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六章 女性恐怖症の文官と、毒薬学博士な賢王子(2)

 文官であるアーシュは、平凡的な成績の持ち主で、部署内では新米という区切りだった。


 重要な役割を何も負っていない彼は、他の一般文官と同じように決められた量の仕事だけをこなすため、出勤も退勤もゆるく設定されているらしい。


 午前の遅い時間にゆっくりと出勤し、回ってきた分の仕事を黙々と処理し、午後は早い時間に帰るのだという。



「うちの部署の人間は、大半が俺とジー――第二王子が友人関係である事は知らない。総隊長様が手を回してくれて、俺は午前中の早い時間と、午後の遅い時間に仕事を入れて、空いた時間を使って調べてるんだよ」



 場所を公共の図書資料館の二階席に移し、雑談の声で賑やかな空間に声を紛れさせて、アーシュは何気ない会話をする素振りでそう語った。


 図書資料館は、王城内に設置されている公共施設の一つである。

 

 日頃多くの貴族や勤め人が自由に出入りし、本を借りたり資料を確認したりする場であるはずなのだが、さすがは貴族というべきか。カフェテラスのような扱いで、お喋りが楽しめる場として需要がある。勿論、飲食は禁止されている。



 膨大な書棚に囲まれた中央広場には、いくつもの席が設けられ、吹き抜けとなっている二階席からは、そちらが見渡せた。


 二階部分は古くなった歴史書や創作小説がメインとして置かれているため、わざわざ長い螺旋階段を上がってくる人間は少ない。


「第三王子の様子を見てきて欲しいって、あいつに頼まれたのが始まりなんだけどな。その後で総隊長様からの指示書を持った騎士がやってきて、様子を見るだけじゃなくて、探って欲しいと言われた」

「その指示書に、護衛も兼ねるとは書かれていた?」

「いや? というか、そこははじめから期待されてねぇような気がする。第二王子と剣の腕を磨いたから自信はあるけど、俺、命のやりとりってのがどうも駄目なんだよな。それに、弟君にも普段は護衛が付いてるし、大丈夫だ」


 だから護衛力の補強で自分が付けられたのかもしれない、とマリアは推測した。


 話を聞くと、第三王子ルクシアは、十五歳にして賢王子と呼ばれる頭脳派らしい。戦略学、政治学にも長けており、最高学院で優秀な成績を収めた後は、国王の公務の手伝いも行っている。



 しかし、彼が一番有名なのは、国内では少ない毒薬学に精通している事だ。


 

 幼い頃から独自で専門書を読み漁り、研究し、最高学院に通いながら、最低二十年はかかるといわれている薬学博士の免許も取ってしまった。そのうえ、医師免許等も取得している。


 ルクシアの意向もあって、現在は離れにある薬学研究棟の所長として籍を置いていた。元々の人を寄せつけない性格や、毒薬学という特殊な分野もあって、勉強熱心な風変わり王子として距離を置かれているらしい。


「まぁ何が興味を引いたのか分からないが、文字の読み書きが出来るようになってから、毒について突然勉強しだしたんだよな。周りから反対されたのに必要以上に毒の耐性を身に付けて、あらゆる毒草や、毒を持った生物を集めて研究してる」


 研究が出来るのなら王位継承権は要らない。この頭脳で兄を支えたいから、もっと知識が欲しい。


 喜怒哀楽の少ない子供だったルクシアが、そう国王陛下に直談判したのは有名な話だという。自分は王の器ではないと、五歳の子供が達観したように言い切った姿は、大人達の度肝を抜いたに違いない。


 一体誰に似たんだろうな、とマリアは話しを聞きながら考えていた。


 父親であるアヴェインの駄目なところが目に止まりでもして、反抗期をすっ飛ばして大人になってしまったのだろうか。


「その毒薬学ってのがまた希少人材でさ。知識だけが欲しい輩も出てくるし、王位継承権に関わらず狙っているやつも多いみたいだって聞いた。まぁ、それは置いとくけど――最近弟君が熱心に調べ回ってる内容ってのが問題らしくて、ジー――ッじゃなくて第二王子が警戒してる」

「はぁ、別に名前を言ってくれて構わないわよ。んで、その小さな王子様は、知らず厄介な事件にでも足を突っ込んでいるって事なのかしら?」

 

 第二王子ジークフリートの名前を気軽に呼べる彼に、マリアは、先を促すように尋ねた。


 アーシュが眉を顰め、「ほんと、女とは思えないぐらいサバサバした奴だな」と、半ば呆れたように頭をかいた。


「多分そうだと思う。弟君はさ、先月、転落死したメイドの死因が毒なんじゃないかって、何故か二十年分の死亡記録を見直し始めているんだよ。そこから、周りに不審な影が出始めてるらしい」


