返してそう言った。
「それはここ一年で、とても浮き彫りになっていると感じていました。いずれは外にも伝わるのではないか、とも思っていたところで、こうしてあなた方が来られたのです」
治めている者への不信感も、無視できないくらいに濃くなったのを感じていた。民を思う国王陛下ならば、聞き付けたならば、あるいは対応にも打って出てくるのではないか、と。
オルコットは、そう自身の胸の内を小さな声を語った。
「けれど町の人たちは、聖職者や神の地への信頼感が強いのです」
そこでピタリと彼は口をつぐんで、通行人の様子へ目を向ける。
任されている町を好いている。だからこそ一から十までの人を疑ってかかって相談相手を探す事も、他者へ理解を得るための行動なども取って来なかった――。
そんな思いが、町の風景を眺める彼の横顔から伝わってきた。現在の警備隊の有りようを分かっているだけに、マリア達は信頼出来る部下には話した事があるのか、とは確認出来なかった。すると、
「大変情けない話ですが、ほとんどどこの警備隊も、民間からの支持が低くなっています」
すっかりお見通しのように、オルコットが目を戻して先にそう述べた。
「剣を持つ者としての、誇りや意識もない者の集まりのようになってしまったのも、全て事実です。ですが、全てがそうであるというわけではありません」
「というと、味方内は残っている、と?」
ココに、と、ジーンが指を下に向けてこそっと確認する。
少し離れたところを歩く人々に聞かれないよう、同じく声を潜め続けているオルコットが「はい」と答えて一つ頷く。
「町と住民を守るための剣に、と憧れて、正義感を胸に入隊した者も少なからずはいます。絶望した者、不信感を持った者の中で、早々に去っていった者も多くいる――そんな中で残った者たちは、どれも熱意と正義感溢れる男たちばかりです」
ですので、と言ったオルコットの空気がピリっと締まる。
「よろしければ、国王軍であるあなた方に是非協力させて頂きたい。本来の警備隊としてあるべき形で、町のためにする事があれば我々にも加勢させて欲しいのです」
大きなステラの町の警備隊は、小さな建物に本部と支部を設け、五部隊班で構成されている。そのうちの一部隊班が『彼の同志』を集めたもの――であるらしい。
話を静かに聞いていたジーンが、思案気に「ふうん」と無精鬚を撫でる。
「どうしてそこまで?」
彼は隙のない目で、一同がもっとも思っている事を何気なく問う。
自ら協力要請に出てくるとは思わなかった。こちらとしては有り難い申し出だが、あまりにも話がスムーズすぎる、という点が少し気にかかったりもする。
悪い人間ではない。
けれど、そこまでオルコットを突き動かすのは、一体なんなのか。
マリアが、友人たちと同じ事を思って黙って見つめていると、オルコットがややあってから胸に手をあててこう言った。
「――私を含めて、この町の警備隊に残った者たちは『国に救われた人間』なのです」
彼は、そう静かに語り出した。
「私たちは親のない子供でした。そんな中、国境沿い、あるいは国外で頑張ってくれた国軍や外部部隊軍のおかげで土地が守られ、そうして私たちは、彼らが先々で気にかけてくれたおかげで食べ物にも困る事なく生きてこられました」
少年時代までの間に何があったのか、詳細については話さなかった。けれどマリア達は、出発前に見た調査報告書のオルコットの出身地から、ある程度は予想出来ていた。
自分たちは、戦わなければならなかった。
その他、軍人として出来る事は、あまりにも少なくて――。
それでも出来る限りはやっていこうと、滞在先で町の人に協力したり、少しの仕事を与えて報酬をあげたりと、オブライトだった頃、自分がやった事をマリアは思い出したりした。
「自分たちでも何か出来ないだろうかと考えました。それでは町を守れるように頑張ろうと、恩返しのように警備隊になった――ここにいる私と、一部の部下たちの心は同じなのです」
――あんたらは国を守れ。俺らが、町を守ってやるから。
語られる話を聞いていて、ふと、そう言われた事があったのを思い出した。
マリアは、十六年前の警備隊を懐かしく思った。そういや、そんな事もよくあったなと思い返しているのは、どうやら自分だけではないらしかった。
チラリと目をやってみると、すぐそこにいるポルペオも、仏頂面ながら警戒を解いて大人しく話を聞いている状態だった。他の友人たちの表情を見ても、肯定的な推薦をする気なのが伝わってきた。
「もし、今の町の『惨状』を少しでも良く出来るのなら、私たちは尽力を惜しまないでしょう。あまり声を大にしては言えませんが――望むのならば、どうか『本物の』信心深く聡明な、素晴らしい大司教様に新任して頂きたい、とも思っています」
オルコットが、真面目な顔のままそう話を締めた。
大司教への辞退や変更要請といった考えは、とくに聖地であるほど口に出すのも禁忌とされている事の一つだった。それくらいに覚悟があるのだろう。
見守っているマリア達を代表して、交渉人を一任しているジーンが、一つ頷いてこう答えた。
「分かった。その意思を、陛下と銀色騎士団総隊長には伝えておく」
あくまで自分たちに判断の権限はない。その件に関しては、返事を待て――。
そういった回答だったが、オルコットはその対応に関して、ただただ全身でもって尊敬の意を返すように深く丁寧に頭を下げた。
軍服を着込んでいる彼こそが、まるで神に信心している、根からの清き正しい人間のようだった。