 メイドは足を滑らせての転落死であり、不審な点は何も見られなかったという。ルクシアと共に検分にあたった他の専門家が、改めて調査したが、そこでも異変は確認されていない。


 メイドが殺害されたと想定すると、隠蔽しようとした何者かがルクシアを邪魔に思っている可能性は高い。


 しかし、現時点で他殺でない事はほぼ確実で、調べられている二十年分の記録を見られてまずい立場にある別の何者なのか、と疑問は尽きないようだ。


「そういえば、その辺りからガーウィン卿の動きが怪しくなってるらしいぜ。俺は目撃したわけじゃないから、聞いた話しなんだけどな」

「そのガーウィン卿ってのが分かんないんだけど」

「俺だって、気をつけろと言われただけで、よくは知らねぇ。最高学院の経営者で、名誉教授の肩書きも持ってる貴族様らしいけど」

「ふうん?」


 最近よく聞く名前だが、オブライトの記憶にも覚えはない。


 マリアが頬杖をつく向かい側で、アーシュも同じように手に顎を乗せた。


「とりあえず、俺達が探るのは、第三王子の身辺を含める動きってところだな。俺としては、敵の狙いがどっちにあるのが絞り込みたいとは思うけど、難しいだろうなぁ」

 

 他殺を隠したいのか、二十年分の死亡記録に拙い何かが紛れ込んでいるのか……


 ルクシア本人が調査の段階で、見聞きしてはいけないものを拾ったために、全くの別件で狙われ始めている可能性も否定できない。王宮は陰謀が渦巻いており、敵が多いとは、友人の国王陛下アヴェインから口酸っぱく聞かされた台詞だ。


 現時点で憶測を上げれば切りがなく、『敵』がどちらを隠したいのか知れれば、だいぶ的は絞り込めるようになるはずだが。


 そう思案したところで、マリアは、ふと思いついた事を口にした。


「王子に直接聞いてみればいいんじゃないの? どうして毒殺を疑っているのか、調べている中で何か判明した事があって調査を続けているのなら、教えて下さいって」

「ばッ、こっそり動いているのに直接本人に訊くやつがあるか!? 弟王子だって馬鹿じゃないんだから、そんなのがあれば上の奴らに報告してるだろ」


 ……うむ、確かにそうかもしれない。

 話を聞く限り、ルクシアはマリアよりも賢く、判断力に優れていそうだ。



 毒に詳しい博士の少年王子が毒殺を疑い、調べた結果何も出て来なかったメイドの転落死。



 今回の助っ人に関しては、推理力を求められている訳でもないが、マリアとしては、聞いてしまうと気になる性分だ。身辺調査と護衛、というよりは自分でも調べてハッキリさせてみたい。


「そのメイドについては、調べてみたの?」

「母子家庭で奉公に出されて、八年ぐらい重要な場所に入る事もなく離宮のメイドをやってた。結婚適齢期も後半だったから、今年の末までに、母方の祖国に戻って見合いをするつもりだったらしい。身辺に怪しい動きもなし」

「ふうん。それで、これから私は何を手伝えはいいのかしら」


 ルクシア本人と話し合った方が断然早いような気がするが、とりあえず訊いてみた。現在、アーシュが何をどのように探りに入っているかを知る必要はあったからだ。


 すると、アーシュが、ようやくここまで来たというように吊り目を得意げに細めた。


「俺は今、第三王子の同行をチェックしながら、どの派閥の人間が、どれぐらい近づいているのかメモを取っている」

「……」

「凄いだろ、このメモ帳。俺、結構記憶力良くてさ、相手の顔と名前を全部把握してんだ。おい、なんだよ、露骨に残念そうな顔するなよな。ここじゃあそういうのって結構重要なんだぞ? それとなく周りから話を聞いて、弟王子が調べてる事も同時に探れて、一石二鳥だろうが」


 ……まぁ、ルクシアの周りから情報収集出来ているのなら、いい、のか?


 何だか、彼が途端に生真面目な頭脳文官バカに見えて、マリアは不安になった。


 とはいえ助手の身であるので、仕方がないが、ひとまずは彼のやり方を実際に見てから考えるかと自分に言い聞かせる。


「弟王子は前日に使用申請を出してあるから、この時間だと、軍医の記録保管庫にいる。王子の護衛は俺の事知ってるから大丈夫――あ、お前も紙とペン要るか?」

「えぇと、私は字が汚いからアーシュに任せるわ……」


 アーシュには悪いが、マリアには、記録付けが必要な作業だとは思えなかった。先程見せてもらったアーシュの手帳は、さすが文官だと言えるようなキレイな字できちんと人名が整理され書かれていた。 


 そもそも、マリアは昔から字が汚いのだ。


 お世辞にも見せられるものじゃなく、多分、書いたら逆にアーシュに叱られそうな気もした。

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